モルトから酵母まで、エディンバラのビール醸造の伝統をヒントにしたウイスキーづくり。古都の伝統と革新が同居するホーリールードは、特定のハウススタイルを目指さない。

文:ジェイソン・トムソン

 

ホーリールード蒸溜所を訪れると、まさにリアルなエディンバラの伝統に触発される体験が待っている。ホーリールードのニューメークスピリッツを使ったカクテルを飲みながら、蒸溜所見学のツアーが始まる。まずはガイドがエディンバラの長い歴史を紹介し、比類のないビール生産地としての地位についても説明してくれる。

そして蒸溜所の特徴といえば、過去と未来を同時に想起させるコントラストだ。インテリアのスタイルは現代的だが、石造りの鉄道建築が醸し出す歴史の重みも隠されてはいない。蒸溜所が実際よりも古く感じられるのはそのためだ。新旧の美意識が絡み合うことで、時間を超越した没入感が体験できる。

ホーリールードの魅力は、いつも元気に働くスタッフたち。左からローレン・リヨン(発送物流アシスタント)、カラム・レイ(蒸溜所長), エルシー・シナモンド(ブランドホームホスト兼ドリンクストラテジスト)、ルイス・ケント(貯蔵庫管理部長)。メイン写真は初めて発売されたシングルモルトウイスキー商品「アライバル」。

蒸溜所のあちこちでは、ホーリールード蒸溜所のスタッフたちが忙しそうに動き回っている。そして写真が壁や梁など建物のあちこちに、スタッフたちのポラロイド写真が飾られている。仕事中の写真もあれば、みんなでパーティに興じている写真もある。デブスが笑顔で説明する。

「ちょっと陳腐な表現ですが、まるで家族のような職場です。まあ、機能不全家族と言ったほうが正確しいかもしれません。チームのみんなが熱意にあふれていて、貪欲にさまざまな学びを深めています。自己実現の意欲だけに導かれているわけでもなく、とてもいい職場文化ができていると思います」

ホーリールード蒸溜所長のカラム・レイが、チームの面々について説明してくれた。伝統的な醸造学や蒸溜技術を学んできた者もいるが、それだけではない。他の蒸溜所で働きながら技術を学んだ者もいれば、下働きから仕事をおぼえようと入社してきた若手もいる。

「庭師の腕を磨いた人や、テコンドーの指導者がいます。バーテンダー、中世史を学んでいる学生、それに化学者のたまごもいます。ホーリールードは、完全に独自のアプローチでスピリッツをつくっているんです」

カラム・レイがよく意見交換をする相手は、設立者のデビッド・ロバートソン。マッカランでマスターディスティラーを務めたウイスキーのプロだ。ホーリールード蒸溜所の方針について、カラムとデビッドは最初から他とは違う独自路線を模索してきた。

カラムは2021年にシニアディスティラーとして入社し、まもなく製造部門の全責任を任された。ホーリールードで推し進めてきたのは、さまざまな製造レシピの実験である。昨年はチームで99種類のレシピを作ったという。この数は徐々に減っていくかもしれないが、実験への意欲や新しいことへのチャレンジ精神はまだまだ続くだろう。カラムは力強く言う。

「我々は決して立ち止まるつもりはありませんよ」

酵母だけを見ても、実に多彩なタイプ(シェリー酵母、テキーラ酵母、シャンパン酵母)が使用されてきた。すべての実験が一定の成功を収めているという。原料の大麦もさまざまな種類を試している。このように実験的なアプローチは、やはり都会の中にある蒸溜所らしい。

またホーリールード蒸溜所は住宅地にあるため、営業日は月曜から金曜の平日のみ。営業時間も午前8時〜午後8時と厳密に決まっている。このような制約も、ホーリールードの実験精神を後押ししているのだろう。

 

試行錯誤から生まれる独自のスタイル

 

ホーリールード蒸溜所のポットスチルは、ネックが細長くて高さもある。そのため、一見すると極めて軽やかな酒質を目指しているのではないかと思われがちだ。しかしこの点について、カラムは必ずしもそうではないと説明する。

「軽やかな酒質を目指す場合もありますが、常にそうではありません。製造が忙しい日でも、チームはスチルをずっと高温に保ち、ノルマ以外の実験をこなすためにフル稼働させます。スチルの特性を活かすだけでなく、時にはスチルの性質に逆らって、ややオイリーな酒質や力強い香味のスピリットも引き出しているんです」

ホーリールード蒸溜所の発酵工程は、エディンバラのビール醸造からさまざまなヒントを得ている。香味豊かなビール酵母をはじめ、酵母に変更を加えた原酒のバリエーションも多い。

カラムはホーリールード蒸溜所の自由な気風が気に入っている。実験を奨励してくれる創設者たちにも感謝しているようだ。この実験精神がホーリールードの基本理念であることは確かだが、核となる方針がまったくない訳でもないとカラムは言う。

「自分たちの実験は厳密に記録して、その後の効果についても追跡します。巨大なデータバンクを構築して、今後の活動に役立てています」

ホーリールードは、初めてのシングルモルトウイスキー「アライバル」をリリースして大きな一歩を踏み出したばかりだ。このアライバルは、やや保守的なプロフィールのウイスキーであるという。カラムが詳細を説明してくれた。

「今回の『アライバル』は、ここホーリールードでつくられた最も初期のウイスキーです。大麦も酵母も古典的な品種で、現在のホーリールードから見てれば冒険精神に乏しいアプローチともいえるでしょう。でもその代わりに、最初のリリースから熟成方法で個性を追求しようと決めていました」

スピリッツはまずファーストフィルのバーボン樽に詰められ、その後にペドロヒメネス樽、オロロソ樽、数種類のラムバリックという熟成樽に移されて後熟した。後熟が済んだ原酒は再びマリアージュでひとつに戻され、アルコール度数46.1%でボトリングされている。

最初のシングルモルトを発表したばかりのホーリールード蒸溜所には、当然ながら少し浮足立ったような興奮も感じられる。カラムは今後の戦略についても教えてくれた。

「今回の『アライバル』がホーリールードにとってひとつの指標となりますが、蒸溜所では常に実験的な試みを続けています。他の蒸溜所と同じことをやっていても、本当に味わい深いウイスキーをつくることができる。最初の商品から、そんな証明はできたと思っています」

観光地エディンバラの蒸溜所として、ホーリールードは消費者の動向にも敏感だ。しかし大衆に迎合したウイスキーをつくる訳ではないと共同設立者のロブ・カーペンターは語る。

「私たちはハウススタイルを持っていません。これから意図的にハウススタイルを確立させる予定もありません」

ホーリールードが、これからどんなウイスキーを世に送り出してくれるのかはまだわからない。しかしそのすべてに、間違いなく実験精神が注ぎ込まれている。前例踏襲とは無縁のウイスキーづくりで、古都エディンバラからスコッチウイスキーの世界に新風を吹かせてくれることだろう。