シングルカスクの魅力【前半/全2回】
文:イアン・ウィズニウスキ
我々ウイスキー愛好家は、何かにつけてウイスキーを評価したがる。これはもうほとんど性癖のようなものだ。つまり、ウイスキーは一つひとつが異なっており、ウイスキーがみな等しく価値があるとは思っていない。たとえば、年季の入ったスピリッツは、熟成年の短いスピリッツよりも高くランクされるという風潮もその現れである。
熟成年数、蒸溜所、樽の酒類といった要素は先入観の原因になるが、そのような先入観をも凌駕するイメージのひとつが、「シングルカスク」という形態でボトリングされたウイスキーに見られる。シングルカスクのボトリングでは、単一の樽から得られる限られた量のスピリッツが主役を演じる。ブレンディングによってコーラス隊の一角を占めるのではなく、ステージ中央を独占するソロシンガーとして特別なイメージが付与されるのだ。
シングルカスクの商品には、シングルカスク(単一の樽)という文字通りの定義よりも、はるかに多いたくさんの意味が内包されている。ベリー・ブラザーズ&ラッドでリザーブ・スピリッツ・マネージャーを務めるダグ・マクアイバー氏が語る。
「シングルカスクのことは、ウイスキーの歴史におけるスナップ写真のようなものだと表現しています。シングルカスク商品は、同じものを再現することができません。ウイスキーをめぐる冒険のなかで、頂点に位置する体験がシングルカスクだと言ってもいいでしょう」
コンパスボックスの創業10周年記念で、2010 年にジョン・グレイザーが企画した限定商品「ヘドニズム」も、その代表例といってもいいだろう。現在は創業21年となったコンパスボックスだが、これまで単一の蒸溜所からシングルカスク商品として発売した唯一のウイスキーでもある。コンパスボックスでウイスキーメーカーを務めるジェームズ・サクソンは次のように語る。
「インバーゴードン蒸溜所のシングルグレーン商品を念頭において樽原酒をチェックしていたところ、ヘドニズムの企画で求めていたフレーバーをすべて網羅した樽が1つだけ見つかったのです。そこにはバニラ香たっぷりのクレーム・パティシエールみたいな香味があり、クリーミーなココナッツやゴージャスなリンゴも思わせるグレーン原酒がありました。そこで、この樽をシングルカスク商品としてボトリングすることに決めました」
複数の原酒が共同でやる仕事を、たったひとつの樽でできてしまう原酒。こんな出会いは、極めて珍しいものだ。シーバスブラザーズのブレンディング・ディレクターを務めるサンディー・ヒスロップ氏が説明する。
「スピリッツは樽ごとに異なるので、二つとして同じ樽原酒はありません。だからウイスキーファンは、シングルカスク商品をまず一口味わったときに、それが完全にユニークなたったひとつのウイスキーを体験しているという確信が得られるのです。この『ユニーク』という言葉も、他では味わえない特有な風味があるウイスキーなのだという期待を自然に想起させます。つまり、それはおなじみの蒸溜所特有の特性ともまた違った個性が味わえるのではないかという期待です」
ユニークな個性の実態
シングルカスク商品で使用される樽が、十分にユニークなものとして感知され、なおかつオフィシャル商品の特性とかけ離れていない絶妙なポイントに収める。それが理想的なシングルカスクのあり方だ。そのようなポイントを確実に抑えられるコツはあるのだろうか。そこにはやや難しい論点が含まれている。ウィリアム・グラント&サンズのマスターブレンダー、ブライアン・キンズマンは次のように語っている。
「必要なスピリッツの特性をリスト化して逐一チェックするというよりも、自分の感覚や勘に頼る面のほうが大きいような気がしますね。シングルカスク商品としてボトリングするには、あまりにもエキセントリックな樽もあります。だからシングルカスクの樽選定には、いつもかなり慎重を期しています」
考えてみれば、この「ユニークな個性」というのも興味深いコンセプトではないか。なぜなら通常のウイスキー生産工程では、品質のバラツキを最小限に留めて一貫性を保とうという目的が重視されているからだ。このような一貫性を保つことで、ブレンダーは将来にわたる商品の発売計画が安心して立てられるようになる。
この一貫性を重視する原則は、粉砕、糖化、発酵、蒸溜を通して適用されることになるが、そこにオーク材のような自然素材が関わることで一貫性の維持も難しくなる。樽の製造工程の必然性から、スコッチウイスキー業界で使用されるオーク材は木の幹の中心付近に限られている。ASCバレルズの創設者、アレクサンドル・サコンは次のように説明する。
「バニリン(バニラ香の原因になる)のような香味成分やタンニン(風味の骨格や口当たりの形成に寄与する)は、フレンチオークの幹全体に含まれています。でもこのバニリンの密度は幹の場所によって差があり、タンニンも根本に近い場所のほど密度が高いというバラツキが同じ材木内でも見られます」
つまり同じオーク材でも、使用する部位に特徴のある樽材(例えば幹の上の方だけ)でできた樽は、他の部位の樽材(例えば幹の根本に近い部分だけ)でできた樽と比べて、異なった熟成効果をもたらすことになる。
これと同じように、単一の森から伐採したオーク材であっても、さらにはその伐採地が特定のエリアに限られていたとしても、オーク材の特性にはかなりのバラツキが生じる可能性もある。このように熟成後にさまざまな仕上がりを見せる樽原酒から、一貫した香味のウイスキーをつくり上げるのがブレンディングという工程に他ならない。アレクサンドル・サコンはさらに説明を続ける。
「樽を造るのに使う樽材は、異なった木から寄せ集めるのが通常のやり方です。これは木材からの影響が、樽によって偏らないようにするための配慮なのです。同じ木から樽を造ってほしいというリクエストがあれば応じますが、そのようなリクエスト自体ほとんどありませんね」
樽を組み上げてからおこなう「トースト」や「チャー」の工程も、ウイスキーの風味に重大な違いをもたらす。火の熱によって、オーク材の中にある香味成分が活性化されるからだ。だがこの火入れによって均質な効果が得られるかどうかは、木目の密度によっても異なってくる。ブラウン・フォーマンのマスターディスティラー、クリス・モリスが説明する。
「ASCバレルズの樽工房には、オザーク、アパラチア、米国北部などの森からオーク材が運ばれてきます。どの地域をとってみても、木目の密度にはかなりのバラツキがあるものです。同じチャーやトーストを施しても、木目の粗いオーク材には深く火が通り、逆に木目の細かいオーク材は火が通りにくくなります。つまり結果として、木目の粗いオーク材は樽材の深くまで香味成分の層ができるので、熟成中のスピリッツに引き出されやすくなるのです」
(つづく)