オークニーを早朝に出港して、スコットランド本土に上陸する。最初の目的地は、グレートブリテン島最北のウイスキー蒸溜所だ。

文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン

 

ウルフバーン蒸溜所のショップとテイスティングコーナー。すべての機能がコンパクトにまとめられた蒸溜所である。

オークニーからのフェリーは、無事にスコットランド本土へ到着した。目指すウルフバーン蒸溜所は、スクラブスターのフェリー乗り場からタクシーで約5分の場所にある。フェリー乗り場でタクシー乗り場の場所を尋ねてもいいし、自分でタクシーを呼んでもいい。数分後には、目的地へと向かう車中にいるはずだ。

スコットランドのウイスキー蒸溜所は、絵葉書のように美しいイメージがつきものだ。だがそれとは対極の存在がウルフバーンである。工業団地内のごく平凡なビル内にあり、蒸溜所であることをうかがわせる目印は玄関の空樽だけ。その樽には、蒸溜所の名前と「ビジター歓迎」のメッセージが書かれている。同じように質素なビル3軒が、熟成後の行程(ヴァッティングとボトリング)に使用されている。

ウルフバーンは若い蒸溜所である。創設は2012年で、生産開始が2013年初頭。法定の最低熟成期間をクリアした2016年からボトリングをおこなっている。

歴史を紐解くと、ここから350mほどの場所にかつてウルフバーンという名の蒸溜所があったが、1850年代に生産を終了してしまった。ウルフバーンとは採水地である小川の名前であり、現在の蒸溜所も同じ水源を使用している。

ウルフバーンは、わずか4人でウイスキーを生産するコンパクトな蒸溜所だ。メンバーの内訳は、ベテランが2名と2年目の見習いが2名。ベテランの1人である蒸溜所長のシェイン・フレーザーが、ウイスキー業界との馴れ初めを教えてくれた。

「運が良かったんだよ。16歳のとき、実家の近くにあるロイヤルロッホナガー蒸溜所のツアーガイドになった。引退する人がいたらしく、蒸溜所長から誘ってもらってね」

そのロイヤルロッホナガーに14年半勤め、オーバン蒸溜所で2年半働いた。そしてグレンファークラスの蒸溜所長になった。ちょっと待て。グレンファークラスみたいな由緒正しい有名蒸溜所を、いったいなぜ辞めてしまったのだ?

「なぜって、まさしくそれが理由さ。由緒正しい有名なウイスキーより、自分のウイスキーがつくりたかったんだ。グレンファークラスで働き始めた時、グラントさんに『何ひとつ変えちゃいけないぞ』と言われた。だから自分のウイスキーをゼロからつくるチャンスが来たとき、ためらいはなかったね」

シェインは2012年7月末から事前計画に加わった。新しいウイスキーの味わいを決め、自分の足跡を残すチャンスを手にしたのだ。

この蒸溜所は、シェインにとって遊び場同然だ。語り合っていると、充足した日々の様子が伝わってくる。生産スケージュールも、ゆったりとしたものである。

「マッシングは週6回だ。月曜日にはマッシング2回と蒸溜2回、火曜日にはマッシング1回と蒸溜1回。水曜日は休みで、木曜日にはまたマッシング2回と蒸溜2回、金曜日にはマッシング1回と蒸溜1回というスケジュールだよ。水曜日には貯蔵とボトリングの作業があるから、中休みしたほうがいい。週のどこかで故障や不具合が発生したら、水曜日に追いつくこともできるからね」

そしてウルフバーン蒸溜所は、明らかに量よりも質を重視する方針のようである。

「いちばん忙しかった2016年は、純アルコール換算で130,000Lを生産した。今は115,000〜120,000Lというところかな」

1年の大半はマントン社のノンピートモルトを原料に使用しているが、5〜6月の数週間はボートモルト社のピーテッドモルトを使用して、その直後から生産休業期(設備メンテナンス)に入る。ヘビリーピーテッドの原酒はつくらないのかと尋ねると、シェインは首を横に振った。

「フェノール値10ppmのピーテッドモルトを年間60トン使用しているけど、ヘビリーピーテッドは考えていない。フェノール値50ppmの原酒をつくっても、他のウイスキーに似てしまうから。スピリッツの個性がはっきりと輝いているウイスキーをつくりたいんだ」

 

 

1年目(2013年)に樽詰めしたウイスキーや、小型の樽で熟成中の原酒も見える。小規模ながら熟成のバリエーションは豊富だ。

ウルフバーンの1バッチはモルト大麦1,000kgが原料となる。

「マッシングは1トンや1.2トンも試したけど、1.1トンがいちばん効率がよかった」

モルトはアランラドック社製のミル(2×2ロール方式)で挽かれ、ハスク:グリスト:フラワーの比は20:70:10と標準的である。マッシュタンはステンレス製で、銅製の蓋がついている。最初のお湯(4,000L)は65.5°C、2回目のお湯(1,200L)は80°Cで投入される。3回目のお湯は83〜90°Cで投入されて次回バッチの最初のお湯になる。シェインがマッシュタンの制御スクリーンを指さして言った。

「この蒸溜所で、コンピューター制御のスクリーンがあるのはここだけなんだ。他の行程はすべて手作業さ」

ワートは4槽あるウォッシュバック(温度調整機能なし)の1槽を満たして発酵行程に入る。

「ワートが500L入った段階で、酵母を入れ始める。ゆっくりとポンプでマッシュタンからウォッシュバックにワートを送り続け、約5,000Lでいっぱいにするんだ」

この蒸溜所で使用する酵母は、1種類のみだとシェインが明かす。

「シンプルにしておけば、異変があったときに気づきやすいから。ドライタイプのウイスキー酵母を年間数パレット分注文している。2年分をストックしておけるから、ここではちょうどいいんだ」

ウルフバーン蒸溜所の1週間は木曜日に始まるので、発酵時間は92時間または67時間と開きがある。

「スピリッツは一緒にして、樽入れするときの品質は一定に保っている。一貫性が重要だから、毎日まったく同じことを繰り返すんだ」

クリアなワートなので、発酵はかなり活発である。ワートのヘッド(泡)は厚さ1mくらいにもなるらしい。

「でもウォッシュバックが大きいから問題ない。泡切りのスイッチャーだって必要ないよ」

発酵後に到達するアルコール度数について尋ねると、シェインは肩をすぼめてこう答えた。

「調べたことはないね。なるようになるし、僕らに変えることもできないから」

次は蒸溜だ。ウォッシュスチルの容量は5,500Lだが、投入するウォッシュは5,000L。スピリットセーフの前に立っていると、すぐにローワインが滴り落ちてくる。

「ローワインが出てくる瞬間から、空気に甘い香りが漂ってくるのがわかるだろう?」

本当に魅力的なアロマを持ったローワインだ。1回目の蒸溜は約4時間かけて最後の1%まで蒸溜する。そして次は、容量3,800Lのスピリットスチルにローワインを3,000L投入する。2回目の蒸溜もゆっくりだ。最初の10分間のフォアショットを除き、ミドルカットは約2時間(アルコール度数74%から61〜63%まで)とっている。スピリットスチルには還流を促すボイルボールが付いており、ここでも最後の1%まで蒸溜を続ける。

「たくさん還流させるために、最初は上向きのラインアームがほしいと思っていた。でも工場設計の都合でそれが叶わず、ゆっくりと蒸溜することで必要な還流を手に入れているんだ」

ひとつのバッチから、最終的に約600Lのスピリッツができる。アルコール度数は69%だ。

「樽詰めの度数(63.5%)まで加水すると、1週間で約20樽分(アメリカ標準バレル換算)がとれる。でも今週に限っては、スピリッツをレシーバーストレングス(69%)で樽詰めしているんだ。これが8年、9年、10年以上の長期熟成を想定した原酒になる。未来の計画もしっかり見据えているよ」

 

インスタ映えしない最高の魅力

 

生産開始からまだ5年。ウルフバーンの主力製品はこれからの成熟が楽しみだ。

すべてのスピリッツは、蒸溜所内にある3軒のダンネージ式貯蔵庫で熟成される。貯蔵庫をちょっと歩き回るだけで、非常に多彩な種類やサイズの樽が目に入る。バリエーションは、たいていの蒸溜所より豊富だ。最小の樽は容量50~60Lで、バットの8分の1サイズであることからオクターブ樽と呼ばれる。ウッドフォードリザーブのバレルは容量100Lで、通常のバーボンバレルの半分の大きさだ。ラフロイグのクォーターカスクは容量約140Lである。それよりも大きなサイズの樽には、バレル、シェリー用のホグスヘッド、ラム樽、セカンドフィルのシェリーバット、ポートパイプ、ダルモアの大型樽などがある。

第1貯蔵庫は満室状態で、現在800~900本の樽を熟成中。第2貯蔵庫は全体の4分の3ほどが使用中だ。第3貯蔵庫は少し広めの空間で、ボトリング設備やヴァッティング用のタンクもある。ウルフバーンの定番である2種類の銘柄「ノースランド」と「オーロラ」は、年に数回、新しいウイスキーを古いヴァッティングの残りに加えて仕上げられる。つまりシンプルなソレラシステムのような仕組みだ。新しくヴァッティングされた原酒は2週間以上の猶予を経て一部がボトリングされる。

「一番人気はノースランド。使っているのはラフロイグのクォーターカスクで熟成したノンピートのスピリッツだけ。ヴァッティングをしながら気づいたのは、ラフロイグのクォーターカスクが極めて均一な品質をキープしているということ。樽ごとに多少の違いはあるものだが、このクォーターカスクだけは完全に均一なんだ」

シェインは「オーロラ」についても詳しく説明してくれた。

「オーロラの構成はまったく異なっていて、2016年に最初のボトルをリリースしたときからも変更を加えている。現在は75%がファーストフィルのバーボンバレルで、25%がオロロソシェリー樽という構成だよ」

オーロラも、他の主要製品と同様にアルコール度数46%でボトリングされる。着色料やチルフィルターは使用しない。

「2017年からは、『モーヴェン』もラインナップに加わった。ピーテッドモルト(10ppm)のスピリッツを使用して、半分はラフロイグのクォーターカスク、半分はファーストフィルのバーボン樽で熟成している」

近い将来、主要製品に新顔が加わる予定はあるのだろうか。シェインは笑いながら答えた。

「来年あたり、ひょっとしたら何かあるかもね。アルコール度数が55〜60%で、バーボンバレルで熟成したウイスキーとか? まだまだ貯蔵庫には余裕があるから」

ウルフバーン蒸溜所は、若くて小さい。あまりインスタ映えがするとも思えない。だが訪問してみると、チームの情熱は明るく輝いている。そしてこれほどまでに生産現場を間近で見られ、ウイスキーづくりに携わっている人々と直に交流できる場所もない。大規模でインスタ映えする有名蒸溜所では望めない贅沢である。

ウルフバーンは、午前中にたっぷり2時間くらいかけて見学したい。帰りは蒸溜所のスタッフに頼めばタクシーを呼んでくれる。ウルフバーンからタクシーに乗って、まずはサーソーの街の中心部へ行こう。そこから次の目的地であるウィックの町を目指すのである。

ウィックまでのバスや電車は本数が少ないので、事前にネットで調べておこう。ウィックに到着したら、ハーバークエイにある「ウィッカーズ・ワールド」へ。地元の名物料理がたっぷり味わえるランチで有名な店である。

腹ごしらえが済んだら、オールドプルトニー蒸溜所までは徒歩10分だ。素晴らしい見学の詳細は、次回まで乞うご期待。