一貫性を求める蒸溜所の原酒ストックから、傑出したバランスの樽を見出すのがシングルカスクウイスキーの醍醐味。ユニークな味わいと希少性で、ウイスキーファンを魅了する。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

自然素材であるオーク樽の個性を均一にすることは難しい。だから均一な品質を目指している蒸溜所のなかでも、熟成原酒の風味にはバリエーションが生まれる。前回の配信では、なるべく一貫した品質を維持するための工夫を樽工房の視点から紹介した。

ライトトースト、ミディアムトースト、ヘビートーストといったトーストの度合いは、樽工房ごとに定められている。チャーの度合いについても同様だ。つまり同じ樽工房で組み上げた樽には、ある一定レベルの一貫性が期待できる。しかし蒸溜所が複数の樽工房から樽を調達するケースは、過去10年ほどでますます増えてきている。そのため、樽の品質にさまざまな違いが増えてくるのは避けられない。

樽材の品質や、貯蔵庫内で位置によって原酒の特性が少しずつ分かれていく。シングルカスクに相応しい樽は全体の5%以下だ。

さらに風味に影響を加えるのは、熟成に使用する貯蔵庫の環境だ。ダンネージ式とラック式の違いは初歩的な問題に過ぎず、他にもさまざまな違いを生じさせる原因がある。ダンネージ式にしろ、ラック式にしろ、貯蔵庫一つひとつの中にもマイクロクライメート(微気候)と呼ばれる環境の違いがあり、温度、湿度、空気の流れの強さなどがウイスキーの特性に影響を及ぼす。ASCバレルズの創設者、アレクサンドル・サコンが語る。

「同じ樽でも、貯蔵庫内の状況によって異なった効果をもたらします。気温が高いほど樽の影響が出やすくなり、スピリッツの熟成でも進捗が目に見えてはっきりと出てきます」

つまりひとつの貯蔵庫内でも、シングルカスクに理想的な場所と、そうではない場所があるということだ。ブラウン・フォーマンのマスターディスティラー、クリス・モリスが語る。

「ジャックダニエル シングルバレルで使用される樽は、貯蔵庫の最上階で熟成されたものと決まっています。最上階は気温がもっとも高く、湿度も少ないので乾燥しており、ジャックダニエルのフレーバープロフィールでもいちばん力強い表現が得られるからです」

だからといって、そのような最上の場所に置いただけで理想のシングルカスクウイスキーに仕上がってくれるという保証はない。すべては熟成進度のモニタリングを続け、最高の品質に到達した樽だけを選ぶというプロセスが鍵なのだ。ウィリアム・グラント&サンズのマスターブレンダー、ブライアン・キンズマンは次のように語る。

「毎日のようにバルヴェニーの原酒をサンプリングしていますが、それぞれの樽原酒に違いが出てくるのは自然なこと。でもこの違いはおおむね些細なものであり、その違いの傾向にも一定の法則があります。その中でも、特に傑出した特徴を示している樽があれば、シングルカスク商品への予備軍としてマークしておきます。ときにはスパイシーな特徴が強いなど、規格外の風味を示している樽もありますよ」

熟成年数は長いほうが、どちらかといえばシングルカスクに相応しい品質を備えていると期待される場合が多い。だが実際にシングルカスク商品としてボトリングされるか否かは、まさに品質次第ということになる。イアン・マクロード・ディスティラーズのブランドディレクターを務めるイアン・ウィアーが語る。

「15〜18年熟成くらいの原酒が、よくシングルカスクに向いた仕上がりを見せていることがあります。このぐらいの年数があれば、たくさんの好ましい要素を兼ね添えていることが多いのです。素晴らしい香味上の特性や、鮮やかなフレッシュさが同居していることもありますね」

 

樽1本のみという希少性の魔力

 

ウイスキー愛好家には人気の高いシングルカスク商品だが、ウイスキーづくり全体のシステムにおいて、シングルカスク商品のボトリングはかなり例外的な目標のひとつである。インバーハウスでマスターブレンダーを務めるスチュアート・ハーヴェイ氏が説明する。

ウッドフォードリザーブのように樽の品質にこだわったアメリカの蒸溜所から、将来のシングルカスク候補になるバーボン樽がスコットランドに送られてくる。

「バレル100本分の原酒があったとして、シングルカスク商品としてボトリングできそうな品質の樽は、せいぜい5本くらいです。だからそんな樽を見つけたときは、シンプルに喜びますよ。理想的なファーストフィルのバーボン樽や、ファーストフィルのシェリー樽はいつも探し求めています。これらの樽には、他の樽にはないユートピアのような特性があるかもしれないのです。 そして、どんなウイスキーをもって『理想的』と呼ぶかは業界内でも意見の相違があります。例えばファーストフィルのバーボン樽でいうと、ココナッツ香が強すぎるのは私の好みではありません。樽の香味に負けないくらい、蒸溜所らしいスピリッツの本来の風味が主張していることも大事な条件になります」

さらにシングルカスクの価値を高めている統計といえば、単一の樽から得られるウイスキーの量であろう。これまでの説明でおわかりいただけたと思うが、非常に希少な条件でのみ成立するボトリングゆえ、シングルカスクウイスキーはいつも品不足だ。スチュアート・ハーヴェイ氏の説明は続く。

「樽入れ時に63.5%だったアルコール度数は、15年の熟成を経てカスクストレングス56%にまで変化します。この条件で商品化すると、バーボンバレル1本からボトル約200本分しかとれない計算になります。シェリーバットなら、ボトル約600本です」

このような希少性と特別感は、シングルカスク商品にとって欠かせない魅力であり、ウイスキーファンの感情に訴えるものだ。数値化できる技術的なスペックよりも、感情面へのアピールは計測が難しい。だがその魅力は、実際に味わうことで間違いなく体験できるものでもある。スピリッツ自体も濃厚だが、このユニークな体験の濃密さこそがシングルカスクウイスキーの醍醐味なのだ。