ミュージシャンとウイスキーの真剣コラボ【前半/全2回】
文:ニコ・マルティーニ
「もう40年もギターを弾いています。ベテランと呼んでくれる人もいますが、ただ年をとっただけですよ」
ポール・ホレッコ(FEWスピリッツ創設者)が、笑いながら自分の音楽遍歴について語り始める。初めてギターを手にしたのは14歳の頃。独学で奏法をマスターし、大学時代にはグレイトフル・デッドのコピーバンドで演奏していた。自身のバンドも含め、いくつかのグループのマネージャーを務めたこともある。
「音楽は、私の人生に不可欠な要素。そんな音楽への愛は、ウイスキーづくりとも深いつながりがあります。音楽制作とウイスキー製造は基本的に同じ。どちらも素晴らしい感情や体験を生み出せるし、自分がつくったものを誰かに楽しんでもらえます。それがきっかけで、人と人とのつながりが深まっていくことも共通しています」
そんなホレッコにとって、音楽家たちとコラボするのは自然の流れだった。アーティスト名義のウイスキーをつくるのも、ごくわかりやすいアプローチだったのだと振り返る。
「結局のところ、ストーリーを伝えたいという思いに帰結するのだと思います。私は普段からウイスキーを通じてストーリーを伝えていますが、ミュージシャンたちも音楽を通じて自分たちのストーリーを伝えている訳ですから」
イリノイ州エバンストンで創業したFEW蒸溜所が、音楽とのコラボレーションに乗り出すまでには紆余曲折があった。しかし、そこに綿密な計画のようなものは特になかったという。
シカゴ出身のホレッコは、まずインディーズレーベルの「ブラッドショット・レコード」と提携している。オルタナティブ・カントリーと呼ばれるジャンルのアーティストたちを紹介することで有名な独立系レーベルだ。
「私自身が、ブラッドショット・レコードの20年来のファンでした。シカゴには地元の人たちによるクールな音楽シーンがあって、地元産のクールなウイスキーもある。その関係を表現したいというコラボの発生は自然の流れでした」
音楽とウイスキーは相性がいい。それがホレッコの考えだ。音楽もウイスキーも、愛好者たちが個人的に深い結びつきを感じている。だからこそ自然に調和するものなのだ。
「みんな音楽と親密につながっているし、ウイスキーとも親密な関係を結んでいます。ウイスキーはただ酔っ払うためだけのものではありません。まあもちろん、時々はそういうときもありますけどね」
ホレッコは、そう語りながらいたずらっぽく微笑む。
「素晴らしい音楽に出会うことは、素晴らしいウイスキーを味わうことにも通じます。両者の本質は驚くほど似ているんです」
FEWスピリッツと音楽レーベルとのコラボは、そんな感情的なつながりから出発している。大切なのはバンドのサウンドと雰囲気を理解し、その本質を反映したウイスキーを製造すること。ウイスキーの風味を通じて、それぞれ固有のストーリーを語るのが目的になる。
アーティスト本人に愛されることが目標
この基本的な哲学は、FEWスピリッツが進める音楽とのコラボに例外なく反映されている。アーティストとの共同プロジェクトを構築するため、ホレッコは特別な情熱で取り組んできた。
「バンド名を印刷したラベルをボトルに貼り付けるだけなら、そんな仕事に興味はありません。アーティストたちが、自分たちのウイスキーだと感じられるようなものをつくりたいのです」
音楽とのコラボレーションは、当初から相互作用を重視したアプローチで始まった。ブラッドショットの運営者であるナン・ウォーショウとロブ・ミラーは、2014年から実際にFEWスピリッツの貯蔵庫で樽熟成中の原酒サンプルをチェックしている。ブラッドショットらしい生々しくも骨太な音楽とFEWスピリッツのウイスキーを表現するため、みずから原酒のブレンドにも関与してきたのだ。
「全米規模のメディアから注目されるほどのプロジェクトではありません。でもやっていて、とにかく楽しい工程でした」
ホレッコはそう語る。ブラッドショットが自称する「インサージェント(反体制)カントリー」のジャンルに敬意を表して、「インサージェント・ジン」という名の楽しい限定品も手がけることになった。これはブラッドオレンジのフレーバーを注入したジンで、言うまでもなくブラッドショットというレーベル名にちなんだアイデアである。
こうした初期のコラボレーションは、何千本ものボトルを販売するためのプロジェクトではなかった。重要なのは、ホレッコの音楽愛が本物であると証明することだった。
「万人受けを狙っていたわけではありません。本当に共感してくれる少数の人たちのために、本物をつくりたいと思っていたのです。このアプローチが、その後の展開の土台になりました」
有名バンドたちとのコラボがスタート
ウイスキーメーカーとしてのFEWスピリッツが評判を高めるにつれて、新しいチャンスが次々と訪れるようになった。有名な音楽レーベルから、蒸溜所への問い合わせも増え始めたのだ。
そして2006年には、FEWスピリッツがロックバンドのザ・フレーミング・リップスと提携した「ブレインヴィル・ライ・ウイスキー」を製造した。サイケデリックなサウンドが身上のザ・フレーミング・リップスは、型破りなライブパフォーマンスで知られている。リードシンガーのウェイン・コインが大きなビニール製の浮き輪に乗って観客の間を飛び跳ねたり、ステージ上で身長9mのサンタクロース型ロボットに踊らせたりといったアイデアがファンを喜ばせている。
そのようなエッセンスをウイスキーで表現するには、いったいどうすればよいのだろう。ホレッコにはチャレンジを成功させる秘策があった。彼自身がフレーミング・リップスの大ファンであり、どんなに難しくてもやり遂げる覚悟があったからだ。
「サイケデリックなバンドのウイスキーをどうやって表現しようか。まず最初に、そんな問いから出発しました」
そして出来上がった「ブレインヴィル・ライ・ウイスキー」は、極めてスパイシーかつフルーティーなウイスキーだった。どちらもウイスキーの香味としては一般的だが、通常はスパイス香とフルーツ香がこれほどまでの強度を保ったまま調和することはない。
「メロディアスで飲みやすく、それでいてはっきりと個性を主張するウイスキー。まさにバンドの個性を体現したような風味です」
ホレッコは誇らしげに語る。このプロジェクトは、FEWスピリッツの創造性とザ・フレーミング・リップスのエキセントリックなスタイルを完璧に融合させた。そしてウイスキー愛好家と音楽ファンの双方に大ヒットしたのだ。
「このブレインヴィル・ライ・ウイスキーが成功したことで、音楽業界のさまざまな人たちに門戸が開けました。尊敬すべきクールな人たちと仕事をするチャンスを得るたび、あらゆる可能性を検討しなければならないという責任も感じてきたんです」
(つづく)