効率至上主義を相対化し、人々を大切にすることでレジリエンスが手に入る。多様性、平等、包摂への徹底した取り組みは、長期的なビジョンが必要なウイスキー産業と相性がいい。

文:クリスティアン・シェリー

 

※この記事には、不安、うつ病、自傷行為、自死に関する記述があります。

社会的な持続可能性について、エディンバラで有意義なアプローチを追求しているのがホーリールード蒸溜所だ。都市型の生産者として優先しているのは、都会のさまざまな環境を反映したチーム作り。蒸溜所長のカラム・レイは、目的意識を持った採用によってビジネス全体が恩恵を受けていると語る。

「エンジニアの経験がある人なら、誰もがチームには多様な人材が必要だと言うはず。男女や人種の比率を偏らないようにするという公平性の意味もありますが、人材の多様性は単純に事業の利益を押し上げてくれるんです。私と同じようなタイプの人間ばかりが集まって働いていたら、きっと偏った価値観から逸脱できなくなります」

エディンバラで約100年ぶりにウイスキー生産を復活させたホーリールード蒸溜所のカラム・レイ。自分とは異なる多種多様な人々とつながることが、ブランドの成長に寄与すると信じている。

このような多様性は、ウイスキーのマーケティングでも効力を発揮する。ホーリールードが今年3月に第2の商品「エンブラ」を発売した。盛大なお披露目会のテーマは「タロット」だった。ドラァグクイーンのアーティストであるミスティカ・グラモアが、実際にイベントでタロット占いを披露した経緯についてカラム・レイは語ってくれた。

「ウイスキーとは関係がなさそうな分野ともつながるのが大切。つまり意外な場所にウイスキーを持っていくことが、ホーリールードの新しい伝統になりつつあります」

これは社会的な持続可能性というより、クリエイティブなマーケティングに近い話題かもしれない。だが多様な人々を仲間に招き入れることで、より強固なコミュニティが形成されるのは真実であろう。そしてウイスキーにも全体としてポジティブな影響を及ぼしてくれるのだ。

社会的にサステナブルな企業努力は、自然環境や事業モデルのサステナビリティよりもメディアに取り上げられにくい。その理由のひとつは、やはり数値での測定が難しいからだろう。だが高級シングルモルトの生産者であるグレンタレットは、この分野への注力を倍増させている。

グレンタレットは、2019年3月にフランスの高級ライフスタイル企業であるラリックに買収された。それ以来、グレンタレットにとってサステナビリティこそが極めて重要な優先事項であると公言している。ラグジュアリーなサステナビリティのベンチマーク認定として知られる「ポジティブ・ラグジュアリー」のバタフライマークを獲得したのも、そんな取り組みの一環だ。

高級クリスタルガラスで有名なラリックの傘下になり、明確なビジョンでESGを推進するグレンタレット。環境問題はもちろん、社会や人への細やかな配慮をブランドの特徴にしている。

グレンタレットのプロジェクトマネージャーを務め、サステナビリティ部門のリーダーでもあるルーシー・アームストロングは次のように語る。

「この認定では、業務のあらゆる部分までが厳格に審査されます。蒸溜所に併設されているミシュラン2つ星のレストラン、ビジターセンター、流通、生産業務など、あらゆる事業の細部を掘り下げることで社会と環境への影響を検証していくのです。このようなプロセスを踏むことで、うまくいっている部分だけでなく、改善できる部分や思いもつかなかった部分がたくさん見えてきました。目下の課題は、よりサステナブルな年金制度の確立です」

認定を目指して審査プロセスを開始したとき、事業のスコアは25%に過ぎなかった。だが最終的に75%を獲得し、念願の認定を受けたのだとアームストロングは言う。

「ESG(環境・社会・ガバナンス)は、あらゆる事業のバックボーンになっています。メンタルヘルス救急体制の導入や、匿名で利用できる従業員ヘルプラインの設置など、さまざまな取り組みが加わりました。製造部門も含め、すべてのチームで柔軟な働き方ができるようにしています。チーム全体でただ集まるため、週1回のコーヒーセッションも始めました」

グレンタレットのジェニー・バーンロイター社長は、このような方針によってチームの結束がさらに強まることを期待している。

「事業とは明らかに異なる分野の話ですが、間違いなくビジネスに好影響をもたらしています。コミュニケーションや対話があれば、人はもっといい仕事ができるようになりますから」
 

サプライチェーンの社会的な持続可能性も重視

 
サプライチェーンで働く人々に配慮することも、より広範に社会的な持続可能性を達成するための不可欠な視点である。英国のフィールデン蒸溜所(旧オックスフォード・アーティザン蒸溜所)とフランスのドメーヌ・デ・オート・グラッセ蒸溜所にとって、それは農家をしっかりと支援することを意味する。

穀物なくしてウイスキーはつくれない。それに現代の農家は、精神的な健康や経済的なウェルビーイングにおいて深刻な問題に直面しているのだ。フィールデン蒸溜所のジョン・レッツ社長は次のように説明する。

「スピリッツの生産を支えてくれる農家の皆さんが何人もいます。私たちは彼らを大切に思っているし、彼らも私たちを大切にしてくれます。一緒に力を合わせて土壌を育て、作物を育てている関係だと思っています」

現在は約15軒の農家と協力し、無農薬再生農法による伝統品種の穀物生産に取り組んでいる。カナダの農業が盛んな地域に生まれ、大学でも農作物について研究してきたレッツは、農業界を急速に変革できるユニークな立場にある。

農家はみな、同じ条件からできる限り大量の作物を収穫するプレッシャーに晒されている。コンバインなどの高額な機器に投資し、収穫量を増やさなければ生活が成り立たない。

フランスのオート・グラッセ蒸溜所は、農業大国らしく農家との持続可能な関係を重視している。生産量によって農家の収入が不安定化しないように、作付面積であらかじめ買取価格を設定する約束だ(メイン写真はオート・グラッセ蒸溜所の契約農家の大麦畑)。

英国の週刊専門誌「ファーマーズ・ウィークリー」による2018年の調査では、農業の従事者は自傷行為や自殺率が全産業の中で最も高い。農業慈善団体RABIによると、英国の農業従事者の36%がうつ病の可能性があり、47%が常に不安と闘っているという。

「農家のみなさんは、本当に困難な立場にいるのです」とレッツは言う。レッツとフィールデン蒸溜所の解決策は、農家に収入を保証してリスクを共有することだ。

「農家は穀物を1トンあたりの価格で売っていますが、私たちはエーカー(面積)あたりで支払う約束をしています。旧来のような1トンあたりの取引では、農家が弱い立場から脱出できないからです」

レッツの考えでは、農家が多くの農産物を生産する必要はない。契約農家が無化学肥料で再生可能な農法を実践することで、作物の品質が向上するからだ。

「通常なら1エーカーあたりで3トンが目標になるところですが、私は1トンも生産してくれれば満足だと伝えました。壊滅的な気候変動で収穫が大失敗に終わる年があっても、半額は支払うという約束です。1エーカーあたり1トンが手に入れば、約束の全額を支払います。リスクを共有することで、現実的な計画を立ててもらいたいのです」

フランスのオート・グラッセ蒸溜所も、農家との適切な関係に力を入れている。地域の発展に寄与しながら、農作物の適正価格を保証するのだ。蒸溜所に作物を供給する19軒の農家はみな有機認証を取得しており、グレン・デ・シーム(至高の種子)協会のメンバーでもある。オート・グラッセの創設者であるフレッド・ルヴォルが協会の活動について語る。

「この協会はノウハウや機材を融通しあって相互協力を促進しています。農家は年に3〜4回メンバーの農場に集まり、現場で実践していることについて話し合って、共通の農業生態学的な知識を高めているのです」

農家が蒸溜所の買い取りだけに依存するのではなく、チーズ、卵、鶏、ジャガイモなどの生産も含めた多角的なビジネスを展開していることがルヴォルにとっても重要なのだ。

オート・グラッセとフィールデンの事例から、社会と環境の持続可能性がいかに密接に結びついているかがよくわかるだろう。この2つの要素から持続可能な利益がもたらされ、多くのウイスキーファンを納得させる製品が生まれるのである。

環境や人々への配慮を徹底しながら、効率よくウイスキーをつくるには複雑な工夫も必要になる。しかしウイスキーメーカーと愛飲家が共に繁栄するため、蒸溜所は環境保護と同等に社会的なサステナビリティも重視していかなければならない。