エディンバラのポート・オブ・リース蒸溜所を訪ねる2回シリーズ。蒸溜所建築からスピリッツ製造まで、スコッチの常識を変える試みが満載だ。

文:ベサニー・ブラウン

 

ウイスキー蒸溜所の創業物語には、情熱という言葉が付き物だ。エディンバラで開業したポート・オブ・リース蒸溜所も、その典型と言っていいだろう。

創設者のイアン・スターリングとパディ・フレッチャーは、共にエディンバラ育ちの幼なじみだ。だがずっと故郷にいた訳でもなく、別々に20代をロンドンで過ごした。フレッチャーは金融業界で、スターリングはワイン業界。それでもいつしかスコッチウイスキーへの情熱が高じて、年を経るごとにウイスキーづくりを意識するようになっていたのだとスターリングが振り返る。

ポート・オブ・リース蒸溜所を創設したイアン・スターリング(左)とパディ・フレッチャー(右)。幼なじみの2人が、スコッチウイスキーづくりへの情熱を故郷エディンバラで開花させた。

「ウイスキーへの関心は深まるばかりでした。ボトルを1本買って家で一緒に飲んだり、テイスティングのイベントに出かけたり。ついには裏庭でウイスキーづくりの実験を始めました。隣人にビールの密造を疑われたので、詮索されないように目的はウイスキーなのだと白状しました」

ウイスキーづくりの夢に突き動かされた2人は、2014年にリースでマックル・ブリッグ社を設立。スピリッツの製造と輸入を本格的に始めた。子会社のリース・エクスポート社がポート・オブ・リース蒸溜所を運営し、さまざまなワイン(シェリー、ポート、シャンパンなど)を輸入してボトリングする。

同社はまずリンド&ライム蒸溜所を設立し、ジン製造で大成功を収めた。このジン蒸溜所は、2022年に蒸溜所とジン製造の学校を兼ねた専用施設へと移転されているとスターリングが語る。

「もともとジンに手を出すつもりはありませんでした。もう世の中にはたくさんのジンがあふれているし、寄り道なしでウイスキーだけに集中しようとい考えていたんです。でもウイスキーができるまでにかかる時間が想定よりも長く、やはりすぐに何かを始めなければと思い直しました」

スターリングとフレッチャーは、当初から蒸溜所の建設地をリースにしようと決めていた。かつてはエディンバラの商業地区として栄え、17〜19世紀にワインやウイスキーの輸送拠点となった港町である。だが20世紀半ばに歴史的建造物の多くが取り壊され、町は味気のないブルータリズムのコンクリート建築で埋め尽くされていた。

やがてリースは、アーヴィン・ウェルシュの小説『トレインスポッティング』(1993年)の舞台として知られるようになった。ヘロイン中毒の若者を題材にした物語で、ダニー・ボイル監督の映画をご存じの方も多いだろう。そんなこともあって、フレッチャーはリースの90年代を「トレインスポッティング時代」と呼んでいる。

 

さまざまな障壁を乗り越えて蒸溜所を建設

 

治安悪化の時期を乗り越え、近年のリースは復活を遂げてきた。商業地にはさまざまな企業が集まり、居住者も増えて新しいタイプの観光客も集めるようになった。かつての工業地帯から、芸術の町への変貌。タイムアウト誌が2021年に実施した調査で、最もトレンディな地区の世界トップ5に入っているほどだ。現在のリースについて、フレッチャーは語る。

上空の旅客機からも視認できるアイコニックな蒸溜所建築。敷地の狭さを逆手に取り、すべての設備を縦に積み上げた。

「かつての時代よりも、クールでヒップなエリアになりました。ロンドンのショーディッチのように、美味しいレストランが集まる独特な地域文化でも知られています。この町の中心地でウイスキーづくりを復活させるというのが、私たちにとって本当に重要な目標だったんです」

理想の開業地を求めて、スターリングとフレッチャーはリースの不動産をくまなく探した。かなりの時間を費やして建築用地と建築家を見つけたが、資金提供を見込んでいた大口投資家がプロジェクトから撤退。新たな出資者を確保した頃には、もう土地が確保できなくなっていた。

構想から2年後の2015年に、計画はあえなく振り出しに戻る。そこから現在の所在地と出会うまで、さらに2年の歳月を過ごした。ようやく見つかった運命の場所は、新しいオーシャンターミナルのショッピングセンターに隣接している。運河に面した小さな区画だ。

この地でウイスキーづくりを始めるため、2人は蒸溜所の施設を設計し、建築許可を申請し、請負業者への発注を済ませた。集まった初期投資の資金でジンの蒸溜所を設立し、追加の資金を調達する日々が続く。ひたすら運営資金を稼ぐための事業で、情熱だけが頼りの自転車操業だ。

だがここで、タイミング悪く新型コロナウイルスが大流行。蒸溜所建設の着工が遅れた。建設資材が届かなくなり、スタッフの確保も難航して、現場への立ち入りも制限された。何とかプロジェクトを存続させたのは、純粋な意思の力だったという。

ポート・オブ・リース蒸溜所の建築は、極めて野心的な設計だ。そもそも蒸溜所の敷地は控えめに言ってもコンパクトである。通常の蒸溜所なら余分な敷地に設備を広げていくものだが、ポート・オブ・リース蒸溜所にはそんな余裕がない。

ビルの最上部にある中2階付きのバー。ウイスキーだけでなく、樽熟成のために輸入するシェリーやポートなどのドリンクも楽しめる。

どう考えても、蒸溜所は設備を垂直に積み上げていくしかなかった。そうやってできたのが、8階半のフロアからなるタワーのごとき縦長の蒸溜所である。

建物の1階から4階までに、すべての生産設備が収められている。残りの5階から8.5階まではバー、テイスティング・ルーム、ショップなどのビジター向け施設が集約されている。ちょっと半端な0.5階は、バーに併設された中2階のフロアだ。

フォース湾のほとりに建つ蒸溜所の姿は印象的である。飛行機でエディンバラ空港に降り立つ時は、着陸直前に上空からも目に入る。そして1階から最上階のバーまで、建物内部からの眺めも絶景だ。スターリングが笑いながら語る。

「パディも私も、最初からこんな縦型の蒸溜所にしようとは思っていませんでした。あまりにクレイジーな発想だし、誰にもおすすめできません。でも敷地が狭かったので、空間を確保するには上に伸びるしかない。設計するうち、こんな驚くべき建築物になったんです」
(つづく)