Runner’s View ― ニッカ 森 弥ブレンダーインタビュー【後半/全2回】
ニッカウヰスキーの中核を担うブレンダーの若きエースとして活躍する森 弥(もり わたる)さん。インタビュー後半では、今後の目標や理想のブレンダー像を伺う。
【←前半】
ウイスキーマガジン・ジャパン(以下WMJ) そのような様々な商品開発をされたうえで、今後はこんなものをつくってみたいという目標はありますか?
森 弥主席ブレンダー(以下森氏) ウイスキーだけではなく、お酒というものは「人と人を結びつける潤滑油」であるということは紛れもない事実だと思っていますので…ではどういう飲み方がそれにふさわしいかというと、ウイスキーはやはり「水割り」だと思います。水割りにしたときに美味しいウイスキー。多少水が多くなったとしても、ウイスキーの味がブレない。飲みやすいけど、しっかりとしたウイスキーの風味が感じられるもの。そうなると、ピュアモルトというよりブレンデッドかなと思うのですが、人と人とを結びつけるような、そんなウイスキーをつくってみたいなと思いますね。
WMJ 水割りでもしっかりしているウイスキー、というのは難しそうですね。単に味が濃い、度数が高いというわけではありませんし。
森氏 竹鶴さんも「グレーンウイスキーを使えるようになって一人前」と仰っていたこともありますので、その意味でも挑戦したいです。つくり手として、お客様が楽しくワイワイと自分のつくったウイスキーを飲んでくださっている、そんなところを見てみたいなぁという気持ちもあります。
WMJ ちなみに、森さんが普段ご自身で飲まれているのは?
森氏 状況によって飲み方は変わってきますが…例えば、家に帰って何か飲もうかなというときには、「スーパーニッカ」ですね。「スーパーニッカ」の水割りがお気に入りです。ハイボールで飲みたいなというときには「ブラックニッカ クリア」。ロックで飲みたいときには「オールモルト」。大体はこの3本柱です。
WMJ では、そのような理想の製品開発を目指すうえで、森さんが目標とするブレンダー像は、どのようなものでしょうか?
森氏 これまでニッカを支えてきて下さった先輩方それぞれのポリシーがあって、今のニッカがありますので、自分もしっかりしたポリシーを持って仕事をしていきたいという気持ちがまずあります。
もしもうひとつあるとすれば…「これだったら」と自信を持ってお勧めできるもの、自分が満足できるものをつくっていきたいなと。それは新商品だけでなく、今ある商品もさらに美味しく…お客様に常に「美味しい」と言っていただける商品を継続してつくり続けていく。そんなブレンダーになりたいなと思っています。
WMJ 「昨日よりも今日、今日よりも明日」というお気持ちでということですね。
森氏 改善と言っても、製品の中に占める割合にしたら1%にも満たないと思います。もしかしたら、お客様はその違いに気づかれないかも知れない。でも、ブレンダーとしてのプライドとお客様本位の信念を、その1%に込めていきたい。常にその努力を続けていきたいですね。
WMJ ブレンダーさんのお仕事としては、今後を見据えての原酒づくり、仕込みも非常に重要と伺いました。
森氏 そうですね、我々だけでなく工場の社員も皆つくり手として進化していきたいと思っていますので、現場とも連携を取って良い原酒をつくっていくことも心がけています。今皆様に高い評価をいただいているのも諸先輩の用意してくれた原酒を使ってつくっているものなので、我々も5年10年、20年先に、ブレンダーが気持ちよく仕事ができるような原酒を残したいと思います。
WMJ では、最後に「ウイスキーマガジン・ジャパン」の読者の方々に向けて、メッセージをお願いします。
森氏 ウイスキーってちょっと取っつきにくいというところもあると思いますが、今はハイボールを機にウイスキーの味そのものが認知されてきたと思っています。ウイスキーはどんな料理にもよく合いますし、割り方で濃さも調整できる。シングルモルトやブレンデッドというカテゴリーにとらわれず、遊び心をもっていろいろな「飲み方」で楽しんでいただければ、また違ったウイスキーの面白さに出会えると思います。ぜひいろいろ試していただきたいです。
WMJ これから増々のご活躍、期待しています。本日はありがとうございました。
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ブレンダーというウイスキーづくりの花形のようなポジションも、無限の組み合わせの中からベストを探り出す、数えきれないほどのトライ&エラーの繰り返しという地道な努力で成り立っている。
終始真摯に、ひとつひとつ言葉を選びながらお話しして下さった森さん。プライベートでは、マラソンが趣味で、日々走り込みを欠かさないそうだ。強靭な忍耐力が必要とされ、細やかな品質管理と開発を継続するブレンダーというお仕事にぴったりのお人柄も伺うことができた。
最後に、森さんは「ブレンダー同士の言葉が重なり合わなければ、表現の一致をみるまで官能評価を何度もやり直す」とも語ってくれた。嗅覚は個人差のある能力だが、だからこそブレンディングはチームプレイ。そしてブレンダー室だけでなく、蒸溜所で働く人、ウイスキーづくりにかかわる人全ての想いも「調和」させ、まとめ上げていく。向き合っているのは、テイスティンググラスの中味だけではないのだ。
ブレンディングはマラソンのような孤独な戦いに見えて、実はタテにもヨコにも繋がっている駅伝のようなものだ。コースは何十年というとても長いスパンで、分岐点も多々あるだろう。
しかしそのブレンダーというタスキを、原酒とともに、創業者 竹鶴政孝氏の信念とともに受け継ぎながら、息の合ったチームでひとつひとつのゴールに向かっていく。ニッカのそのブレない姿、強く美しい在り方は常にウイスキーに反映している。きっとこれからも、私たちを魅了してやまないはずだ。
全力で走る人にしか見えない景色は、確かにある。
ひとつのゴールに到達したらまた次のスタート地点が待っている、そんな過酷なレースでも、森さんは足を止めることはないだろう。その道のりの先に、ニッカのウイスキーを楽しむ人々の笑顔を、はっきりと思い描きながら。