小さな長濱蒸溜所の大きな夢【後半/全2回】

February 15, 2017


コンパクトで合理的な設備と生産体制。熟成を待つ期間の消費者向けサービス。長濱蒸溜所のアプローチは大胆かつ堅実だ。多大な投資を必要とするウイスキーの生産を、マイクロディスティラリーがやりとげるための最新モデルがここにある。

文:ステファン・ヴァン・エイケン

 

長濱浪漫ビールおよび長濱蒸溜所の代表である清井崇氏が、施設内でウイスキーづくりのプロセスを説明してくれる。現在のところ、使用されている大麦は2種類。ノンピート(ドイツ産)と20ppmのミディアムピート(英国産)である。マッシュによって、ミディアムピートの大麦が少量だけノンピートに加えられ、軽いピート香を持つ原酒のバリエーションが得られる。この蒸溜所で蒸溜された最初のバッチがこの軽いピート香を持つスピリッツだった。今のところ、ピートタイプの生産シーズンが終わってからノンピートタイプの生産シーズンに入る予定である。

仕込み(糖化)は、ビール醸造用のマッシュタンとラウタータンを使用する。1回分のマッシュは400kgの大麦を使用し、そこから1,600Lのウォッシュができる。これを同じビルの2階にある6槽のステンレス製発酵槽のひとつ(容量2,000Lだが1,600Lまでしか入れない)に送る。この発酵槽もまた、もともとビール醸造の設備として保有していたものである。ウォッシュがポンプで発酵槽に送られると、ウイスキー酵母が投入される。発酵時間は約60時間だ。醸造所直営レストランは無休なので、週末の発酵だけが長時間になることもない(スタッフが週休5日制だとよくそういうことになる)。

発酵がひと通り終わると、出来上がったもろみはポンプで階下のスチルハウスに送られる。長濱蒸溜所では工程のひとつひとつが手作業だ。スタッフが実際にホースパイプを2階にある発酵槽の底につないで、1階にあるスピリットスチル(初溜釜)に垂らして手でつなげる。マッシュタンに残った麦芽の搾りかすを取り除くのも手作業だ。何事にも手がかかるアプローチである。レストランのスタッフが、このような作業に駆り出されることもある。搾りかすは近隣の農家が作物の肥料として利用し、その畑で穫れた野菜がいずれレストランのメニューに登場する。実に美しい循環である。

前回説明した通り、2基のポットスチルはアランビック型だ。大きめのヘッドを取り付けて還流を促し、よりすっきりとした風味のスピリッツを生み出す。初溜釜のサイズがわずか1,000Lであるため、発酵槽1つ分のもろみ(1,600L)を2つに分けて蒸溜する。午前中に800Lを蒸溜し、残りは午後に投入。容量500Lの再溜釜も同様で、初溜液を400Lずつ2回に分けて蒸溜する。ミドルカットは味覚で判断しており、スタッフ3名がこのカットを担当できる。ワンセットの蒸溜から、アルコール度数約68%のニューメイクが約100L取り出せる。

ニューメイクをソーダで割り、名物の獅子柚子スライスを乗せた「長濱ハイ」。併設のレストランで味わえる。

現在のところ、毎日のスケジュールは午前8時の糖化に始まる。それが終わると発酵槽に移し、2度めの糖化が午後5時頃にスタート。これを発酵槽に移すのは午後10時頃になる。マッシュ1回、発酵1回、蒸溜2回を通常の1日仕事(午前9時?午後5時)と考えれば、1日に2回のマッシュをおこなう方式は生産スピードが倍になる。ここがただの蒸溜所ではなく、ビール醸造所であることも考えると理にかなっているのだろう。つまりウイスキーづくりに関しては、1週間に6回のマッシュ(3日分の作業にあたる)がおこなわれ、6日分のもろみを蒸溜器へ送る。ウイスキー用の糖化がおこなわれない日は、ビール醸造の日である。こうすればビールとウイスキーが両立できるというわけだ。すべてが計画通りに進められるようになれば、週7回の無休サイクルで毎日蒸留器を稼働させることも検討中だ。

 

熟成途中のスピリッツを味わえるユニークなプログラム

 

樽入れに充分な量のニューメイクができると、加水して度数が59%まで下げられる。蒸溜所が稼働してまだ2カ月の間に、2,500Lのニューメイクができた。このニューメイクは、ミズナラのホグズヘッドとバーボンバレルに樽詰めされた。現在のところ、熟成の主力はバーボン樽になる予定である。すでに200本のバーボンバレルをヘブンヒルより購入済みなので、しばらくの間はこれらの樽を満たし続けることになるだろう。年間生産量は40,000Lを目標にしている。いずれは他の木材による熟成も導入する予定だ。ここで樽詰めされたスピリッツは施設内に貯蔵されているが、長浜市内の別の場所にある貯蔵庫で熟成される樽も出てくることになるだろう。

長濱蒸溜所のチームは、近頃のウイスキーファンが以前よりもせっかち(情熱的ともいう)であることをよく理解している。そこで熟成中の製品も楽しめるようなアイデアをいくつか考えた。まずはニューメイク500本が消費者向けにボトリングされた。それに加えて、長濱蒸溜所では個人向けのミニ熟成キットも用意している。アメリカンホワイトオークでできた1本のミニバレルに、ニューメイク1本が付いたこのキットは、「Whisk(e)y Lovers Nagoya」で発表されるとファンの間で大ヒットになった。

ミニ新樽からフレーバーが移るスピードは速い。自宅でできるウイスキー熟成セットがファンの心をくすぐる。

ミニ樽がスピリッツに及ぼすインパクトは驚異的だ。ニューメイクといっしょに、10日、12日、18日、25日、30日の熟成を経たスピリッツを蒸溜所内で比較テイスティングさせてもらった。自分自身の「スイートスポット」が、どのあたりにあるのかを探るのは面白い。絶妙なタイミングで熟成を完了させたら、ボトルに移してその後のお楽しみにするのである。空いたミニバレルは、新しいニューメイクを詰めて再利用してもいい。私自身の好みは18日もののスピリッツだった。だがこれもカスクの個性と個人の好みによって異なってくるだろう。1Lでは不足だという人には、オクタブ(45L)、クォーターカスク(110L)、バーボンバレル(180L)を購入できるカスクオーナーのプログラムがある。現在のところ、一番人気があるのはオクタブのようだ。

ニューメイク自体は、非常に飲みやすい。リッチで、かなりフルーティで、軽いフローラルな香りもあり、穀物由来の甘味が屋台骨を作っている。これをレストランで心地よく味わえるアイデアも生まれた。その名も「長濱ハイ」。長濱蒸溜所のニューメイクをソーダと氷で割って、滋賀県特産の獅子柚子のスライスで風味付けしたものだ。

現在のところ、長濱蒸溜所のスタッフはいくつかのプロセスを試行錯誤しながら細かな調整を続けている。これが一定のところに落ち着いて、生産量が目標とする水準に達したら、さらに異なった特徴を加えるための実験も思い描いているようだ。それはヘビーピートかもしれないし、別種の酵母の採用かもしれない。ウイスキー樽でビールを熟成する道もあるだろう。日本一小さな蒸溜所だが、夢は果てしなく大きい。今後の動向に注目である。
 

 

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