樽熟成の効果は、原酒を貯蔵する場所の気候にも影響を受ける。新しい樹種や変わり種の樽を使用した実験も、未知の可能性を切り拓いている。

文:マット・ストリックランド

 

樽材の成分が抽出される速度は、ウイスキーメーカーにとって樽の種類を選別する重要な判断材料になる。特に暑い気候の地域にある蒸溜所では注意が必要だ。スピリッツが樽の中で温まるほど、オーク材に含まれるさまざまな化合物が早く抽出されるからである。このような熱は、スピリッツの適切な熟成に必要な数々の化学反応も加速させる。

年間を通して高温多湿な気候が続く台湾のカバラン蒸溜所では、樽の選定に細心の注意を払う必要がある。カバランのブランドアンバサダーを務める陳祖安(ブリトニー・チェン)は次のように説明している。

カバラン蒸溜所の特徴は、台湾ならでは高温多湿な気候。熟成樽の種類やサイズも工夫しながら、バランスの良い最適な熟成状態を目指す(メイン写真もカバラン蒸溜所)。

「カバランの原酒熟成には、亜熱帯の気候に適した大型のオーク樽(容量450~500リットル)を主に使用し、多彩な香味を表現する均整のとれたウイスキーの熟成に役立てています。小型の樽は風味の抽出が早いという利点もありますが、いわゆる天使の分け前と呼ばれる原酒の蒸発がとても多くなり、長期熟成には適さないという課題もあるのです」

台湾のような暖かい気候には、特定の種類の熟成樽が適している。その科学的な事実に、カバランは早期から気づいていた。蒸溜所の所在地は高温多湿な気候なので、樽材の成分が早く抽出される。そのため一般的に小さな樽は扱いにくくなるものの、フィノシェリーやポートなどを熟成した大型の樽を使うことが他の地域にはないアドバンテージになる。

暑い気候にあわせた樽熟成を実践している蒸溜所は他にもある。そのひとつが、イスラエルのミルク&ハニー蒸溜所だ。マーケティング担当バイスプレジデントのダナ・バランが、実際の戦略を説明してくれた。

「ミルク&ハニーの主力商品は、ほとんどがバーボン樽とSTR(シェイブド、トーステッド、リチャード)樽をベースにした熟成です。この2種類は、私たちが最も気に入っている樽のタイプ。バーボン樽は白いキャンバスのような存在で、ブレンドのベースとして使っています。またSTR樽は、ミルク&ハニーの初代顧問を務めたジム・スワン博士によって開発されました。暑い地域の熟成に合わせて設計された特別な樽です」
 

未知の熟成樽を求めて

 
カバランやミルク&ハニーなどの比較的新しい蒸溜所は、幅広い種類の樽を熟成に取り入れてきた。このような動きに追随した他の新進メーカーたちが、中古樽市場の成長に拍車をかけている。オルターオーク社(フランスの樽問屋)のグレゴワール・レックスは、この変化実感する一人だ。

「世界中でオーク新樽の使用量が増加しています。そしてオーク材以外の使用が許可されている地域では、その他の樹種も新樽の素材になります。さらに言えば、古典的なシェリー、ポート、マデイラだけでなく、世界中の甘口ワインや酒精強化ワインの熟成に使用された樽が人気の幅を広げています」

世界一標高の低い「死海貯蔵庫」などで原酒を熟成するイスラエルのミルク&ハニー蒸溜所(メイン写真も)。使用する樽の選択については、初代顧問であるジム・スワン博士のアドバイスも受けた。

オルターオーク社は、特定のブドウ品種に注目したり、いわゆる新世界ワインの生産地に注目したり、さまざまな産地や伝統、オークの樹種などにまつわる魅力的なストーリーに焦点を当ててさまざまな樽を紹介してきた。レックスは従来の樽熟成が、新しい時代に入ったと感じている。

「もはやアメリカンオークとヨーロピアンオークの単純な二者択一ではなく、あまり知られていないエキゾチックなワインやオークの産地を見出していく時代です。このような樽の提案には、未知の香味の境界線を押し広げる真にグローバルな視点が必要になります」

そして米国においても、インディペンデント・ステイブ・カンパニー(ISC)の顧客は同じような傾向を見せているようだ。ISC研究革新部長のアンドリュー・ウィーヒブリンクは次のように説明する。

「ウイスキーメーカー各社は、注文する熟成樽の種類に関してかなり冒険的になってきています。チャー(樽内面の直火焼付)についても、古典的なチャーレベルの樽(レベル3〜4)は今でも売上の大部分を占めていますが、トースト(遠赤外線による長時間加熱)を施した樽を試すメーカーも増えてきました。後熟や限定商品に使用するため、あえてチャーレベルを下げた樽を注文する顧客もいます」

ミルク&ハニーは、最近ビジターセンターで面白いマスタークラスを開始した。蒸溜所が熟成に使用した樽の中でも、最も珍しいものをテイスティングとともに紹介しようという主旨のクラスだ。マーケティング担当バイスプレジデントのダナ・バランがその内容を説明する。

「すべて実験的な目的で熟成に使用した変わり種の樽です。完成品の中には、およそウイスキーとは呼べないものもありました。ホットソース樽、ジン樽、コーヒー樽、グラッパ樽などによる熟成もその一部。でもメスカル樽など、とてもうまくいった樽もあります。ちょうどサワービール樽の熟成がうまくいっているところなので、ウイスキーとして商品化しようとしているところです」
 

ミズナラ、ギャリアナ、なぜかニシン

 
ウイスキーメーカー各社が、こぞって樽熟成の実験に乗り出そうとしている。この開拓者精神に対応するため、多くの樽問屋や樽工房がこれまでにないエキゾチックな樽や木材を使用し始めた。

ジャパニーズオーク(学名「Quercus mongolica」)として知られるミズナラ樽を提供する会社も増えている。日本以外では樽に使用されることは極めて珍しかったミズナラ材だが、ヨーロッパ産のオーク材に比べてトランスラクトン類の含有量が多い。これがお香、白檀、ココナッツなどを思わせるアロマの原因であることがわかっている。

独特の香味があるミズナラ樽は、比較的希少であることや加工の難しさでも注目を浴びた。野心的な世界のウイスキーメーカーにとって魅力的な選択肢となり、これまでにボウモア、グレンモーレンジィ、グレンアラヒー(以上スコットランド)やメソッド&マッドネス(アイルランド)などの蒸溜所がミズナラ樽で熟成したウイスキーを商品化している。

また米国では、一般的なアメリカンホワイトオークとは別種のオレゴン産ホワイトオーク( 学名「Quercus garryana」)が使用され始めている。通称ギャリアナオーク樽で熟成したモルト原酒は、糖蜜のような深みのあるパンチの効いた香味がしっかりと授けられる。

このギャリアナオークの樽がもたらすアロマとフレーバーは重厚かつ強烈なため、通常は他の一般的な熟成樽を使用した原酒とブレンドしてバランスをとる。ワシントン州シアトルにあるウエストランド蒸溜所では、オレゴン産ホワイトオーク材の影響を受けたウイスキーを「ギャリアナ」と名付けて毎年リリースしている。ウイスキーの香味は毎回異なるが、ギャリアナオーク樽が広げた香味の多彩さを重用することでさまざまな賞に輝いてきた。

ウイスキーづくりにおいて、熟成樽は上質な香味をもたらしてくれる極めて重要なプレーヤーだ。好奇心旺盛な消費者に新たな感覚体験を提供するため、蒸溜所が実験的な試みに乗り出せる格好の分野でもある。

ピートの効いたウイスキーを使用した樽でノンピートの原酒を熟成すると、本当に繊細なスモーク香を備えたユニークなウイスキーが出来上がる。テネシー州のジョージディッケル蒸溜所では、あのタバスコのペッパーソースを貯蔵していた樽で熟成させたウイスキーを発売した。

また数年前には、ドイツの独立系ボトラーが有名なアイラモルトをニシン樽に貯蔵したこともある。歴史的なオマージュを謳って「フィッシュキー」と名付けられたインパクト十分の商品だが、残念ながら大成功には至らなかった。

さまざまな世界の蒸溜所が、これからも勇敢な実験に乗り出すことだろう。失敗を恐れないイノベーターたちのおかげで、ウイスキーの未来はワクワクするような冒険に満ちている。