マルス津貫蒸溜所の輝ける未来【後半/全2回】

December 26, 2016

新設されたばかりのマルス津貫蒸溜所は、よりヘビーな酒質のウイスキーを生み出すためのユニークな設備に満ち溢れている。初めての訪問レポートは、いよいよ蒸溜から熟成の核心に迫る。

文:ステファン・ヴァン・エイケン
 

糖化と発酵が終われば、いよいよ蒸溜の工程に進む。蒸溜棟に陣取っているのは、2基の真新しいポットスチル。製造したのは日本の三宅製作所である(半年前の経過レポートはこちら。ウォッシュスチル(初溜釜)は、容量5,800Lのタマネギ型。スピリットスチル(再溜釜)は、容量2,700Lのストレート型だ。

どちらのスチルもラインアームは下向きの設計(マルス信州蒸溜所よりさらに10° ほど下方)で、共に蛇管式(ワーム式)のコンデンサーにつながっている。今日では多管式(シェル&チューブ式)のコンデンサーを採用する蒸溜所が大半であるなか、この選択は極めてユニークだ。多管式では銅との接触率が高いので、軽やかでクリーンなスピリッツに仕上がる。マルス津貫蒸溜所では、よりヘビーな酒質のスピリッツを追求しているため、あえて伝統的な蛇管式を選んだのであろう。

蒸溜棟には、他にも400Lのハイブリッドスチルと、小さな500Lの銅製ポットスチルもある。ポットスチルは、1969年から1984年まで鹿児島工場でウイスキーづくりに使用されたもの。これら2つのスチルがウイスキーの生産に使用される予定はなく、ジンやリキュールをつくる際に出番が回ってくるはずだ。

石蔵樽貯蔵庫では、マルス信州蒸溜所で蒸溜された原酒も試験的に貯蔵されている。ここ鹿児島では、長野よりも熟成のスピードが若干速いことがわかっている。

マルス信州蒸溜所では、ウォッシュスチルで蒸溜した3バッチ分のローワインをスピリットスチル(容量8,000L)で再蒸している。信州に比べると、ここ津貫のスピリットスチルはずっと小さい。そのため毎日バッチひとつごとに再溜がおこなわれることになる。津貫での再溜は5時間程度で、カットの幅を信州よりもやや広くとっている。津貫は信州よりも再溜液を取り出す時点でのアルコール度数が平均1%ほど低い。ここにもよりヘビーなスピリッツを取り出したいという津貫ならではの動機が垣間見える。責任者の草野辰朗氏は、2箇所の蒸溜所からできるだけ異なったタイプの原酒を用意したいのだと説明してくれた。つまり蒸溜するスピリッツのタイプによっては、カットのポイントを変更する時期もあるのだろう。

ここでも訪問客にとって興味深いのは、2つのスチルの釜の上部に取り付けられた大きなハッチ(英語で「マンドア」)が、共にガラス製であることだ。マンドアは確認作業や掃除に使われる開閉部だが、透明の素材で造られたものには初めてお目にかかった。この窓のお陰で、蒸溜中のスチル内部を実際に視認できるのが画期的。ウイスキーファンにとって、ポットスチル内部の様子を眺める体験は感動的である。

 

熟成の先にあるもの

 

津貫のニューメイクは、おおむね度数60%強で樽詰めされる。第1回目の蒸溜は10月27日(初溜)と28日(再溜)におこなわれたばかりで、貯蔵庫に置かれているスピリッツ入りの樽はまだわずか。現在のところ、いくつかのバーボン樽と、アメリカンオークの新材で作ったパンチョン樽がスピリッツを熟成中だ。他にも麦焼酎、シェリー、梅酒などを貯蔵した樽も使用する計画がある。さらにはこれから使用される変わり種の樽も見つけた。それはアメリカンホワイトオークの本体にサクラ材の天板をはめ込んだ3本のパンチョン樽である。

ここマルス津貫蒸溜所の貯蔵庫には、マルス信州蒸溜所で蒸溜されたスピリッツも熟成されている。あらかじめ貯蔵していた信州のスピリッツが約3年でバニラ様の熟成香を獲得している事実から、津貫は信州よりもいくぶん熟成のスピードが速いものと推測される。津貫での天使の分け前は年間6%にも及び、平均3%の信州よりも高い。

ともあれ私たちは、津貫ウイスキーの最初の1杯を味わうまでに、辛抱強く待たなければならない。本坊酒造は「津貫」の名を、この蒸溜所でつくられる一連のシングルモルト製品のために温存している。どんなウイスキーでも、グラスに注いで味わうまでに少なくともあと3年はかかるということだ。それでも近いうちに、ニューメイクは200mlのボトルで入手可能になるだろう。2011年にマルス信州蒸溜所がスチルを再稼働した後にも、同様のニューメイク製品を発売した実績がある。

蒸溜所設備や石造りの貯蔵庫を見学したあとでも、マルス津貫蒸溜所にはまだまだ見どころがある。蒸溜所の右手にあるのは、1970年代初期にニュートラルスピリッツを生産していた旧蒸溜塔。高さ26メートルもある7階建てのタワーに上ることこそできないが、スーパーアロスパス式精製酒精蒸溜装置の遺構をガラス窓越しに見上げることはできる。塔内では写真と解説(日本語と英語)で豊富な資料が展示されているので、本坊酒造と創業家の歴史が詳しく学べるだろう。ここで公開されているのは、これまで外部の者が知る機会のなかった情報ばかり。パネルのひとつひとつを熟読する価値があり、見学を終える頃には本坊酒造の専門家になった気分である。

見学の締めくくりには、やはりリラックスして高品質なウイスキーを愉しみたい。隣の本坊家旧邸「寶常(ほうじょう)」をビジター用に改装する計画は、マルス津貫蒸溜所の建築中から決定されていた。伝統的な木造建築の和風平屋建て邸宅は、もともと1933年に建築されたもの。このたび増設されたウッドデッキからは目を見張るような庭が静かに眺められ、少人数グループのためにテイスティング会を催せる部屋もある。

ビジター用に改装された本坊家旧邸「寶常」。ショップやカフェバーが併設されており、日本庭園を眺めながらゆったりとマルスウイスキーがテイスティングできる。

見学者の多くは、まっすぐショップかカフェバーを目指すだろう。ショップの品揃えは豊富で、本坊酒造の商品や限定品も並んでいる。ウイスキーはもちろん、地元特産品を使ったブランド商品も見逃せない。私の個人的なおすすめはキンカンとタンカンのジャム、それに鹿児島のショコラティエ「バッハとピカソ」が作った限定品のボンボンショコラ。カフェバーは鹿児島市にあるバー「B.B.13」に倣って、同様の古風で優雅なムードをたたえている。ドリンクの値段はとてもリーズナブルなので、帰りの運転手を確保しておくのが賢明かもしれない。

この日本最南端のウイスキー蒸溜所から、やがて素晴らしい成果が生み出されてくるのは疑いようもない。ウイスキーファンのみなさまには、ぜひこのタイミングでマルス津貫蒸溜所見学を言い訳にした鹿児島旅行をご計画いただきたい。蒸溜所は毎日午前9時から午後4時まで一般公開しており、自由見学なので気の向くまま蒸溜所内で時間を過ごせる。有意義な旅になることは間違いない。

 

 

カテゴリ: Archive, features, TOP, 最新記事, 蒸溜所