ブレンデッドウイスキーは、世界市場で大きなシェアを獲得している。それでもまだ世界中で生産されているカテゴリーではない。原酒のブレンドにまつわるニューワールドウイスキーの動向を探る2回シリーズ。

文:クリスティアン・シェリー

 

イーニアス・コフィーが1830年に発明した連続式蒸溜機は、ウイスキーづくりを大幅に効率化して酒造業界に革命を起こした。それ以来、スコッチウイスキー業界ではブレンデッドウイスキーが販売数を爆発的に伸ばして市場を席巻するようになった。

コフィーが特許を取得した蒸溜方法は、ポットスチルを用いた単式蒸溜よりも迅速かつ低コストでウイスキーを製造できる。この方法で穀物原料のグレーンウイスキーをつくり、モルトウイスキーとブレンドすればボトル1本あたりの製造コストが安くなる。口当たりも軽やかで飲みやすく、大量生産もできるようになった。

スコッチウイスキー業界が発展するにつれて、蒸溜所同士が原酒を交換し合い、独自レシピのウイスキーをブレンドする慣習も広く普及していった。このような成り立ちで成長したスコットランドのブレンデッドウイスキーには、約40種類もの原酒で構成されたものもある。このような共存共栄の慣行がスコッチウイスキー業界全体の繁栄をもたらしており、スコッチウイスキーの売上の90%以上は今でもブレンデッドウイスキーによってもたらされている。

意外に思われるかもしれないが、この原酒交換によるブレンデッドウイスキーの製造というビジネスモデルはかなり特殊だ。日本では大手の生産者たちがモルトウイスキーとグレーンウイスキーを自社製造しているが、それぞれ独自のレシピでブレンドしている。競合する企業同士で原酒を交換する慣習は、新進のクラフトディスティラリーが最近始めたばかりだ。

世界4大ウイスキーの一角を占めるアイルランドとアメリカでも、サードパーティーから原酒を調達する市場は活発だ。しかし多くはブランド主導の契約買取であり、スコットランドのように多彩なブレンデッドウイスキーを生み出す土台にはなっていない。他のワールドウイスキー生産地を分析しても、ウイスキー市場自体は活況を呈しているのにブレンデッドウイスキーが大量に生産されている国は珍しい。

ブティックウイスキーの「ワールド・ウイスキー・ブレンド」を手掛け、アトム・ブランズのウイスキー部門を統括するサム・シモンズは言う。

「本当はみんなブレンドが大好きだし、ブレンドが私たちの文明を支えてきましたとも言えるでしょう。料理のレシピ、医学の発展、科学的な発見など、あらゆるものが何らかのブレンドで進化してきました。ウイスキー業界の200年以上にわたる歴史を見れば、ブレンドはスコットランドのお家芸。世界最大のブラウンスピリッツは、ブレンデッドスコッチウイスキーなのですから」

それでは、なぜもっと多くの国がブレンデッドウイスキーの生産に乗り出さないのだろうか。理由を探るべく、ウイスキーづくりでは後発組とされる国の事情を調べてみた。具体的にはアルゼンチン、オーストラリア、ニュージーランドだ。

ここで注意していただきたいのは、歴史的な背景である。欧州列強の植民地だった期間が長い国では、多くの市場でウイスキーの生産が抑制され、厳しく管理されていた。スピリッツの生産自体が禁止されていた国もあれば、独立後も旧宗主国に有利な関税が維持されたり、酒造免許の取得が極めて難しい国も多かった。

この記事は英国からの視点で書いているので、不公正な過去の事情について深入りはしない。商品の普及は流通の整備によっても大きな影響も受ける。各国の小規模なメーカーが、ブレンデッドウイスキーを普及するにはさまざまな要件を満たさなければならないことは確かだ。
 

アルゼンチンの場合

 
南米のアルゼンチンには、ウイスキーやスピリッツを製造するメーカーがいくつかある。パタゴニアのマドックやラ・アラサナ、サンタフェのデスティレリア・ベスティウムなどは国内でよく知られたブランドだ。興味深いことに、J・ジョレンテのチア蒸溜所は「ブリーダーズ・チョイス」という名のブレンデッドウイスキーを発売している。

このウイスキーの原酒は、アルゼンチン唯一のグレーンスピリッツメーカーから購入したものだ。グレーンウイスキーの原酒だけでなく、さまざまなスピリッツ蒸溜を手掛ける大企業である。そんな国内事情を説明してくれるのは、マティアス・A・ルシアーニ。アルゼンチン出身のウイスキー専門家で、ロサリオ・ウイスキー・クラブの創設者でもある。

アルゼンチンのウイスキー事情に詳しいマティアス・A・ルシアーニ。インフレが加速する経済危機の中で、独自のウイスキーを生産するメーカーを応援している。メイン写真はブティックウイスキーの「ワールド・ウイスキー・ブレンド」を手掛けるサム・シモンズ。

「アルゼンチンのウイスキーづくりは、まだ発展途上にあります。最も新しいウイスキーはだいたい熟成年が10年未満ですね」

アルゼンチンのウイスキー生産は、まだ新しい産業だとルシアーニは言う。だが消費者の関心が低い訳でもなければ、原料が不足している訳でもない。

「アルゼンチンはトウモロコシ、ソルガム、大豆の世界的な生産国。つまりスピリッツの原料となる多種多様な穀物が手に入ります。問題は、アルゼンチンをはじめとする南米の経済状況です」

ブレンデッドウイスキー業界の繁栄には、まずウイスキーの安定生産が不可欠だ。そのためには、信頼できる経済状況も必要である。経済協力開発機構(OECD)の予測によると、アルゼンチンは2024年のインフレ率が250%に達する見込みだ。これは恐ろしいほどの金融危機であり、ウイスキー業界に限らず国内経済に大きな影響を及ぼすことになるだろう。このような状況が、発展途上の業界にとって足かせとなっているとルシアーニは言う。

「結果が出始めるまでに、少なくとも10年はかかるのがウイスキー業界。そんな新しい部門に投資を呼び込むのは非常に難しい状況です」

このような困難にもかかわらず、ルシアーニはアルゼンチンのウイスキーメーカーを強力に支持しており、その将来性にも確信を抱いている。特にマドックとラ・アラザナは、力強い技術革新の途中だ。ラ・アラザナは南極に樽を送って、熟成の経過を見守っている。南極は気温が低いので、熟成は遅いものと予想されている。だが蒸溜所チームはとにかく好奇心旺盛だ。

伝統的なスコッチウイスキーにならった製法で、地元産の大麦からモルトウイスキーも試験的に生産されている。だがグレーンスピリッツを大量生産できるメーカーが国内で1社だけという事情もあり、インフレが猛威をふるっている間はさまざまな問題が続く。構造的な障壁を克服するのは難しいとルシアーニはは肩をすくめる。

「努力が足りないわけではありません。変化はゆっくりと起こっています。時間が経てば、アルゼンチンでスコッチのようなブレンディングや原酒交換のコミュニティを発展させられるかもしれません。でもまだ運まかせの部分も大きく、先行きに確信は持てません。もしかしたら、大手のメーカーが参入して状況を一変させてるかもしれません。でも将来のことはまだわからないんです」

次号では、ニュージーランドとオーストラリアの事情を紹介する。
(つづく)