映画の中のウイスキー【第3回/全3回】
文:デービッド・T・スミス
映画史上で、ジェームズ・ボンドほどウイスキーの似合う登場人物はいるだろうか。ウイスキーだけでなく、さまざまなスピリッツを幅広く嗜んでいる。このようなお酒のセレクションは、映画の原作に描かれたさまざまな印象を表現するために必要なものだった。イアン・フレミングは、ジェームズ・ボンドの世界をよりリアリスティックに描くため、特定のブランドを選んで登場させている。
かつて1960年代に制作された多くの映画がそうであるように、作中でジェームズ・ボンドが愛飲するウイスキーはスコッチだった。ジャマイカのバーでは、「ブラック&ホワイト」のソーダ割りを注文するグループの一員として描かれている。
『007 ゴールドフィンガー』(1964年)では、ショーン・コネリー演じるジェームズ・ボンドが、映画のタイトルにもなっている悪役ゴールドフィンガーから午後のシーンでミントジュレップを勧められて飲む。飲んだ感想は「サワーマッシュだね。甘すぎないのがいい」とウイスキー通ぶりを披露している。映画で使用された銘柄は明らかではないが、小説の中のボンドはオールド・グランドダッドを好んでいた。個人的に、バーボン&ソーダならJWダントあたりがふさわしいと思う。
『007は二度死ぬ』(1967年)は、日本が舞台だ。タイガー田中(丹波哲郎)の家の庭で、ショーン・コネリー演じるジェームズ・ボンドがショートコリンズグラスでウイスキーの水割りを飲む。銘柄はブレンデッドウイスキーの「サントリーオールド」で、割り水は水差しから注がれる。
ジェームズ・ボンド役を一度だけ演じたジョージ・レーゼンビーの出演作は『女王陛下の007』(1969年)だ。山頂のリゾート地であるピッツグロリアに滞在中に「モルトウイスキーの炭酸水割り」を注文した。ボンドを演じた俳優の中で、唯一ヨーロッパ以外で生まれたのがオーストラリア人のジョージ・レーゼンビーである。
ジェームズ・ボンドは、1970年代に入るとウイスキーの好みをアップグレードしていく。『007 死ぬのは奴らだ』(1973年)では、ロジャー・ムーアが氷なしのストレートでバーボンを注文し、チェイサーの水も注文する。ウェイターは「追加料金がかかりますよ」と答えている。その後、ニューオーリンズではCIAのエージェントであるフェリックス・ライターの勧めでカクテルのサゼラックを注文するシーンもある。
やがて1980年代に入っても、ティモシー・ダルトン演じるジェームズ・ボンドはフェリックス・ライターと飲み交わす。今度は『007 リビング・デイライツ』(1987年)で「ジムビーム ホワイトラベル」を飲み、そして『007 殺しのライセンス』(1989年)では格闘シーンで「カティサーク」が登場する。
ボンドのみならずMI6長官もウイスキー党に
1990年代には新しくピアース・ブロスナンがジェームズ・ボンドとして登場し、ジュディ・デンチが英国情報局秘密情報部(MI6)の部長に就任した。それまでのMI6長官はオフィスで高級なコニャックを飲んでいたが、ジュディ・デンチ演じる新しいMI6長官は「バーボンを好む」という設定で、ジェームズ・ボンドと一緒に「ジャックダニエルNo.7」を飲む。
『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997年)では、MI6長官が護衛車の中でデキャンタからスコッチを注ぎながら指示を出している(これは小説版でもしっかり描かれている)。
スコッチ好きのMI6長官という設定は『007 ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999年)でさらに掘り下げられ、長官オフィスでの一杯としてシングルモルト「タリスカー 10年」とジンの「タンカレー」が選ばれている。どちらもタイトル前のシーンで登場するのが印象的だ。長官は重厚なタンブラーからストレートで飲んでいるが、ジェームズ・ボンドは氷を2個入れている。この氷も次のシーンに展開するプロット上の仕掛けであり、テムズ川の壮絶なボートチェイスにつながっていく。
そして21世紀に入ると、ダニエル・クレイグが新しいジェームズ・ボンド役になる。だが主人公の酒好きという設定は変わらなかった。『007 カジノ・ロワイヤル』(2006年)では相当な量のウイスキーが飲まれているが、注がれるシーンが映し出されないため銘柄を正確に特定できない。ただし悪役のル・シッフルは自分のボートにブレンデッドスコッチウイスキーの「バット69」を常備している。またカジノのバックバーには、同じくブレンデッドスコッチウイスキーの「ジョニーウォーカー スウィング」がちらりと見える。
『007 スカイフォール』(2012年)で、MI6長官はお気に入りのウイスキー銘柄を変えている。ここで愛飲しているのは「マッカラン」だ。ジェームズ・ボンドも、トルコのビーチバーで「マッカラン」を飲んでいる。その後、2022年には映画シリーズ60周年を記念して、マッカランがジェームズ・ボンドをテーマにした6種類のボトルセットを発売した。最新作である『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021年)では、ジェームズ・ボンドがジャマイカのバンガローでベッドサイドテーブルに「ジョニーウォーカー ブラックラベル」のボトルを置いていた。
映画史を代表する名優たちが演じたジェームズ・ボンドは、何十年にもわたってさまざまなウイスキーを愛してきた。今はまだ次のボンド役が誰になるのかさえわからないが、誰が演じることになってもジェームズ・ボンドがウイスキーに投げかける特別な眼差しは変わらないだろう。