モルトウイスキーの本場スコットランドでも、意外なほど近年までライウイスキーがつくられていた。挑戦者たちによる「スコッチライ」の復活を追った2回シリーズ。

文:ガヴィン・スミス

 

ウイスキーの知識が豊富な人ほど、「スコッチライウイスキー」という言葉は新鮮に響くはずだ。今世紀になって初めてのスコッチライウイスキーが、アンガス州にあるアービキー蒸溜所から発売されたのは2018年のこと。それ以来、ウイスキーファンはさらに新しいスコッチライウイスキーの登場を待ち焦がれるようになっている。

あれから5年の月日が経ち、今年になってブルックラディとインチデアニーからほぼ同時に2つのスコッチライウイスキーが発売された。この流れは、おそらく一過性のものではない。

ここで便宜的に定義される「スコッチライウイスキー」というカテゴリーは、公式に認められたものではない。スコッチウイスキー協会の規則に従えば、これまでに登場したスコッチライはみな「シングルグレーンスコッチウイスキー」というカテゴリーに属し、ラベルにもそのように表記することが義務付けられている。

アンガス州のアービキー蒸溜所は、スコッチの未来を切り開く改革精神に溢れている。メイン写真は、創業者であるジョン・スターリング、イアン・スターリング、デービッド・スターリングの3兄弟。

新しいムーブメントのようにも感じられるスコッチライウイスキーだが、実は20世紀初頭まで実際に生産されていた歴史がある。

アルフレッド・バーナードの名著『英国のウイスキー蒸溜所』(1887年刊)には、グラスゴーのディスティラーズ・カンパニー社(DCL)所有のポートダンダス蒸溜所が、1880年代にライ麦を使用したウイスキーを大量生産していたと記されている。原料に使用されたライ麦は、製麦したもの(ライ麦モルト)と未製麦のものがあったようだ。

また1908~1909年にかけて「スコッチウイスキー」の定義の確立に向けた王立委員会が開催されたとき、DCL以外の蒸溜所のでもライ麦原料のスピリッツが蒸溜されていた事実を示す記録が提出されている。

スコットランドにおける農業史の観点から見れば、ライウイスキーの生産はある意味で自然な現象だった。ウイスキーの原料として十分な品質の大麦モルトが生産できない地域では、比較的栄養に乏しい農地でもよく育つライ麦が重宝されてきた。スコットランドの多くの農家にとって、ライ麦はとにかく魅力的な穀物だったのだ。

しかし20世紀に入って以降のライウイスキーは、米国と同様に英国でも人気を失っていった。それがここ数十年の間に復活を見せている。カクテル文化が再び隆盛したことをきっかけに北米でライウイスキーの人気が高まり、スコットランドでも面白いチャレンジのひとつとして検討されるようになってきたのだ。

アービキー蒸溜所は、家族で農場を経営しながらスピリッツの蒸溜事業も営んでいる。ウイスキーづくりに使用するすべての原料は、自社内で栽培されたものだ。アービキー蒸溜所を運営するスターリング3兄弟は、サステナブルで合理的な農法の推進に情熱を傾けている。共同設立者の一人であるジョン・スターリングが、ライ麦について次のように語ってくれた。

「ライ麦は素晴らしい作物で、私たちがサステナブルな農法を採用していくのに役立っています。大麦や小麦の藁よりも、ライ麦の藁のほうが土壌を肥やしてくれるんです。私たちのライウイスキーはあくまでスコッチウイスキーとしてつくっているので、アメリカやカナダのライウイスキーとはまったく違う味わいに仕上がります」

すでに発売された「アービキー ハイランド ライ 1794」のマッシュビルは、ライ麦、大麦、小麦の組み合わせで構成されている。これまでのリリースでは、まずチャーを施したアメリカンオークの新樽で熟成され、アルマニャック樽とジャマイカのラム樽による後熟が1バッチずつ施されている。
 

アイラ島のこだわりを表現したライウイスキー

 
モルトウイスキーの聖地と呼ばれるアイラ島からも、ブルックラディが「プロジェクトシリーズ」の一環として初めてのライウイスキーを発売した。「リジェネレーション・プロジェクト」と名付けられたこの商品は、アイラ島で初めてのシングルグレーンスコッチウイスキーでもある。熟成期間は6年で、ファーストフィルのバーボン樽で熟成した原酒とファーストフィルのアメリカンオーク新樽で熟成した原酒をブレンドしている。

ブルックラディ生産部長のアラン・ローガンと提携農家のアンドリュー・ジョーンズ。モルトの聖地アイラ島でライウイスキーをつくることが、農地管理の面でもメリットがあるとわかった。

このウイスキーの原料として使用されたライ麦は、ブルックラディ近郊のクウル農場で栽培されたもの。実際に栽培した提携農家のアンドリュー・ジョーンズは、アイラ島でのライ麦栽培について次のように指摘している。

「輪作のしやすさで考えても、ライ麦は除草剤も殺菌剤も不要なのが助かります。大麦の栽培で起こりがちな問題を、すべて解決してくれるような心強さです。またライ麦は根が深いので、農地全体の水はけが良くなります。ライ麦の収穫後に栽培した大麦が、いつもこの農場で最高品質の大麦になっていることに気づいたんです。最初は偶然そうなっただけだと思ったのですが、毎回そうだからライ麦の恩恵だとわかりました。ライ麦の栽培が、土壌に何らかの効果をもたらしているのは間違いありません」

今回のリリースに使用されたクウル農場のライ麦は、2017年に収穫されたものである。ブルックラディのチームは、未製麦のままで使用することに決めた。マッシュビルはライ麦と大麦が55︰45という比率。従来型のモルト用マッシュタンでは、粘土の高いライ麦がうまく糖化できないこともよく知られているため、マッシュのサイズは通常の7トンから4.5トンに縮小して糖化時間を長くとった。

ライ麦の糖化は、排滓段階でお粥のように粘つく傾向があり、時にはマッシュタンに固着して除去に30時間もかかることがある。また発酵中に激しく発泡するライ麦品種もあるため、そうならない品種をあらかじめ指定しておかなければならない。

ブルックラディの生産部長を務めるアラン・ローガンは、ライウイスキーづくりの挑戦について次のように説明した。

「ライ麦の蒸溜は、非常に難しい面もありました。でも嬉しいことに、最終的な結果を確かめて努力が報われた思いです。大麦モルトとの違いは、発酵中のアロマでもニューメイクのテイスティングでも顕著なまでに表れています。甘く華やかな香りの中に、ライ麦らしいコショウのようなスパイスが加わっているんです」
(つづく)