ザ・マッカランの風味を守る究極の番人
スコッチを代表するブランドとしてシングルモルトブームを牽引し、大規模な新蒸溜所も建設中のザ・マッカラン。卓越したブランド価値を守り、未来へと受け継ぐための条件は何か。初来日を果たしたマスターディスティラー、ニック・サヴェージ氏のインタビュー。
文:WMJ
ザ・マッカランのマスターディスティラーが、大変な重責を伴う仕事であることに疑いはない。1824年以来の伝統を守りながら、豊富なラインナップのウイスキーを市場に供給する。非の打ち所がない原酒を日々樽詰めし、28万樽ものストックを管理する。そんな業務の最高責任者ともなれば、スコッチ界の大司教のような人物を想像してしまうのも無理はない。
だが当人のニック・サヴェージ氏は、そんなイメージを軽々と打ち砕く。若々しくスポーティーで、ダイナミックな変化に対応する胆力と柔軟性を感じさせる人物だ。ザ・マッカランのマスターディスティラーは、ウイスキー業界でも比較的新しい役割のひとつであるのだと説明してくれる。
「ウイスキーづくりでは各工程に責任者がいますが、その最上位ですべての品質を監督する役割です。アルティメット・カストディアン、すなわち究極の管理者と呼ばれるように、蒸溜や熟成だけではなくウイスキーの風味に影響を及ぼす全要素をモニタリングしています」
責任は膨大だが、あまり深刻に考えないようにしていると微笑むサヴェージ氏。ザ・マッカランでの仕事を始めたのはつい昨年のことだ。イングランドのシェフィールドで生まれ、2002年の大学卒業まで同地で過ごした。その後、オーストラリアで機械工学を学んで博士号を取得。大学院では、テニスラケットなどの構造を研究していたのだという。待遇よりも自分が心から楽しめる天職を探していたところ、2007年からディアジオ社の研究主幹として樽や熟成庫の研究に従事することになった。
「スコッチだけではなくカナディアンウイスキーなども研究に、天使の分け前などのメカニズムや、樽のライフサイクルなどについて分析しました。テニスラケットとどんな関係があるのかとよく聞かれたものですが、複雑な構造を分析して最適解を出すプロセスが似ていると思います」
樽の最適化に関する特許を取得後、2014年よりウィリアム・グラント&サンズの蒸溜部門技術主任としてモルトウイスキーとグレーンウイスキー両方の醸造や蒸溜を研究。グレンフィディックのモルトマスターであるブライアン・キンズマン氏らを技術面でサポートした。そして2016年にエドリントン・グループに入社し、ザ・マッカランの品質管理を担うマスターディスティラーに任命されたのである。
伝統と革新のはざまで
マスターディスティラーとなって間もないサヴェージ氏だが、目前には未曾有の大事業が迫っている。それは来年から始動する新しい蒸溜所建設だ。スチルのサイズやデザインは現在使用しているものを複製し、蒸溜の方法も変えずに生産量を倍増させる。スチルの数は、最終的に30基以上になるという。
「毎朝、出勤の途中で車を止めて、新しい蒸溜所を眺めながら驚嘆しています。将来もこんなレベルの蒸溜所はきっと出てこないでしょう。それくらい圧倒的な施設なんです」
サヴェージ氏によると、新しい蒸溜所はビジターセンターを完全に統合し、訪問者は部屋を移動することなくウイスキーづくりのすべてが見学できる。ウイスキーファンだけではなく、建築家、デザイナー、エンジニアなどが見学に来る画期的な建造物なのだという。
新蒸溜所が稼働して生産規模が増大すると、マスターディスティラーの役割も変化するのだろうか。
「樽やニューメイクの品質確認など、今まで通りの日常業務を続けていくだけです。新しい環境でつくるウイスキーを12年後に味わっても、今あるウイスキーとの違いがわからないように品質を維持することが大切。今後はダブルカスクのようなチャレンジも増えていく可能性があるので、イノベーションを起こしやすい管理手法も求められてきます」
ウイスキーのイノベーションといえば、巷では短期間で熟成を完了するテクノロジーなども期待されている。だがニック・サヴェージ氏は、ザ・マッカランの風味を変えるような技術の使用には否定的だ。
「ウイスキーの熟成を加速するようなテクノロジーは、すでに可能かもしれません。しかしスコッチウイスキーの伝統を考えたとき、そのような手法が採用されるとは思えないのです。ザ・マッカランをテイスティングしながら、どうして人はウイスキーを買うのだろうと自問しています。それはきっと、200年以上の伝統があり、その間に積み上げてきた経験やスキルがあるから。新しい提案も忘れてはいけませんが、伝統に対する敬意はザ・マッカランの根幹だと思っています」
未来のへの種子をつなぐ
好きなウイスキーは何かと尋ねると、大切な人の名を告げるかのように静かに答えた。
「マッカラン18年。必要なものをすべて備えた、見事なウイスキーです。テイスティングして、感動の声を上げなかった人を見たことがありません。ザ・マッカランのコレクターに、1本だけ残して全部を手放すならどれを残すかと尋ねると、たいていの人が18年と答えますよ」
職務上の責任は、マッカランを飲むすべての人に素晴らしい品質のウイスキーを届けること。だがサヴェージ氏が心に秘めている目標は、さらに遠くを見据えている。
「次の世代の人たちが、素晴らしいストックを確保できている状態を作ることも私の仕事です。30年後、私たちがいなくなった後でも、マッカランが未来へ進み続けられるようなストックを持てるようにしたいといつも考えています」
それを実現するには、在庫の質を維持するのと同時に、多様性も確保しておかなければならない。なぜなら未来の人々の嗜好がどう変化しているのか、現在はまだわからないからだとサヴェージ氏は語る。
「未来のつくり手に、宝箱を手渡したい。そのためには、今まで通りの原酒はもちろん、ほんの少量でもいいから新しい試みも始めておきたいと思っています。異なったカスク、異なったトースト、異なったオークのタイプなどのバリエーションを用意するのも私の仕事です」
今はさほど求められない試みでも、30年後のマスターディスティラーから「ありがとう」と感謝される仕事を残したいと語るサヴェージ氏。現状に満足せず、イノベーションの種子を育てておくこともウイスキーづくりには必要だ。
200年の伝統を守りながら、はるか先の未来を少しずつ切り拓くこと。それがマスターディスティラーに課せられた究極の役割なのかもしれない。
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