スパニッシュウイスキーの新潮流【第2回/全3回】
文:フェリーペ・ シュリーバーク
ビルバオ郊外のバスク・ムーンシャイナーズから西へ3時間も車を飛ばせば、カンタブリア州のピコス・デ・カバリエソに着く。ここは、スペイン北部にあるもうひとつの小規模蒸溜所だ。以前からワインやジンなどを造っていたが、もうすぐ最初のシングルモルトウイスキーが発売される予定だという。
ピコス・デ・カバリエソで社長を務めるハビエル・ブランコは、3人の友人とともに会社を立ち上げた人物。現在販売しているのはニューメイクスピリッツだけだが、シェリー樽熟成を施したウイスキーの品質に自信を持っている。
だがこのウイスキーを生産するために、たいへんな努力があったのだとブランコは打ち明ける。途中で生じた問題を解決するため、日曜大工の能力もフル活用しなければならなかった。頼りにしていたビール醸造所から届いたもろみの出来が不十分だった。どうしたものかと激論になり、結局は自分たちで新しく製麦や発酵のシステムを造りなおすことにしたのだ。
「手持ちの設備をウイスキー向けに調整しなければなりませんでした。麦汁にできる限り多くのでんぷん質を引き出すため、糖化工程の水温を上げなければなりません。使えるものは何でも使おうと、あれこれ知恵を絞りました。それから麦汁ができたらすぐに酵母を投入して発酵が始められるように、温度管理が容易な冷却器を自前で造りました。こうすることで、麦汁があまり空気に触れずに済むのです。パイピングのシステムも自分たちで製作しなければなりませんでした。これがまた大変な作業だったんですよ」
幸いなことに、今のところ成果は上々のようだ。ブランコは最終テストに心を踊らせている。独自に用意した高品質な樽から仕上がったばかりのウイスキーを取り出し、最後のテイスティングをする日は着実に近づいている。
バスクとカナリア諸島で新境地を開拓
飲料生産コンサルタントのサンティアゴ・ブロンチャレスは、現在それぞれかなり性格の異なる2つのウイスキーブランドを始動させようとしている。この2つのウイスキーをつくろうとしているメーカーは、ともに何世代も蒸溜酒づくりを営んできた一族だ。彼らがウイスキーという新しい製品分野に乗り出すよう、ブロンチャレスが説得したのだ。
2つの蒸溜所は、スペイン国内でも遠く離れた場所にある。そのひとつは、バスク地方にあるデスティレリアス・アチャ(アチャ蒸溜所)。もうひとつは、カナリア諸島にあるラム蒸溜所のデスティレリアス・アルデア(アルデア蒸溜所)だ。後者は「ドラゴ」というブランド名で、すでに5年熟成のグレーンウイスキーとブレンデッドウイスキーを発売している。
アルデアのグレーンウイスキーは、主に地元のビール醸造所と共同で精麦した小麦モルトを使用している。資料だけを見ると、アイルランドのポットスチルウイスキーにも近いものがある。大麦原料と小麦原料のスピリッツを併用しており、どちらも製麦済みのモルトと未製麦を使用しているからだ。そのすべてをスペインのピレネー山脈で伐採されたオーク材の新樽で熟成している。ブロンチャレスは、その出来栄えに満足している。
「製麦した小麦モルトはとても穏やかで、パンのような香味があります。典型的なウイスキー生産国の流儀とは、かなり異なっていることも承知の上です。でもこのユニークなアプローチから、ソフトでフレッシュなウイスキーが出来上がりました。 このブレンデッドウイスキーは、メインストリームの路線を目指しています。スコッチウイスキーで感じるような風味を、自分たちのアプローチで再現しようという狙いもあるのです。2020年のロンドン・スピリッツ・コンペティションに送ったら、シルバーメダルを受賞しました。こういう面白い試みをやりながら、テイスティングする価値のあるウイスキーをつくれたことが認められた。とても嬉しかったですね」
一方、バスクのアチャでは、ブロンチャレスにもまた異なった役割が与えられている。2006年より、アチャが保有している原酒のストックからさまざまな商品企画を構想しているのだ。アチャのモルトウイスキーは、「ハラン(Haran)」(バスク語で「谷」の意)というブランド名で、さまざまな熟成年数のボトルが発売されてきた。現在のラインナップは、8年熟成、12年熟成(それぞれ異なったタイプのシェリー樽でフィニッシュした3種類の商品がある)、18年熟成、21年熟成という構成だ。最後の21年は、現在手に入るスパニッシュウイスキーで最も熟成年数が長い。
だがブロンチャレスは、ハラン18年とハラン21年がアチャで蒸溜された原酒であるという確証を得ていない。それどころか、スペイン産のスピリッツかどうかも怪しいところがある。
(つづく)
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