環境保護にしっかりと取り組みながら、ウイスキー産業も保護したいスコットランド政府。だがウイスキー業界の有志は、ピートに代わるスモーキーなイノベーションも模索している。

文:ジョセフ・フェラン

スコットランドの泥炭地を回復させるには、さまざまなメリットがある。気候変動に対処し、生物多様性を維持し、環境にやさしい職業に従事する人も増やせるかもしれない。

環境保護について真剣に考えている層は、やはりウイスキー業界も泥炭の使用を削減すべきだと主張している。毎年の焼却量が他の業界に比べて少量であることは理解しつつも、あくまでスコットランドのサステナブルな目標を支援するにはピート採掘を一部諦める必要もあるのではないかという考え方だ。

レスター大学のスーザン・ペイジ教授(物理地理学)氏は語る。

政府が定めた基準に従いながら、新興メーカーがピートの利用を始めるケースは少なくない。アイルランドのウォーターフォード蒸溜所もそのひとつだ。

「環境の回復対策が適切に講じられていけば、湿原は比較的早く回復し始めるでしょう。泥炭地の生態系がカーボンニュートラルに向かっていると明言するには、長期的なモニタリングデータが必要。それでも水位が上がってくれば、二酸化炭素の排出量はきっと減少し始めるでしょう」

二酸化炭素の排出量を削減し、生態系へのダメージを最小限に抑える取り組みは称賛に値する。だがピートの使用を禁止することで、ウイスキー業界が大きな損失を被るのではないかという声も上がっている。ウイスキーはスコットランドでもっとも愛されている産品のひとつであり、スコットランドが外貨を獲得できる輸出品でもあるからだ。

スコッチウイスキー協会(SWA)が策定したサステナビリティ戦略では、2040年までに事業活動にまつわる二酸化炭素排出量をネットゼロにすることになっている。この排出量の計算には、泥炭地の再生に関する目標も組み込まれた。ピートの利用方法や泥炭地の管理について、SWAはスコットランド政府と定期的に意見交換を続けている。

ウイスキーの生産に、ピートの使用が欠かせないというスコットランドの蒸溜所は多い。ピートの使用を禁止するような規制は、少なくとも短期的には業界に深刻な影響を及ぼす可能性がある。まだ同様の規制がない海外で、ピートを使用したウイスキーづくりを促すきっかけになるかもしれない。

アイルランドのウォーターフォード蒸溜所は、環境保護への意識が高いメーカーのひとつだ。バイオダイナミック農法を取り入れたオーガニックなウイスキーで数々の受賞歴もある。スコットランドに匹敵するピート使用の歴史を持つアイルランドでは、ピートの採掘量を最小限に抑えるための法律が導入されたばかり。だがその基準はさほど厳格なものでもなく、アイルランドでは逆にピーテッドモルトのウイスキーが復活する機運さえ感じられる。

ウォーターフォード蒸溜所でヘッドブリュワーを務めるニール・コンウェイが次のように語る。

「環境に配慮するため、変えるべきことは変えて、泥炭地保護の資金を確保する取り組みは必要です。でも個人的には、原料としてのピートの使用も認めるべきだと考えています。アイルランドに蒸溜所が増えれば、ピーテッドモルトを使用したアイリッシュウイスキーの復活を志す蒸溜所も出てくるでしょう。現在のところ、ピーテッドを実践しているのはウォーターフォード以外に数軒です」

アイルランドだけでなく、アメリカの蒸溜所もスモーキーな流行に乗り始めている。シアトルのウエストランド蒸溜所は、2023年3月にピーテッドモルトを使用したシングルモルト「ソラム」を発売。製麦には、地元で収穫されたピートを使用した。広報担当者のアマンダ・ハサウェイが次のように説明する。

「スコットランドの伝統的なカット・アンド・ドレイン方式でピートを採取すると、泥炭地の生態系にダメージを与えるというのが私たちの考え。もっとサステナブルな採掘方法が必要です。植物相が繁茂する健全な生態系を維持するため、ウエストランドは継続的に湛水される生きた沼地からピートを掘り出しています」
 

新しいスモーク香への道

 
だがその一方で、ピートへのこだわりを根底から疑問視する声もある。科学や技術が進化する現代にあって、消費者が好むスモーキーなウイスキーをつくるためにピート以外の選択肢もあるのではないかという視点だ。

あらゆる産業の成功は、技術の進化と継続的な改善の上に成り立っている。ウイスキーブランドも時代の要請に応え、消費者ニーズの変化にも合わせながら従来の方法を変化させていかなければならない。サステナビリティの側面において、ウイスキー業界は他業界の模範となるような青写真を描き、しばしば環境保護活動の先陣を切ってきた。次の大きな一歩が、泥炭地からの脱却であっても不思議ではない。

米国ワシントン州のウエストランド蒸溜所は、アメリカンウイスキーの伝統とは異なるピーテッドウイスキーの生産にも乗り出した。泥炭地を守るため、生態系にダメージを与えにくい採掘方法を採用している。

ウーブン・ウイスキーのダンカン・マクレー(共同設立者)も、そんな新しい挑戦を志している一人だ。

「慎重で配慮あるピートの使用は、ほとんどの蒸溜所がすでに心掛けていること。でも特にピートを強く意識しているウイスキーメーカーには、プラスアルファの取り組みも必要です」

ブランドイメージがピートの風味に依存している銘柄はほんの一握り。ピート香がカルト化することで、業界には興味深いダイナミズムが生まれている。しかしその依存状態こそが、マクレーの危惧するところだ。

「ピートか香が売りのブランドは、使用するピートの量によって、自分たちが望むユニークネスを生み出そうとしています。でもそのような特徴を維持するために使用したのが、持続不可能な資源から伐採された木であったなら、つくり手としても誇りに思うことができないと思うのです」

ウイスキー業界には、起業家精神や品質へのこだわりに満ちた人々が集まってくる。マクレーいわく、将来もこの傾向が弱まることはない。だからたとえピート禁止令が出ようとも、独創的なマインドを持った蒸溜所にとっては、それが些細な不都合に過ぎないと断言する。

「ウイスキーづくりは極めてダイナミックな産業。製造工程から消費方法まで、すべてが流動的に進化し続けています。フェノールやスモーキーな香りを付与するため、ウイスキーづくりでさまざまな工夫が実験されている最中です。さまざまな種類の木材から燻香を得たり、羊の糞や海藻などの意外な材料を使った実験もあります」

マクレーによると、そのような実験の中には、風味において大きな成功を収めたものもあるという。

「スコッチウイスキーには厳しい規制があるので、今のところ生産者が競って大胆すぎる製品を打ち出すようなことは起こらないでしょう。でも規制が緩和されれば、実現可能な代替品やイノベーションの可能性に事欠くことはないという点も確信しています」