伝統的なシェリー造りに使われてきたソレラシステムが、スコッチウイスキーのブレンダーたちにも活用されている。多様な樽熟成のアプローチを考える2回シリーズ。

文:ジョアンナ・デリー・ホール

 

スペイン最南部のアンダルシア地方に、世界的なシェリーの産地として知られるヘレスがある。酒精強化ワインを醸造するワイナリーはボデガと呼ばれ、通常は数年間の樽熟成までをボデガ内で手がける。この熟成工程のために、ヘレスではヨーロピアンオーク樽の製造技術が継承されてきた。

そしてヘレスのボデガは、スコッチウイスキーのブレンダーにとって重要な取引先でもある。ウイスキーの良質な樽熟成やフィニッシュ(追熟)に欠かせない高品質なヨーロピアンオーク樽を供給してくれるからだ。

シェリーのシーズニングが済んだ樽は、スコッチウイスキーの熟成や追熟に重宝する。だがブレンダーの中には、シェリー造りに特有の熟成システムまで取り入れようとする者も増えているようだ。主な興味の対象は「ソレラ」と呼ばれる合理的な熟成システムである。

ソレラシステムの歴史は、18世紀にまでさかのぼる。各ボデガがシェリーの品質を一定に保つため、数学的にも理にかなった手法として考案されたシステムだ。積み重ねられた樽から樽へ、一定のルールに従って中身のシェリーを移動させる方法である。

ビームサントリーのブレンデッドウイスキー「アードレイ」は、ソレラシステムをヒントにした常識破りのマリイングでつくられる。開発では日英のブレンダーが意見交換を重ねた。

スペイン南部のタバンコと呼ばれるシェリーバーに行けば、そこには大抵ソレラシステムの樽が積み重ねられている。一番下にある樽の栓を開けて、直接グラスにシェリーを注いでくれる店もある。下の樽に入っているシェリーを取り出したら、上の樽から若いシェリーを補充しておくのがルールだ。

最も若いワインはピラミッドの頂点にある樽に追加され、ゆっくりと時間をかけて下の樽に移動されていく。シンプルな考え方で、常に適切な熟成度のシェリーを得られるのがソレラシステムの利点だ。

ソレラシステムには、永久機関を思わせる連続性と安定感がある。このシステムが、ブレンデッドモルトなどの製品に生かされるのではないかと考えるスコッチのメーカーも増えてきた。昨年にビームサントリーが新しいウイスキーブランドを立ち上げたとき、採用したアプローチがソレラシステムを用いたブレンデッドスコッチウイスキーだと聞いて興味をそそられた。

ビームサントリーのスコッチウイスキー部門でチーフブレンダーを務めるカルム・フレイザーは次のように語る。

「市場にひしめく数多の他社ブランドと区別がつかない製品をわざわざつくろうとは思いませんでした。私たちが意図したのは、スコッチウイスキーという既存のカテゴリー内で新鮮な価値を提案すること。そうやって誕生したのが『アードレイ』です。混戦状態のブレンデッドスコッチウイスキー市場で、ビームサントリーらしい回答を出すことができました」

この「アードレイ」の開発には、3年の歳月を費やしたという。スコットランドと日本のチームが協力し、かつてないアプローチで熟成されたウイスキーである。

ウイスキーが熟成するにつれて、樽を徐々に降りてくる仕組みは一見シンプルにも思える。だがウイスキーづくりの知識がある人なら、多彩な原酒をブレンドして香味を一定に保つのは至難の業だとわかるだろう。そこには想像を超えたチャレンジがあるはずだ。

アードレイの最初のレシピは、4種類の原酒によるブレンドで構成されている。すなわちブレンデッドグレーン、アメリカンオーク樽熟成のブレンデッドモルト、ヨーロピアンオーク樽熟成のブレンデッドモルト、ピーテッド麦芽を原料にしたブレンデッドモルトだ。

まずはそれぞれの原酒を貯蔵している樽が慎重に選ばれ、同じ種類の原酒をそれぞれ4槽のタンクでマリイングする。マリイングされた原酒は不活性樽に移され、この4つの樽からブレンダーがそれぞれ約半分ほどの原酒を取り出してブレンドする。これがアードレイの1バッチなのだとフレイザーは説明する。

「まずはそれぞれの原酒の構成要素をまとめるために、ソレラシステムの考え方を採用しました。最終的なブレンドにも、ソレラシステムの手法を使っています」

最初のバッチをボトリングした後、セカンドバッチをつくる前には、樽内にそれぞれの原酒を補充しなければならない。前段階の原酒を適切にブレンドし、半分くらいに減ったソレラ樽の容量を補うのだ。

フレイザーいわく、このソレラシステムがもたらしてくれる利点のひとつはバッチをまたいだ一貫性だ。単に一貫しているだけでなく、ブレンドによる繊細な複雑さも増すのが魅力なのだと言う。

「複雑さは徐々に高まっていきます。たとえば10年後に50番目のバッチが完成したとき、そのブレンドにはブレンド開始時より酒齢が10年長い原酒も含まれているということになりますから」
 

ソレラシステムを活用した伝統的なスコッチウイスキー

 
伝統的なスコッチウイスキーのブランドでも、このようなソレラシステムの考え方を活用している商品は少なくない。グレンフィディックの「パーペチュアル コレクション」もそのひとつだ。ウィリアム・グラント&サンズのモルトマスターを務めるブライアン・キンズマンは、次のように語っている。

「ソレラシステムの魅力は、極めて古い原酒の一部が分子レベルで残り続けること。私たちはソレラシステムに似た熟成システムを1989年以来使い続けています」

グレンフィディック蒸溜所では、ヘレスのボデガから買い取ったソレラ樽でマリイングをしている。その成果は定番商品のひとつ「グレンフィディック15年 ソレラリザーブ」で味わうことができる(メイン写真)。

原酒のレシピを組んでバッチごとにブレンドしていく代わりに、グレンフィディックはソレラシステムを参考にした熟成も採用している。これは貯蔵庫の容器で3種類の原酒をマリイングしたウイスキーで、熟成年も明記される。

この商品に使用されるのはアメリカンオーク樽で15年熟成させた原酒(70%)、ヨーロピアンオーク樽で15年熟成させた原酒(20%)、新樽で追熟を加えた15年熟成の原酒(10%)というレシピなのだとキンズマンは明かす。

「すべてのバッチの50%は前回のバッチと同じ原酒を使うことになります。私たちがつくるすべてのウイスキーの中でも、これは間違いなく最も香味が安定したウイスキーです」

精密なレシピによってブレンドされる現代のスコッチウイスキーとして、グレンフィディックは古くからソレラシステムの考え方を採用してきた代表格だ。だがそれ以前のブレンダーたちにとっても、ソレラシステムは魅力的なオプションとして注目されていた記録が残っている。

ジョニーウォーカーのマスターブレンダーを務めるエマ・ウォーカーは、過去のジョニーウォーカーのブレンディング技術を隅々まで学ぶためにディアジオのアーカイブ資料を徹底調査したことがある。ヴィクトリア朝時代に活躍したウイスキージャーナリストのアルフレッド・バーナードが、ジョン・ウォーカー&サンズの歴史について記した小冊子がある。そこに面白い記述を見つけたのだとエマ・ウォーカーは語る。

「その小冊子で説明されていた容器でのマリイングと段階的な移し替えは、明らかにソレラシステムに影響を受けたものでした。しかもそれが極めて魅力的な工程として説明されていたんです」

ジョニーウォーカーは今日でも伝統的なヴァッティングを採用しているが、ソレラシステムはブレンド工程には含まれていない。それでもウイスキーの一貫性を象徴するソレラの歴史は、ブレンダーの理想を映した手法として今でも語り継がれているのだ。