スピリッツと熟成樽には相性の善し悪しがある。ディステルのジュリアン・フェルナンデス(マスターブレンダー)とブレンダン・マキャロン(マスターディスティラー)の実践を紹介する2回シリーズ。

文:クリスティアン・シェリー

 

「結局のところ、実際にやってみなけりゃわからないよね」

ジュリアン・フェルナンデスの明るい声が響く。ここはハイランドでシングルモルトスコッチウイスキーを生産するディーンストン蒸溜所。マスターブレンダーのブレンダン・マキャロンと落ち合い、マッチングの話をしているところだ。

マッチングといっても、人と人との相性のことではない。スピリッツと樽のマッチングだ。不思議なことに、この関係は人間同士の相性にもよく似ている。予測不可能なことが起こるので、実際に合わせてみないとわからない部分が多いのだ。

表面的には、かなり単純なことのようにも見える。スコッチウイスキーと呼ばれるには、容量700リットル以下のオーク樽で最低3年間の熟成を経なければならない。熟成場所は、もちろんスコットランド国内に限られる。しかしスコットランドには140軒以上のウイスキー蒸溜所があり、熟成のアプローチもさまざまだ。ウイスキーの樽熟成には、見た目以上の深い意味がある。

ディステル傘下の蒸溜所のなかでも、樽熟成の汎用性が高いのはディーンストン。軽やかなフルーツ香を徹底的に追求した酒質がその理由だ。

ブレンダン・マキャロンとジュリアン・フェルナンデスのコンビは、ディステルの依頼でカスクマッチングに臨んでいる。ディステルはハイランドのディーンストン蒸溜所だけでなく、アイラ島のブナハーブン蒸溜所や、ピーテッドモルト「レダイグ」を生産するマル島のトバモリー蒸溜所も所有する国際企業だ。

ジュリアン・フェルナンデスは、ディステルのマスターブレンダーである。2017年4月にシーバスブラザーズから移籍し、その3年後にはマスターブレンダーに昇格した。一方のブレンダン・マキャロンは、ディステルのマスターディスティラー。2021年4月にグレンモーレンジィ・カンパニーから移籍し、原料からボトリングまでのウイスキーづくりを統括している。彼らのようなスペシャリストを招聘し、ドリームチームを結成できたディステルは幸運である。

マスターブレンダーとマスターディスティラー。それぞれの職務をまっとうしながら、2人は互いに影響を与えあっている。それはユーモアと情熱に満ちあふれ、互いへの尊敬で結ばれた関係なのだとマキャロンは言う。

「私たちはどちらもクリエイティブな気質の人間です。それぞれ同時にさまざまなウイスキーづくりに取り組みながら、ときには一緒になって考えます。その集合知をあらゆるアイデアに帰結させるのです」

スピリッツと樽のペアリングには、それぞれの経験から得られた知見やコツがある。簡単に言うと、マッチングしやすい蒸溜所もあれば、難しい蒸溜所もあるということだ。すべては蒸溜所それぞれのコアなスタイルを深く理解することから始まる。マキャロンは説明する。

「ディーンストンはシンプルです。蝋のような香味とテクスチャーが旺盛なニューメイクスピリッツです」

そこにフェルナンデスもブレンダーらしい分析を加える。

「ディーンストンはフルーティですね。木から直接リンゴを摘んでかじったような、新鮮な果実風味がたくさん出てきます」

ディーンストンのニューメイクスピリッツは、どんな樽とも相性がよくて扱いやすい。その理由が、かすかな蝋の香りであることを2人は認めている。フェルナンデスはその理由にも言及する。

「オープントップのマッシュタンと透明な麦汁のおかげですね。発酵は約85時間と長めなのも特徴です。フルーティーなエステル香をまんべんなく引き出して、蝋のような香味を得るためには、じっくりと発酵に時間をかける必要があるんです」

蒸溜器は大量の還流を引き起こす構造だ。独特の方法で回収された蒸溜液には、ブレンダン・マキャロンいわく「黒っぽい膜」が張ったようなテクスチャーもあるのだという。最終的なスピリッツには、そのような膜は見当たらない。だが口に含んでみると、その質感で言わんとするところは確かに理解できる。
 

気難しいスピリッツとのマッチング

 
ブナハーブンのスピリッツは、シェリー樽熟成との相性がすこぶるいい。ブレンダン・マキャロンが次のように説明する。

「ほとんどオロロソシェリー樽だけで熟成させるという決断をした先人が、いったい誰だったのかは知りません。でもその決断をした人がいてくれてよかったと思います」

ブナハーブン蒸溜所は少量生産だが、個々のバッチだけを見ると大きい。ノンピートで、ビスケットを思わせるモルト香が印象的なハウススタイルだ。

「ブナハーブンには、はっきりとわかる塩気があります。蒸溜所が海のすぐそばにあるからなのか、空気が潮の香りを含んでいるせいなのか、樽に含まれている香味なのかはわかりません。おそらく原因はひとつじゃないし、わからなくてもこの塩気を楽しめればいいんです」

アイラ島のブナハーブンは、島酒らしい塩気がシェリー樽熟成に適している。だが同じ島酒であるマル島のトバモリーは熟成樽のチョイスが難しい。

ブナハーブンよりも、はるかに樽とのマッチングが難しい蒸溜所があると両人は口をそろえる。それはトバモリー蒸溜所のスピリッツだ。トバモリーのニューメイクスピリッツには、パイナップルやオレンジの皮を思わせるフレッシュな香りがある。だがこの香りをうまく手懐けるのが難しいので、なるべく熟成年数の長いウイスキーをつくってきたいと2人は考えている。フェルナンデスが説明する。

「熟成した結果、予想外の風味になってしまうことがあるんです。アメリカンオークやバーボン樽に合うことはわかっているのですが、樽の種類によってはうまくいかないこともよくありますよ」

同じトバモリー蒸溜所で、ピーテッドモルトを原料にした「レダイグ」用のスピリッツにもまた別の難しさがあるのだとマキャロンは言う。

「スモーキーな味わいなのですが、そのスモーキーさの質が他とはまったく異なるんです。ブレンダン・「ビクトリア朝の産業革命を思わせるような香りというか、ちょっと工場の煙っぽい淀んだスモーキーさです。信じられないほど強烈な個性がありますね」

この個性こそが、レダイグの異端的な魅力でもある。リフィルの古樽でゆっくり熟成すると、その個性がとてつもないレベルまで研ぎ澄まされる。大胆な力強さを打ち出し、まさにスピリッツそのものに主張させる路線だ。だがその一方で、リオハのワイン樽を使用した「シンクレア・シリーズ」もカルト的な人気を博している。

フェルナンデスが、レダイグとリオハ樽のマッチングについて語る。

「天国で結ばれたような、まさしく絶対的なマッチングなんです。赤ワインの風味とピート香のバランスが拮抗し、2つの風味が完璧に調和しています。一方が他方を圧倒するということもありません」

ピート由来のフェノール香は、樽香とぶつかって調和が乱れることも多い。だがレダイグとリオハ樽は、奇跡的に相性が良いというのだ。

ならば、そんな奇跡の相性を見つける秘訣は何だろう。マスターブレンダーとマスターディスティラーは、いったいどんなアプローチによって樽とスピリッツの斬新な組み合わせを成功させているのか。

フェルナンデスの答えはシンプルだ。

「それぞれのニューメイクスピリッツの特性を深く知り、使用する樽の特性を知るということに尽きますね。スコットランド本土にある研究所の近くで、試験用の樽入り原酒をモニタリングしています。使ったことのない種類の樽は、どんな効果をもたらしてくれるのかわかりませんから。6ヶ月後、9ヶ月後、1年後に、どこまで香味が完成してくるのかも予想できません。後熟にしろ、二次熟成にしろ、とにかく実験を繰り返すことでようやく相性がわかってきます」
(つづく)