どんなスピリッツに、どんな熟成樽をあわせるのがベストマッチなのか。気鋭のブレンダーとディスティラーによる香味の探求は続く。

文:クリスティアン・シェリー

 

熟成樽には、取り扱いが簡単な樽と、難しい樽があるという。ディステルのブレンダン・マキャロン(マスターディスティラー)いわく、最も難しいのはシェリー樽だという。この答えにはいささか驚いた。なぜならマキャロンはジュリアン・フェルナンデス(マスターブレンダー)と共に、普段からシェリー樽を好んで使用しているからだ。

「最も難しい樽といえば、今ならシェリー樽です。なぜなら、シェリー樽の品質がどんどん上がってきているから。それ自体は素晴らしいことなのですが、スピリッツとのバランスを取る難易度が上がっているのです」

これまでに経験済みの熟成効果が、同じタイムラインで再現されないこともあるのだとマキャロンは言う。

「単純に言えば、樽の効果が強すぎてバランスが崩れる状況です。以前はミルクチョコレートみたいな味だったのに、全く同じレシピで熟成してもダークチョコレートやコーヒーのようにタンニンが強く表現されてしまう。そうなると、シェリー樽2本に対してバーボン樽1本といった単純な配合では同じ味わいのシングルモルトを完成させられません。もっと細かい比率で勝負しなければならないのです」

ディステルのジュリアン・フェルナンデス(左)とブレンダン・マキャロン(右)。マスターブレンダーとマスターディスティラーのコンビは、スピリッツと熟成樽の相性について探求を続けている。

シングルモルトの生産において、潤沢なシェリーカスクの供給は大きな強みとなる。ディステルはその点で優秀な企業だ。一般的なオロロソだけでなく、フィノ、マンサニージャ、パロコルタド、ペドロヒメネス、カナスタなどのシェリー樽が使用されている。それぞれの樽はまったく異なった香味を追加してくれるが、各蒸溜所のスピリッツとどのようにマッチングされるのだろうか。フェルナンデスが答えて言う。

「ブナハーブン蒸溜所の場合、熟成に使うシェリー樽の99.9%がオロロソです。トバモリー蒸溜所も同じ。他の蒸溜所ではシェリー樽をもっぱら後熟に使っていますが、なかにはフルタイムでシェリー樽を使用する場合もあります」

特徴の強い樽を入手すると、変わり種の原酒をつくりたくなるのが人の常だ。しかしフェルナンデスは、そんな罠にはまりたくないという。

「トバモリーをパロコルタド樽で長期間熟成させると、スピリッツの魅力が少し減退していまいます。でもディーンストンはパロコルタドの個性にも拮抗できるので、フルタイムで熟成させている例もあります。たくさんの樽を用意して、熟成の結果をじっと待っているところです」

マッチングにおいて、シェリー樽と同様にますます重要な役割を果たしているのがオーク新樽だ。特にディーンストンはオーク新樽熟成のボトリングで定評があり、マキャロンのこだわりも大いに発揮されている。さまざまなタイプのオーク材に着目して、個別のリリースを目指しているのだとマキャロンは明かす。

「いろんな切り口を考えているところです。2023年にはスコットランドのオーク、2024年には北フランスのオーク、2025年には南スペインのオークを使用したウイスキーの発売もできそうです。ここまではみなさんが予想できそうな産地ばかりだと思いますが、もっと面白い樽材も用意していますよ。地域だけでなく、特定の森や、特定の木に絞り込んだアプローチも企画中です」

もちろんマッチングが失敗するリスクは常にある。しかしそんなリスクがイノベーションの妨げになっていないのもディーストンの強みなのだとフェルナンデスは言う。

「ディーンストンでリスクを取れるのは幸運なことです。ディーンストンはどんな樽にも入れてみるし、これが大抵はうまくいくんですよ」

最近のリリースでは、テキーラ樽で熟成したウイスキーもあった。フェルナンデスが説明する。

「市場には、何千種類ものテキーラがありますよね。土っぽい香りのテキーラや、花の香りがするテキーラなど、個性はそれぞれにまったく違います。そんなテキーラの種類にあわせて、テキーラ樽に入れるスピリッツの種類も変わってきます」

樽の仕入先であるテキーラメーカーは、想像以上に多くの詳細な情報を教えてくれる。テキーラの種別、アガベの産地、熟成年数、樽に浸かっていた時間など、すべての違いがマッチメーキングの判断に影響するのだ。この原則は、どんなお酒が入っていた樽にも当てはまるとフェルナンデスは語る。

「これからテキーラ樽熟成のディーンストンを発売する予定ですが、このウイスキーのためにテキーラ樽を注文したときに重要だったのは、そのテキーラがどこでつくられたのかといったストーリーでした。テキーラの産地にも、メキシコのハイランド(高地)とローランド(低地)があります」

フェルナンデスいわく、ハイランドのテキーラはフルーティな花のような特徴があることで知られている。

「ディーンストンには、リンゴや洋ナシなどのフルーティーな特徴があります。それを引き立てるような樽が欲しかったんです。ローランドのテキーラは土っぽいので、フルーツとの相性はあまり良くありません。ディーンストンのスピリッツをローランドテキーラの樽で熟成することはないでしょう。でもレダイグのようなスピリッツなら、絶対に試してみたいですね」
 

ウイスキーファンを惹き付けるマッチングの物語

 
ここで浮上してくる重要な要素が、マーケティングとストーリーテリングだ。スピリッツと樽熟成のマッチングには、消費者を惹き付ける物語も必要である。フェルナンデスは語る。

「フレーバーの組み合わせだけでなく、ストーリーを作ることも重要なんです。今回の場合は、スピリッツがスコットランドのハイランド(高地)、テキーラがメキシコのハイランド(高地)でつくられたという事実が鍵になります。つまりはテロワールの文脈も少しは入っている訳ですね」

トバモリー蒸溜所でピーテッドモルトからつくられるウイスキーが「レダイグ」。極めて個性的な酒質だけに、ベストマッチの熟成樽を見つけたときの喜びも大きい。

時には、まったくの偶然による運命的な出会いもあるとフェルナンデスは言う。ブナハーブンが2022年のアイラ・フェスティバルで限定発売した「2004 モアンヌ トカイ カスクフィニッシュ」がその一例だ。

「トカイワインの樽を購入したとき、うまくいくかどうかはわかりませんでした。そもそもハンガリー産のワイン樽を使うのは初体験だったのです。でもハンガリーワインの香りと、ピート香を包み込むモワンヌのまろやかさが驚異的な相性を見せることを期待したんです。個人的には、本当にうまくいったと思います」

それでもマッチングが計画通りにいかない場合はどうするのだろう。フェルナンデスは、ただじっくり樽の中での変化を観察するのだという。

「ずっと様子を見て、何か気に入らないことがあったら、商品のボトリングに使わないようにすればいい。私たちのシステムで、そういう原酒はしっかりと隔離できます」

微妙なバランスを取りながら、スピリッツと熟成樽のマッチングを成功させることは明らかに可能だ。だがこの風味へのあくなき渇望は、いったいどこから来るのだろうか。マキャロンは答える。

「それは人間の本性ですね。ウイスキーを飲む人は、そもそも浮気性なので新しい感覚を試してみたいと常に思っています」

スピリッツと熟成樽のマッチングは、まだ漠然としたトレンドとして消費者に認識されている。だがマキャロンはそんな現状も前向きにとらえているようだ。マニアックな樽熟成への関心は、これからもさらに強まっていくという予想である。

「シングルモルトの世界で、今まさに起こっている大きな出来事が熟成への関心です。考えてみれば、30年前はシングルモルト自体がまだ普及しておらず、業界の売上の1%足らずに過ぎませんでした。当時のスコッチといえば、みんな『フルーティ』か『スモーキー』かという大雑把な分類でしたから」

マキャロンいわく、あくなきウイスキーへの欲望は教育によってさらに進化する。

「多くの人が理解すればするほど、多くのものを求めるようになります。私たちの仕事は、そんなファンとウイスキーをマッチングすること。そしてウイスキー初心者が、スピリッツと樽熟成のマッチングに興味を持ってくれるような時代になったら嬉しいですね」