進化する樽熟成【前半/全2回】
スピリッツを樽に貯蔵することで、樽材に含まれる成分を引き出すのがウイスキーの熟成工程。科学的な事実をおさらいし、斬新な樽熟成の事例などを紹介する2回シリーズ。
文:マット・ストリックランド
ウイスキーの世界は、驚くべきスピードで進化を続けている。新しいメーカーの参入で生産地が広がり、各社は独自の香味を生み出すための工夫に余念がない。このような競争にも拍車がかかり、熟成や仕上げに使用される樽の種類はますます増えてきた。新しいタイプの樽が開発されるたび、ウイスキーファンは新しいウイスキーの香味を経験できる。
米国ではバーボンウイスキーを製造する際に、必ず直火で焦がしたアメリカンオークの新樽を使用しなければならない。オーク新樽の使用が法的に義務付けられていることで、一度使用された樽は米国内でほぼ用済みとなる。このバーボン樽が、世界中の偉大なシングルモルトウイスキーやブレンデッドウイスキーの熟成を支えることになる。
つまり今でも圧倒的多数のモルトウイスキーは、アメリカンオーク材でできたバーボン樽によって熟成されて香味の骨格を形成している。この伝統的な香味に独自のアレンジを加えるため、ウイスキーのメーカーはバーボン樽以外の樽に独自の可能性を見出してきた。
バーボンではなくワインやスピリッツを貯蔵した樽。アメリカンオーク以外のオーク材を使用した樽。あるいはオークにすら分類されないまったく別の木材を組み上げた樽。そんな樽熟成の実験は、これまでも世界各地で試みられてきた。現代のウイスキーにおける香味のスペクトルは、新しく革新的なアイデアによって恩恵を受けている。
樽熟成がもたらす香味の化学は、ウイスキーの世界で最も複雑なテーマのひとつである。法則を解明するための研究は続けられているが、ウイスキーの熟成プロセスについては理解されていないことも多い。
だが確実に分かっていることもある。樽熟成が、スピリッツに2種類の反応をもたらすという事実だ。そのひとつは、足し算のような「化合物の添加」である。これは木糖、タンニン、着色化合物など、木材成分の単純な抽出によるものだけでなく、リグニンが酸化してバニリンを含む数多くの芳香化合物に変化するような化学反応も含まれる。
もうひとつは引き算のような「化合物の減少」だ。硫化ジメチルなどの硫黄化合物が樽の炭化物層に吸収されたり、コショウのような味のアクロレインが化学的に還元されて、比較的おだやかなアクリル酸に変化したりする。
このような化学反応は熟成プロセスの基礎を形成し、ウイスキーの芳香と風味に顕著な影響を与えてくれる。もっとも現代のウイスキーメーカーには、香味の大部分が樽に由来するという主張に否定的な意見もあるので断定的なことは言えない。ウイスキーの香味は、スピリッツと樽材の相互作用からもたらされるものであるからだ。
樽材に使用される世界のオーク
熟成工程にさまざまな種類の樽を導入することで、古典的な樽熟成の化学反応にも変化がもたらされる。そこにはかすかな変化もあれば、明らかな変化もあるだろう。変化の種類もさまざまだ。
いわゆるオークと呼ばれる樹木は、ブナ科コナラ属に分類される。その中でもホワイトオーク(別名アメリカンオーク、学名「Quercus alba」)は北米大陸産のオークで、バーボン製造に使用される樽の原料となる。バーボンの熟成に使用された後は、シングルモルトウイスキーづくりの定番として世界中のウイスキー熟成に再利用される。
インディペンデント・ステイブ・カンパニー(ISC)の研究革新部長を務めるアンドリュー・ウィーヒブリンクは、アメリカンホワイトオークの利点について次のように説明している。
「アメリカンオークには、スピリッツの熟成に適した特性がたくさんあります。そのひとつは、同じブナ科コナラ属の中でも、ラクトンが多いわりにタンニンが少なめであること。そして意外に重要なのが、木の成長速度です。アメリカンオークとフレンチオークを比較すると、一般的にフレンチオークの方がゆっくり成長します。この成長の速度は、樽材成分の抽出速度に大きく関連しているのです」
オークの樹種によって、ウイスキーの香味に大きな違いがあるのは衆目の一致するところだ。単に樹種の違いとして論じてもいいし、これをテロワールの違いと定義してもいい。フランスのオルターオーク社(樽問屋)で長年にわたって活動してきたグレゴワール・レックスは、フランスで一般的に使用される2種類のオーク材には風味の違いがあると指摘する。
「フランス中心部に多いセシルオーク(フユナラ、学名「Quercus petraea」)は、オイゲノールの含有量が多いためスパイシーで、クローブのような心地よいアロマがあります。またリムーザン地方で有名なペダンキュレートオーク(ヨーロッパナラ、学名「Quercus robur」)は木目の幅が広く、セシルオークよりも甘みが少ないことで知られています」
このような品種による風味の違いも、他の多くの要因が重なり合うことで熟成効果が変わるとレックスは語る。
「結局のところ、樽材に使われたオークの樹齢、樽職人の技術、自然乾燥の期間、トーストやチャーのレベルや加熱時間など、多くの要因によって樽材が与える品質は左右されます」
オーク以外の樹種による実験
スコッチやバーボンなど、特定の地域やスタイルが定義された伝統的なウイスキーの熟成には、必ずオーク材でできた樽が使用されることになっている。だが世界には、そのような規制がないウイスキーの生産地もある。オーク材(ブナ科コナラ属)以外の樹種でできた樽を使用した例も少なくない。
例えばジャパニーズウイスキーの場合、熟成に使用される樽は「木製樽」と規定されているだけだ。そのため「栗樽」で貯蔵したモルトウイスキーも実際に発売済みである。
同様の栗樽は、スウェーデンのアジテーター蒸溜所でもシングルモルトの熟成に採用されている。またアイルランドのティーリング蒸溜所は、「ワンダー・オブ・ウッド」シリーズでチェリー樽を実験的に使用した。
米国のベルフォア・スピリッツは、地元テキサス州のシンボルでもあるペカンの木をトーストして樽の中に入れ、独特の香味を付与しながら熟成させたバーボンを製品化している。またジャックダニエルも同様の手法を採用し、トーストしたペカンの木片を樽に入れて熟成したテネシーウイスキーを2022年の「ディスティラリー・シリーズ」で発売している。
ケンタッキー州のウッドフォードリザーブ蒸溜所は、メープル材(トースト済み)の樽で後熟したバーボンを2010年の「マスターズ・コレクション」で発売している。またアイリッシュ・ディスティラーズがミドルトン蒸溜所で設立した実験的ブランド「メソッド・アンド・マッドネス」は、メープル樽、栗樽、チェリー樽で後熟を施したウイスキーをリリースした実績がある。
(つづく)