スコッチライウイスキーの復活【後半/全2回】
文:ガヴィン・スミス
今年、ブルックラディに続いて発売されたスコッチライウイスキーは、ファイフ州グレンロセスにあるインチデアニー蒸溜所の「ライロー」である。
2015年に設立されたインチデアニー蒸溜所は、従来型のラウター式マッシュタンではなく、自前のハンマーミル(ハンマー式粉砕機)、マッシュ変換容器、マッシュフィルターを装備している。この特殊な糖化用装置によって、大麦モルト以外の穀物を使用する場合もハンマーミルが非常に細かいグリストを生成できる。その結果、糖化がとても容易になるのだ。
インチデアニー蒸溜所では、これまでに大麦モルトだけでなく、小麦、オーツ麦、ライ麦を原料としたスピリッツが蒸溜されている。蒸溜所の創設者兼社長を務めるイアン・パーマーは、ライ麦を使ったインチデアニーの挑戦を次のように振り返る。
「アメリカのライウイスキーには、ライ麦の含有量を51%以上使用するという決まりがあります。でもスコッチウイスキー業界にそんな定義はない。だからまずはライ麦と大麦の比率を決めることから始めました。最終的に、ライ麦と大麦の比率は53:47に落ち着いています。またアメリカではオーク新樽で熟成する決まりがあるので、私たちもそれに倣って同じようにしました」
スコットランドのライ麦は、そのほとんどが家畜の飼料やバイオガスの原料として栽培されている。インチデアニー蒸溜所のチームは、インヴァネスの北にあるブラックアイルからライ麦を調達し、2017年に蒸溜までこぎ着けた。
このときのスピリッツが、2023年4月に発売された「ライロー」のファーストバッチとなったのである。その後、蒸溜所はファイフ州の農家と5年間の買い取り契約を結んで、蒸溜所がある郡内でライ麦を栽培できるようになった。
あくまでスコッチらしいライウイスキー
ケリーは現在の状況を次のように説明する。
インチデアニー蒸溜所で、ライウイスキーが生産されるのは毎年2週間のみ。それでも最初の蒸溜で素晴らしい品質のニューメイクが得られたため、ライウイスキーづくりは毎年恒例の行事になった。
「ライロー」の原酒は、ライ麦専用の酵母で発酵する。そのため収量は少ないものの豊かな風味のもろみが得られ、それをローモンドスチルで蒸溜する。このローモンドスチルは、ポットスチルの釜の上部に6枚プレートのコラムスチルを取り付けたような形状だ。スコット・スネドン蒸溜所長が、蒸溜時の作用について次のように語っている。
「蒸溜器の上部まで上がってくるのは、スピリッツ内の軽い香味成分だけ。つまり私たちが求めるスタイルのライスピリッツを実現するのに適しているんです」
イアン・パーマーも、このようなライスピリッツづくりを採用した理由について説明する。
「ライ麦らしい力強さを表現したいのではなく、より複雑な味わいを目指しているんです。私たちはアメリカンライをつくろうとしている訳でありませんから。大麦モルトとライ麦を使用し、澄んだ麦汁から単式蒸溜でスピリッツを仕上げる。そんなスコットランドのルーツに忠実なウイスキーをつくりたかったのです。私たちのライウイスキーは、アメリカのライウイスキーよりも口当たりがやわらかく、飲みやすくて、風味の幅も広がっています」
アバディーンシャーのバンコリーにあるバーンオベニー蒸溜所も、ライウイスキーを蒸溜しているメーカーのひとつだ。またスコティッシュ・ボーダーズのツイードバンクにあるライバーズ蒸溜所では、ライウイスキーを最重要の生産品として位置づけている。
スコッチウイスキー業界最大の企業であるディアジオも、マッシュビルにライ麦を60%も使用した「ジョニーウォーカー ハイライブレンド」を発表した。また同じく大手のシーバス・ブラザーズは、アメリカ産のライウイスキー樽で仕上げられた原酒で「シーバスリーガル エクストラ13」を発売した。
さらにウィリアム・グラント&サンズは、2019年の「キニンヴィ・ワークス・シリーズ」の一環として、同社傘下のキニンヴィ蒸溜所からマッシュビルに相当量のライ麦を使用した実験的なシングルグレーンスコッチウイスキーをリリースした。
ホーウィックにあるボーダーズ蒸溜所からも、ライ麦を原料にした魅力的なブレンデッドスコッチウイスキーが発売されている。「モルト&ライ」と名付けられたこの商品では、ボーダーズ蒸溜所が2019年に蒸溜した原酒を使用。ライウイスキーとシングルモルトウイスキーを組み合わせ、ファーストフィルのバーボンカスクで熟成した後にブレンドされたものだ。ライ原酒63.8%に、モルト原酒36.2%という比率である。
スコッチライウイスキーの新時代は始まったばかりだ。スコッチの伝統を踏まえながら、さらに香味の幅を広げようと各社が知恵を絞っている。ウイスキー愛飲家は、今後もさまざまなスタイルの新しいウイスキーを体験できることになるだろう。