世界に2つとない蒸溜所建築から、実験精神にあふれたウイスキーが生み出される。スコットランドの古都で、ポート・オブ・リース蒸溜所は新しいスコッチの伝統を切り拓いている。

文:ベサニー・ブラウン

 

ポート・オブ・リース蒸溜所の建築は、自画自賛に値する素晴らしい設計だ。印象的なシルエットだけでなく、最先端の構造工学を駆使した傑作建築でもある。中心にある鉄骨構造は複雑で、重厚な製造設備が収められたフロアを土台から支えている。

スピリッツの生産設備は、4階から1階に向かって縦方向に積み重なっている。大麦モルトはまず4階に搬入されて粉砕機に送られる(すべてのモルト原料は蒸溜所内で粉砕)。モルトとお湯が投入される発酵槽は、容量1.5トンのセミラウター式マッシュタンだ。

糖化工程を済ませた麦汁は発酵槽に送られる。容量7,500リットルのステンレス製が7槽あり、現在使用されているのは6槽のみ。この発酵槽は、3階と2階の間に吊り下げられている。ボルトで固定された4つの支持ブラケットに吊るされ、各容器が本当に鉄骨構造からぶら下がっているのだ。

設備を縦に積み上げた蒸溜所建築で、ウイスキーづくりの工程は上から下へと降りてくる。照明などさまざまな機能が鉄筋構造から吊るされている。

スペイサイド・コッパーワークス社が製造した2基のポットスチルは1階に備え付けられている。窓から見下ろす湾の風景は素晴らしい。眺望のいい蒸溜室ランキングがあったら、スコットランドでも上位に入賞できるだろう。蒸溜所の生産能力は、毎年約40万リッターある。だがフル稼働できるまでにはまだ時間がかかりそうだ。

新しいウイスキー蒸溜所にまつわる定番の質問といえば、製造方法の詳細とスピリッツの特性について。ポート・オブ・リース蒸溜所は、この点に関してもユニークだ。共同創業者のパディ・フレッチャーは、ニューメイクスピリッツに含まれる独特なトロピカルフルーツの香りを大切にしたいと発言している。だが創業者の2人とも、スピリッツがどのような香味になるのかよくわからないと言う。

ポート・オブ・リース蒸溜所らしいハウススタイルを見出したいが、その道筋や時期についてもわからない。もう一人の共同創設者であるイアン・スターリングが説明する。

「ウイスキーの魅力といえば、香味の複雑さです。ロンドンのバー『ミルロイズ・オブ・ソーホー』でテイスティングを体験したときから、その点については確信していました。ポート・オブ・リースにも、さまざまな香味を生み出す工夫があります。複雑な因果関係から出来上がるウイスキーは、最終目的地がひとつに限定できません。そうやって自分自身にも言い聞かせてきました」

不変のスタイルを謳うシングルモルトウイスキーは目指さない。その代わり、ポート・オブ・リース蒸溜所ではワイン造りにならったヴィンテージのアプローチを採用する予定だ。例えば大麦の品種、酵母、樽の種類などに変更を加え、その年ごとの個性を表現したウイスキーであるとスターリングは言う。

「かといって年ごとにウイスキーの特性が大きく変わる訳でもなく、例えばピーテッドモルトを使用したウイスキーはつくりません。それぞれのヴィンテージを比べれば、考え抜かれた美しい進化が見えるはず。このような変化を楽しめるヴィンテージのアプローチに大きな魅力を感じています」

自宅の庭でウイスキーを楽しんでいた頃から、蒸溜所を建設するまでの10年間には信じられないほど学びの機会にあふれていた。そんな2人が大切にしているのは、正解探しよりも問い続ける姿勢なのだとスターリングは言う。

「どのようにしてウイスキーの品質を高められるのか。まだ誰も試していない手法はあるのか。そのような問いのすべてに答えを持っている訳ではありません。それでも考えられるすべての問いを立てていくのが当面の目標です」

 

実験を重ねて個性を見出す

 

これまでの問いと実験は、酵母と発酵の分野が中心だった。微生物の細かな影響は、新しいウイスキーづくりの先端分野でもある。スターリングとフレッチャーは酵母研究の成果をヘリオットワット大学に発表して大好評を博し、同校と知見を共有するパートナーシップを結んだ。政府からの資金援助も受け、3年間の研究プログラムを進めている。

全フロアの窓から運河が見渡せるウォーターフロントの生産拠点。蒸溜室(1階)からの眺めも格別だ。

さらに詳細な酵母の試験を始めるため、研究者のビクトリア・ミュア=テイラーがチームに加わった。ミュア=テイラーは、全24種類の酵母株で試験を繰り返した。その内訳はビール、ワイン、日本酒、ラム酒の製造に使用されたことのある酵母で、ウイスキー製造に実績のある酵母は含まれていないのだとスターリングが説明する。

「酵母を変えるだけで、やはり驚くほど多様な風味が生み出されました。最終的には24種類の酵母から生産に使用する3つの酵母を選びました」

そのうち2つの酵母が、蒸溜所の初リリース商品『ベータ1』と『ベータ2』に使われた。内訳は、ノルウェー産のエール酵母とベルギー産のエール酵母だ。商品はどちらも樽熟成前のニューメイクスピリッツで、登録会員だけに配られた。

もうひとつの重要な要素といえば、原料の産地とサステナビリティである。ポート・オブ・リース蒸溜所は、エディンバラ近郊のアッパー・ボルトン農場から大麦を調達しており、クリスプモルト社のアロア工場で製麦している。農場から製麦工場を経て蒸溜所までに至る道のりは、距離にして約145kmだ。

このような単一の農場と取引することで、ポート・オブ・リース蒸溜所は農場チームと協力しながら他の作物も試験的に栽培できる。アッパー・ボルトン農場は、ウイスキー業界の主力品種であるローレイト種大麦をすでに栽培していた。ポート・オブ・リース蒸溜所も最初からローレイト種でスピリッツをつくっているが、他の品種をローテーションに加えることも可能だ。

軽やかで繊細な酒質ながら、風味豊かなウイスキーがポート・オブ・リース蒸溜所の目標だ。そのため熟成にはセカンドフィルとサードフィルのバーボン樽がまとまった量で使用されている。シェリーなどのワイン樽も使用されるが、これはリースの伝統にかなった判断である。特に18世紀から19世紀にかけて、リース港はヨーロッパ産のワインを輸入する主要な窓口でもあった。

ポート・オブ・リース蒸溜所は、ボデガス・バロン社(シェリー)およびマーサズ・エステート社(ポート)と提携している。両社のワインを樽ごと輸入して、ポート・オブ・リース蒸溜所のラベルでボトリング販売もする。スターリングは、シェリー樽熟成の香味を最大限に引き出した「完全無欠のシェリー爆弾」をリリースする計画だ。その名称は「ギルティ・プレジャー」(後ろめたい喜び)になるだろうと予告までしている。

都市空間で生まれたウイスキー蒸溜所らしく、ブランディングはあくまでスタイリッシュだ。トレインスポッティングで知られるやさぐれたリースの下町も、現在は芸術の町として生まれ変わっている。

ポート・オブ・リース蒸溜所の製造責任者は、ヴァイバフ・スードだ。インドで化学技術者として経験を積み、スコットランドに渡ってヘリオットワット大学の醸造・蒸溜学科で修士号を修めた。ビール業界で短期間働いた後、イギリスのザ・レイクス蒸溜所に就職。マッカラン出身のダヴァル・ガンディー(ウイスキーメーカー)の下で働いた。スードの力量について、フレッチャーが語る。

「スードはウイスキーの品質向上に対して本当に熱心です。嗅覚がとても鋭敏で、微細な香味を伝える表現力もあります。好奇心が旺盛で、独断に支配されないタイプなので、私たちの探求と旅を楽しんでいるのでしょう。専門知識や知性も必要ですが、何よりも大切なのは好奇心やオープンマインドですから」

ウイスキー製造チームのリーダーとして、スードは副官の蒸溜技師ユアン・ダグラスを含む8人のオペレーターを監督する。包括的な製造チームのリーダーは、業務部長のアンディ・コルマンだ。コルマンはリンド&ライムのジン製造チームも監督する。

各人の役割は明確だが、決して堅苦しい上下関係はない。スターリングとフレッチャーは、ポート・オブ・リース蒸溜所でのエゴイズムを許さない。誰か一個人のためのビジネスではなく、創業者でさえ偉くないことをいつもチームに伝えているのだとスターリングは言う。

「黎明期の今は、蒸溜所を創業した2人が話題になります。でも時間が経つにつれて、チーム全体が注目されるようになるでしょう。とても才能に恵まれたチームを結成できました。私たちが生産しているウイスキーは、あらゆる細かな努力の総和。そのオーケストラを指揮するのが、ヴァイバフ・スードの役割です」

ポート・オブ・リース蒸溜所の旅は続く。目的地が見えなくても、チームで切り拓く旅路の過程こそが重要。それがスターリングとフレッチャーの哲学なのだ。