ニューメイク、その新しい夜明け(上)
ごく短期間の熟成だけで、意外なほどの人気を誇るボトルたち。ウイスキー以前の「ニューメイク」は、古来のスタイルを現代によみがえらせる新しいトレンドでもある。熟成なきウイスキー製造の最前線を、2回に分けてレポート。
文:テッド・ブルーニング
ウイスキーは、いまやオークの独壇場ではないか。純度の高い理想的な水を手に入れ、古風なフロアモルティングで製麦し、ピカピカの銅製蒸溜器も用意して、熟練した醸造者とマスターディスティラーを招聘したとしても、そこから生まれたニューメイクはまだウイスキーと呼べない。カスクとスピリッツが長期間にわたって絡み合う、あの微生物学的メイクラブなしでウイスキーは生産できないのだ。とはいえ新進の蒸溜所が、ニューメイクの限定ボトルを発売するのは珍しいことでもない。キルホーマンが発売した2年もののニュースピリッツがまず頭に浮かぶし、2008年に再開したグレングラッサもさまざまなニューメイクをリリースした。だがそれはファンへのお便りを兼ねた進捗状況の報告であり、新奇なコレクターアイテムの一種だ。そんな中で、唯一の例だったのがロッホユー蒸溜所である。オーナーのジョン・クロトワージーはほとんど熟成をおこなわない18世紀の古い伝統を再現したが、誰かが真似をしたがるような実例にはならなかった。
しかしマイクロブリュワリーの例を見れば明らかなように、クラフトディスティラリーが個性を発揮して生き残るにはイノベーションや実験が必要不可欠だ。そこに、はるか昔の製造法に新しいインスピレーションを見出そうと考える蒸溜所があっても不思議ではない。これまでにアビンジャラク、 アナンデール、イングリッシュスピリット、ストラスアーンの各蒸溜所が、極めて短期熟成のモルトスピリッツを発売した。クリスマス用に1年もののお披露目パックを用意した、コッツウォルド蒸溜所のような例もある。
しかしニューメイクをそのままボトルに詰めてしまうことには、いささかの戸惑いもある。シングルモルトがゆっくり樽内で個性を育むのが待ちきれず、手っ取り早く換金するための策略なのではないか。だがそんな疑いは、事実とまったくかけ離れた誤解である。
実験か営利か、ニューメイク販売の真実
スコットランド最西の蒸溜所として知られるルイス島のアビンジャラク蒸溜所で、マーク・テイバーンはわずか3カ月間だけオーク樽で熟成した「スピリット・オブ・ルイス」をボトリングしている。こんな製品をつくった動機は、ロッホユー蒸溜所のジョン・クロットワージーとほぼ共通のものだ。
「18~19世紀のヘブリディーズ諸島のウスケバは熟成する必要がありませんでした。小さなスチルでつくられ、ピートは加えられず、ストーノウェイのワイン商から買った中古のポート樽やシェリー樽に入れて市場に届けられるまでの間が熟成期間だったのです。アビンジャラク蒸溜所のモットーは、100%ヘブリディーズ流のウイスキー。スピリット・オブ・ルイスはそれを反映させた製品です」
同じような知的好奇心の産物とも呼べるものが、パース近郊のストラスアーン蒸溜所にある。ここでトニー・リーマン=クラークは3種類のニューメイクをボトリングしているのだ。そのスピリッツは3回蒸溜で、栗材(スパイシー)、桜材(フルーティー)、桑材(メロウ)の小樽(ケッグ)で短期間熟成される。営利目的の商品ではないとトニーは説明する。オールモルトでオーク熟成したハイランドジンが主力製品なので、キャッシュフローはさほど問題にならないのだという。
「さまざまなことを試してみようと、古い時代のウイスキーをつくってみることにしました。その結果、発酵と蒸溜を注意深くおこなえば、中間行程を省いてもすぐに飲めるウイスキーができるとわかったのです」
生物化学博士であるイングリッシュスピリットのジョン・ウォルターズもまた、彼の「イングリッシュ・モルト・スピリッツ」をオークの小さな新樽でごく短期間だけ熟成する。それはスコットランドとまったく異なるプロセスだ。籾殻から抽出されるタンニンの量を減らすため、モルトは1時間以内にマッシュを済ませる。アルコール度数が6.5%になるまで発酵し、3回どころか5回も蒸溜され、「わずかにそれと匂わせる」程度の極めて短期間の熟成を経る。蒸溜と熟成の精度にウォルターズは自信を持っている。ケンブリッジ近郊の蒸溜所で訪問者にブラインドテイスティングを実施したら、スピリッツの熟成度は5〜15年程度と答える人が多かった。
アナンデール蒸溜所が生産する「ラスカリー・リカー」はオーク不要の製造法を極めている。ピートとノンピートのニューメイクを、レシーバーからそのままボトリングしてしまうのだ。キルホーマンの蒸溜所長でもあったマルコム・レニーは、キルホーマン2年の発売を手がけ、若いままで飲めるスムーズなニューメイクの製造法を確立した人物。シングルウォッシュスチル1基とスピリットスチル2基を使用し、蒸溜所顧問のジム・スワン博士に「ノンピートはそのままボトリングできる品質だ」であると進言した。そのときの様子を、蒸溜所オーナーのデーヴィッド・トンプソンが回想する。
「でもピートのウイスキーを試飲して、ジムは叫び声を上げました。私も試飲しましたが、ぶっ飛びましたね。ウォッカみたいなカクテル用のスピリッツを想像していたのですが、自己責任で飲むべき強烈な味でした」
コッツウォルド蒸溜所オーナーのダニエル・ツォーにも、同様の驚きは訪れた。3年熟成のウイスキーを発売しようと準備を進めながら、出来上がったニューメイクをしたらあまりにも素晴らしい出来で、涙が浮かぶほどだったのだという。結局、お披露目用として1年もののボトルをシェリー樽とポート樽の2スタイルでつくり、クリスマスの時期に出すことになった。(つづく)