極北のウイスキーづくり【後半/全2回】

文:ジョー・フェラン
ヨーロッパ最北部のウイスキー蒸溜所では、再生可能エネルギーを駆使した生産設備が必要になる。化石エネルギーに比べて効率は悪いが、これは地域にサステナブルなエネルギーを一気に導入できるチャンスでもある。
フェロー諸島にできたフェア・アイルズ蒸溜所のダニアル・ホイダル(共同創設者)は次のように語っている。
「実際のところ、フェロー諸島の厳しい気候はグリーンエネルギーの創出に最適な基盤となっています。特に水力発電、風力発電、潮力発電には理想的な土地柄でもあります」
フェロー諸島では、行政が2030年までにサステナブルな電力でエネルギーの100%を賄おうという計画が進められている。ホイダルもその方針に沿って蒸溜所を運営しているのだという。
「この蒸溜所では、すでに電力のほとんどをグリーンな電力で賄っています。ポットエール(初溜時に出る余剰分のスピリッツ)も、すべて地元のバイオガス施設でバイオガスとグリーン電力に変換されていますよ」
アイスランドのエイムヴェルク蒸溜所も、フェア・アイルズ蒸溜所と同様のアプローチを取っている。蒸溜所長のエヴァ・マリア・シグルビョルンスドッティルが次のように説明してくれた。
「そもそもアイスランド自体が再生可能エネルギーの先進国なので、豊富な地熱や水力発電を使ったグリーンなエネルギーだけで蒸溜所を稼働させています。エネルギー使用の面で、ほぼカーボンニュートラルであることが保証されている環境なのです」
自然環境の厳しい僻地では、しばしば自給自足が必要となる。そのためエネルギー源だけでなく、施設の建設や管理方法にもサステナブルな原則が適用される。あらゆることにサステナブルな選択を迫られることで、蒸溜所の操業による二酸化炭素排出量は削減され、なおかつ極寒の北極圏の環境に耐えられるスマートな手法も開発できる。
日本では直交集成板とも呼ばれるクロス・ラミネーティッド・ティンバー(CLT)は、二酸化炭素排出量を減らせる環境にやさしい建築材料だ。このCLTを使用した蒸溜所で有名なのが、ノルウェーのオーロラ・スピリット蒸溜所だ。またフェア・アイルズ蒸溜所は、貯蔵庫の屋根に芝を植えている。どちらの施設も、サステナビリティとレジリエンスを重視した設計だ。
このような蒸溜所の建築様式は、北国の風景に呼応したデザインが美しく映える。そしてもちろん、ウイスキーの香味や品質に直接的な影響を与えている。厳しい気候、清らかな水源、独特な地元の原材料などが相互作用を織りなし、原産地の個性と明確に結びついた香味が生まれるのである。
ノルウェー、アイスランド、フェロー諸島のウイスキーは、地球上でも特に厳しい環境でつくられている。だからこそ、その個性がさまざまなファンから注目を集めることになる。ユニークな土地に根ざした蒸溜所が、大胆な個性を備えたスピリッツをつくる。そのようなウイスキーには、世界の舞台で堂々と輝くチャンスがあるのだ。
ミケン蒸溜所(ノルウェー)のローア・ラーセンは次のように語っている。
「もちろん、いちばん重要な原料は大麦麦芽です。私たちが始めた当初は、ノルウェー産の大麦を十分な量で提供できる業者が皆無でした。でも私たちの働きかけが功を奏して、今ではここで使用する大麦の約50%を高品質の製麦業者が供給してくれるようになりました」
しかしその道のりも平坦ではない。ノルウェー産の大麦は、温暖な地域の大麦より2倍も高価で、アルコール収率でも劣ってしまうのだとラーセンは語る。
「それでも、これまで試した他の大麦とはまったく異なる香味の幅を示してくれます。これだけでも、ノルウェー産の大麦を使用する立派な理由になるでしょう」
ミケン蒸溜所では、ウイスキーを熟成する貯蔵庫の建築に断熱の技術を使用していない。これはあえて意図的にそうしたのだとラーセンは説明する。
「年間を通じて大きく室温が変動し、気圧の変化もダイナミックです。特に北大西洋低気圧がオーク材の気孔に液体を押し込んで、気圧の緩みによって再び押し出されるような現象を促しています。この地の気候が、樽材とウイスキーの相互作用を高めているんです」
過酷な環境が生み出す強烈なアイデンティティ
フェア・アイルズ蒸溜所のダニアル・ホイダル(共同創設者)は、蒸溜所の立地が持つ独自の利点を活かしている。フェロー諸島ならではの本質的な伝統を捉え、そこから個性の際立ったウイスキーをつくるのに完璧な場所だと信じているのだ。
ドラマチックな景観、厳しい気候、地元産の資源が、ウイスキーの個性を形成する。自然環境とフェロー諸島の文化的アイデンティティが、同時にウイスキーの個性によって語られることになるとホイダルは語る。
「頻繁に嵐が来るような気候は、特別な熟成環境に直結します。そんな熟成の効果が、ここで製造しているウイスキーの核となっています」
ウイスキーを熟成する貯蔵庫は、リマヒャルールと呼ばれる伝統的な小屋だ。ここはもともと食料を乾燥する目的で建てられたものなのだという。この小屋では「ラスト」と呼ばれる独特の乾燥肉などが作られてきた。フェロー諸島の伝統的な食文化において、最も重要な味覚とされる名物食材だ。
「この小屋は、何世紀にもわたってフェロー諸島の食文化と密接に結びついてきました。ありとあらゆる風雨に晒されるような環境なので、ウイスキーもフェロー諸島の風土をしっかりと受け取ることになります」
そして北大西洋の自然美に囲まれたこの地域は、年間を通じて安定した涼しい気温と高い湿度が特徴だ。海風にはたっぷりと塩分が含まれている。
「海の風味がするウイスキーを求める人にとっては、まさに格好の熟成場所ですよ」
エイムヴェルク蒸溜所のエヴァ・マリア・シグルビョルンスドッティル蒸溜所長も、同様の哲学を持っている。アイスランドの環境をそのまま受け入れることが、蒸溜所を真に特別な存在にしてくれる鍵なのだ。この国の独特な気候、荒々しい地形、火山性の土壌が、アイスランドの伝統に深く根ざしたウイスキーづくりを可能にしているのだと語ってくれた。
「地元で調達した材料を使うことは、私たちの理念の中心です。アイスランド産の大麦と水を使うことで、アイスランドの土地と気候に深く根ざしたウイスキーがつくられます。火山性の土壌、澄んだ水、亜寒帯の環境によって形成された独特なテロワールが、他の場所では再現できない独特の風味と特徴をもたらしてくれます。この環境とのつながりはウイスキーの個性を際立たせるだけでなく、アイスランドの豊かな文化と自然の美しさも反映した存在となっているのです」
ペッター・クリステンセン(オーロラ・スピリット蒸溜所CEO兼創設者)は、同志であるヨーロッパ北部の蒸溜所たちに連帯感を表明している。同時に、自信の蒸溜所が世界のウイスキー業界に特別な貢献をしていると信じて疑わない。伝統的にスピリッツ製造とは縁遠いと思われていた北極圏で、その風土から最高の特質を際立たせる新しいスタイルを創り出している。それはウイスキー製造という豊かな織物に独特な糸を加えるような事業だからだ。