スコットランドの商都グラスゴーで、もうすぐ第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)が開催される。業界最先端のサステナブルな事例を紹介し、ウイスキーと環境保護を考える2回シリーズ。

文:マルコム・トリッグス

 

スコットランドのグラスゴーでは、もうすぐ第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)が開催される。世界が切迫した気候変動に対処する中で、英国が事実上のリーダー国であることをアピールする格好の機会でもある。

英国の蒸溜所として、初めてネットゼロ認証を獲得したノックニーアン蒸溜所。創設者兼CEOのアナベル・トーマスは、時代の趨勢を見通してあらゆる設備を設計した。メイン写真は蒸溜所の全景。

そして今回の会議は、環境破壊による悲劇を防ぐ最後のチャンスと見る人も多い。英国は法的な拘束力がある規制によって長期的な問題解決に取り組み、世界を率先できる模範国となることが期待されている。

だがもう一方では、不都合な矛盾もある。英国政府とスコットランド政府は、北海油田の新規開発計画に終止符を打つ決断を迫られているところだ。多くの環境運動家たちは、北海油田が弁解不能の環境破壊行為であると考えている。政府関係者は、会議の行方に相当のプレッシャーを感じていることだろう。

英国は2050年までに温室効果ガスの排出をネットゼロにするという野心的な目標を掲げ、達成に向けてさまざまな取り組みを結集しながら経済成長も持続させようとしている。そしてスコットランドは、英国全体よりもさらに切迫した状況にある。なぜならスコットランドは、英国内の他地域より5年も早い2045年までにネットゼロを達成しようとしているからだ。そして古いドル箱の北海油田は、スコットランドの近海に点在している。

この議論の行方を心配しているのは、エネルギー業界だけではない。スコットランド環境保護庁は業界ごとの新しいアプローチを取り入れながら、スコットランドの主要な産業部門が持続可能な環境保護関連法に準拠するだけでなく、定められた基準のさらに上を行く施策によって経済的利益や社会的利益を享受できるように各業界をサポートしてきた。

そしてスコットランド環境保護庁の規制戦略「ワン・プラネット・プロスペリティ」の一環として最初に打ち出された計画は、他でもないスコッチウイスキー業界のための計画だったのである。

 

ノックニーアン蒸溜所による「ネットゼロ」の定義

 

この問題を深く掘り下げる前に、まずはサステナビリティの文脈における「ネットゼロ」が何を意味するのかをおさらいしておきたい。

ノックニーアン蒸溜所のスチルは、薪を熱源にする。必要な木材を調達するたびに植樹することで、二酸化炭素の排出がオフセットできる。

いわゆる「カーボンニュートラル」というゴールは、二酸化炭素の排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計がゼロになったときに達成される。つまり最初から二酸化炭素の排出量を減らす手段が講じられていなくても、結果的に排出量が完全に相殺されていればいい。

一方の「ネットゼロ」という用語には、公式に合意された定義はない。だが温室効果ガス(代表は二酸化炭素だがそれ以外の気体もある)の排出を正味ゼロにするという概念として一般的に理解されている。

この「ネット」(正味)という表現が意味するのは、現状で「排出ゼロ」を謳えていない業界や企業が、これから吸収したり除去したりしなければならない分の温室効果ガスに責任を負っているという事実だ。このようなオフセットを目指す取り組みが、「排出ゼロ」ではなく「ネットゼロ」という概念で表現されているのである。

2020〜2021年の公的なサステナビリティ報告書には、英国で初めてネットゼロ認証を受けたウイスキー蒸溜所としてノックニーアン蒸溜所の名が記載されている。そのノックニーアン蒸溜所は、この「ネットゼロ」を達成するため、二酸化炭素の吸収量と除去量を上げる活動だけでなく、まずは二酸化炭素の排出を大幅に減らす必要があったとコメントしている。このような徹底した先進性が、ノックニーアン蒸溜所の特徴なのだ。

現状では公式の定義がない「ネットゼロ」を解釈するのに、ノックニーアンが取り組んでいるアプローチの実例は役に立つ。これは広くスコッチウイスキー業界全体の模範となるべき事例だ。ノックニーアン創設者兼CEOのアナベル・トーマスは次のように語っている。

「ノックニーアン蒸溜所を始めようと思ったとき、当時のウイスキー業界にはサステナビリティへの十分な取り組みが感じられませんでした。こんなことではいけないだろうという思いが、私にはあったのです。なぜならあまりにも多くのウイスキー蒸溜所が、スコットランドの美しい自然環境の中にありますから。近接する土地から収穫された農産物も、原料に使用しています」

電気をなるべく使わない蒸溜所の設計も、サステナビリティを考えれば時代の先端だった。ノックニーアン蒸溜所は、これから建設されるウイスキー蒸溜所の重要なモデルである。

新しく創設される蒸溜所だからこそ、ノックニーアン蒸溜所にはサステナビリティを念頭に置いた蒸溜所の設計、行程、ブランディングにしっかりと取り組める強みがあった。だがサステナビリティの理想を実現するには、かなり多額の先行投資も必要であることがわかった。

他のどんな蒸溜所でも同様だが、主な温室効果ガスは糖化行程と蒸溜行程の加熱によって排出される。そこでノックニーアンは、蒸溜所から3kmほど離れた商業林から収穫される木材を燃やすバイオマスボイラーで加熱することにした。

この木材から放出される二酸化炭素は、木がそれまでに吸収してきた二酸化炭素量で相殺できるため、蒸溜所のカーボンフットプリント(二酸化炭素排出量)としてはカウントされない。燃料となる木は伐採されるたびに再び植樹されるので、さらに多くの二酸化炭素を吸収してくれるのだ。

また蒸溜所が必要とする少量の電気は、100%再生可能エネルギーの供給業者から送られてくる。残りの排出量(例えばバイオマスボイラー用に伐採した木を採取するトラクターのエネルギーなど)は、カーボンクレジットを購入することで相殺する。

重要な点を指摘しておくと、ノックニーアンのネットゼロ認証は、蒸溜所内でおこなわれる業務のみを対象としたもので、ウイスキーを流通させるサプライチェーンまでは含まれていない。この点についても蒸溜所チームは透明性を重視しており、サステナビリティ・レポートの中で詳細を明記している。

レポートの対象となるのは、素材の栽培、農業機器の製造、原材料や梱包材料の輸送、従業員の旅行、蒸溜所からの廃棄物などにまつわる全排出量だ。これらすべてがカーボンクレジットの購入によって相殺される。だからサプライチェーンはカーボンニュートラルであると言えるが、少なくとも今はまだ完全なネットゼロではない。
(つづく)