1週間だけのウイスキー旅行:北ハイランド編(2) ハ イランドパーク蒸溜所
文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン
蒸溜所の建物に囲まれた中庭。ここに佇んでいると、ハイランドパークの長い歴史が語りかけてくるようだ。建物の煉瓦に彫り込まれた4つの年号が見える。「1798」は、マグナス・ユンソンが蒸溜所を設立した年。ユンソンは肉屋、聖職者、密造酒の売人という横顔を持つ特異な人物だった。最近の製品「ハイランドパーク ダークオリジンズ」は、黎明期に税吏の目を逃れて密造酒をつくりつづけたユンソンへの面白いオマージュだ。他の「1907」「1924」「1962」は、それぞれ新しい建物が増築された年を示している。
ハイランドパーク蒸溜所の名称は、「ハイパーク」 という地名からとっている。カークウォールの市街地よりも高所にある農地(パーク)であることから、地元の人々がそう呼んでいたのだ。現在ではカークウォールが発展して、市街地が蒸溜所の北壁にまで延びてきた。
ハイランドパークの見どころはモルティングだ。今でも自前でフロアモルティングをおこなっている数少ない蒸溜所のひとつなのである。蒸溜所で使用される大麦モルトの20%が、自前のモルティングによるもの。残りはイングランド北部のベリック・アポン・ツイードにあるシンプソンズ社から取り寄せている。現在使用しているモルトの品種はコンチェルト。ほぼすべてのバッチで、自前のピーテッドモルトとシンプソンズ社のノンピーテッドモルトがマッシングの前に混合される。
蒸溜所内のモルティングは、まず大麦を水に浸けて発芽させ、グリーンモルトの状態でモルティングフロアに広げる。モルティングフロアは5面あり、それぞれ35トンほどの大麦が収容可能。発芽状態は完全に手作業で調整される。床に敷いたモルトの厚みを変えたり、窓を開けたり、三本鋤で日夜休まず鋤き返したりしながらモルトを冷まし、温度を10~12°Cに保つのである。この手法は、100年以上前からほとんど変わっていない。
モルティングフロアの上で5~7日を過ごし、モルトはキルンでスモークされる。モルトを厚さ30cmで金網の上に置き、下からピートを燃やした煙で燻すのだ。煙はモルトの中を通って、まだ湿り気のあるモルトに吸収されていく。キルンは蒸溜所に2つあり、新しい方は1907年の建造だが、古い方はいつからあるのか誰も正確にはわからない。
ハイランドパークで使用されるピートは、蒸溜所から約10km離れたホビスタームーアで採掘される。年間の使用量は平均300トンだが、年によって増減はある。これは使用するピートの質がさまざまに異なるためだ。昨年はわずか150トンで済んだが、今年はもっと多くなるだろう。
スモーク時間もピートの品質によって異なる。昨年はバッチ平均で6時間だったが、今年3月中旬は16 時間。ときには24時間かかることもある。スモーク時間は、3週間のテストで決められる。ハイランドパークのピーテッドモルトはフェノール値40〜60ppmのレベルに保たれるので、この値を達成するテストに3週間かかるのである。古いキルンで、蒸溜所のスタッフが教えてくれた。
「最近まで、スモーク時間はずっと16時間だった。でも今は14時間ぐらいかな。煙の大半はいちばん上のピートが燃えたもの。でもすぐに燃え尽きてしまうので、ときどき下の層と混ぜてやるんだ」
ハイランドパークのモルティングを観察しながら、ひしひしと感じるのは自然に対する畏敬の念だ。うまく説明するのは難しいが、一連のモルティング行程には、本当に魔法のような感覚が宿っているのである。
キルンのドアには、大事なことがチョークで記されている。現在のスモーク時間とコーク(炭)の量。そして蒸溜所に巣を作ったツバメの記録だ。「ツバメ出発 2017年9月26日 元気でね!」といった具合。今年は5月5日に帰ってきて、いつものごとく歓喜とともに迎えられた。ツバメは暖かく昼の長い日々の象徴なのだ。
独自のこだわりが現れる発酵と蒸溜
さて次はマッシュタンだ。バッチ1つあたり9.5トンの大麦モルトを使用し、糖化の全行程で6.5時間かかる。その後、ワートは12槽ある木製ウォッシュバックのひとつに移される(材質はシベリアカラマツとオレゴンパインの2種類)。深型のウォッシュバックに、3万L弱のワートと100kgのウイスキー酵母が投入される。発酵時間はかなり短めの60〜65時間。発酵が終わる頃には、アルコール度数約8%のウォッシュができている。
いよいよスチルハウスへと移動しよう。ハイランドパークのスチルは2組。ウォッシュスチルには下向きのラインアーム、スピリッツスチルには上向きのラインアームが取り付けられている。まずはウォッシュバック1槽分を2つに分けて、2基のウォッシュスチルに投入する。1基あたりのウォッシュは約14,000Lだ。スピリットスチルは1基あたり約5,000Lのローワンを蒸溜する。
ニューメイクスピリッツは、アルコール度数およそ70%で取り出される。スチルハウスは、ハイランドパーク蒸溜所で唯一近代的なテクノロジーが採用されている場所。スチルはコンピューター制御なので、スチルマンは画面で無事を確認するだけだ。このコンピューター制御システムを導入した時期は、誰もはっきりと憶えていない。スチルマンに訊いても「そうだなあ、今年で18年くらいかな」といった感じである。
蒸溜所内には、23軒の貯蔵庫がある。ダンネージ式とラック式の併用で、収容されている樽は約43,000本。通常はニューメイクをそのまま加水せずに樽詰めするのだとスタッフが教えてくれた。
「加水して64%まで落としたこともあったけど、うまくいかなかったんだ」
熟成は大半がシェリー樽である。バーボン樽よりも10倍ほど高価なので、コストのかかる方針だ。樽のサイズにはバット、パンチョン、ホグスヘッドがあり、オーク材はスペイン産が中心である。
ハイランドパークは、オーク材に大変なこだわりを持っている。使用する樽材は4年間乾燥させて水分を取り除き、樽組みして2年間オロロソシェリーでシーズニングする。そしてシェリーを樽出ししてから空樽をハイランドパークに送るのである。
蒸溜所ではアメリカンオークも使用されている。オークの種類よりもスピリッツの特性のほうが重要だとお考えの方に、ぜひ注目していただきたいコーナーがある。同じバッチからつくった2種類のウイスキー樽の飲み比べだ。どちらの樽も同じシェリーで同期間のシーズニングを経ているが、樽材だけが違う。ヨーロピアンオークとアメリカンオークの違いが明確にわかるので、オークの種類が味わいに重大な影響を与えることを実感できるだろう。
蒸溜所では特別な樽にもお目にかかれる。「カスクナンバー#6823」は、2005年にアンドリュー王子の訪問を受けて樽詰めされたもの。「カスクナンバー#7347」は、2006年に推理作家のイアン・ランキンが樽詰めした。イアン・ランキンはハイランドパークのファンであり、代表作シリーズの主人公であるジョン・リーバス警部もハイランドパークをこよなく愛しているという設定である。
オークニー原産100%のウイスキーを熟成中
品揃え豊富な蒸溜所ショップでは、さまざまなボトルが試飲可能だ。大半のビジターはここで長い時間を過ごすが、私は蒸溜所長のマリー・スタントンさんに面会を申し込んだ。現在、秘密裏に進行中だという「プロジェクト・タータン」の内容を知りたかったのである。
「タータン」といっても、パッケージのデザインやマーケティングのアイデアではない。これはウイスキーづくりの根幹をなす大麦品種の名前なのだとスタントンさんが説明する。
「約10年前、当時の蒸溜所長だったラッセル・アンダーソンが、オークニーにあるハイランズ&アイランズ大学の農学研究所と一緒に始めたプロジェクトです。『原料からグラスまで』の名のもとに、完全なるオークニー産のウイスキーをつくるのが目的でした」
研究所は2009年にさまざまなモルト品種を試験し、オークニーの気候条件に適した品種「タータン」に白羽の矢を立てた。その後、研究所は地元農家と共同でサプライチェーンを構築し、2010年の収穫分を2011年に蒸溜。記録によると、ハイランドパークでオークニー産の大麦が蒸溜されるのは1942年以来のことだったとスタントンさんが語る。
「農家4軒と研究所から、合計56トンの大麦が蒸溜所に供給されました。マッシュで約7回分なので、大した量ではありません。収穫がうまくいった年には、約18,000Lのスピリッツになります。タータン種は成長が早いため、生育期間がとても短いんです。浸水も発芽も速いので、フロアモルティングでも絶え間なく鋤き返さなければなりません。モルティングは通常なら4日もあれば完了しますよ」
タータンを使用するとあらゆる行程がスピードアップするのは真実のようである。だがもちろん熟成は例外だ。
「タータンのスピリッツ蒸溜しはじめて7年になりますが、まだボトリングできるものはありません。最初の3年は、すべてアメリカンオークのシェリー樽(リフィル樽)に入れました。2014年になって、ヨーロピアンオークのシェリー樽を使用しました。2015年はアメリカンオークとヨーロピアンオークに分け、2016年にはバーボン樽を含むさまざまな樽材を使用しています」
マリー・スタントンさんと一緒に、2種類のサンプルを試飲してみた。ひとつはタータン初年度(2011年)の樽出し原酒。すでに6年も樽熟成を経たわりには、まだニューメイクっぽい味だ。スタントンさんは「ボトリングできるまで、おそらく12~15年かかると予測しています」と語る。
もうひとつの試飲サンプルは、2016年度のニューメイク(未熟成)である。通常のハイランドパークのニューメイクとはまったく異なる性質を持っており、シリアル風味の強さが特徴である。
もっと他にも秘密を教えてほしいとせがんだら、スタントンさんは帰り際にこんな話を披露してくれた。
「あんまり口外しちゃいけないんだけど、ここ18ヶ月は100%ピーテッドモルト(30ppm)のバッチをつくってきました。今年はこれからさらにフェノール値を上げたバッチにもトライしますよ」
この成果をグラスで味わうには、あと何年待てばよいのだろう。果報は寝て待てという心境である。
さて、このシリーズはタイトなスケジュールの旅人を想定している。そろそろハイランドパークを後にしてカークウォールに戻り、ストロムネスへと移動することにしよう。ストロムネスにはかつてウイスキー蒸溜所があったが、1928年に廃業して1940年代には建物も壊されてしまった。
町を散歩して蒸溜所跡地のムードを楽しみたい人は、まずストロムネス博物館まで歩いてみよう。 蒸溜所の場所は、博物館から道をはさんだ向こう側である。ストロムネスの町には魅力的なバーが数軒あり、ノスタルジー漂う古いウイスキー広告が壁に貼られ、棚にはウイスキーボトル(こちらはさほど古くない)が並んでいる。
スコットランド本土へのフェリーに乗るため、ストロムネス港を朝一番に出発したい。朝6:30の船に乗れば、貴重な時間のロスを最小限にできる。前夜にチェックインして船内で寝てもいいし、早起きして港まで歩いてもいいだろう。街のホテルはどこも早朝便を利用したい旅人のニーズを心得ており、テイクアウト用の朝食を持たせてくれる。
出港から1時間半で、スコットランド本土の新しい旅が始まる。さあどこへ向かうかは、次回のお楽しみだ。