タスマニアに学べ【第3回/全3回】
生産地や製法の定義によって、地域ブランドを高めようとする世界のウイスキー。だがタスマニアでは、それぞれの自由な独創性を成長の原動力にしている。
文:タッシュ・マッギル
タスマニアで最初期からウイスキーづくりを指南してきたマーク・ニコルソンは、ラーク蒸溜所で「タスマニア蒸溜講座」を開講した。現在この講座はオールド・ケンプトン蒸溜所に引き継がれている。
オーストラリアで数多くの蒸溜所と密接に仕事をしてきたニコルソンは、タスマニアのウイスキー業界を擁護するシングルモルトの愛好家だ。タスマニア産ウイスキーの人気高騰を注視しているが、高品質なウイスキーをつくり続けることが業界の使命だと信じて情熱を注いでいる。
タスマニアでのウイスキーづくりには、直感的な自由がある。これはタスマニアの人々の精神や地域社会の性格を反映したものだ。この自由は、蒸溜所それぞれの選択によって行使されることになる。
世界を見渡すと、他のニューワールドウイスキーは地理的な特徴を定義するガイドラインや規制強化に熱心だ。タスマニアは、そんな流れに逆行しているようにも見える。この島でつくったら、それがタスマニアンウイスキー。その方法は何でもいいじゃないかというオープンマインドで受け入れているのだ。
ベルグローブのようにクローズドな循環ループを実現するメーカーもあれば、ウォッシュやスピリッツを購入してから自前で蒸溜するようなメーカーもある。他メーカーに供給することを前提とした契約生産型の事業を開始するため、島内では大規模な商業蒸溜所の建設も着工した。
こうした変化を前に、ニコルソンは問いかける。
「持続可能な産業の規模は、いったいどれくらいなのでしょうか。そしてこれからのウイスキー産業は、どんな条件によって定義されるべきなのでしょう」
偉大なウイスキーが商業的に成功を収め、初めて魅力的なブランドの物語が語られる。未来の物語は、決して計画などできない。
ケーシー・オーフレイムは2007年に自らの名を冠した蒸溜所を設立した。一度は経営を手放したが、やがて娘のジェーン・オーフレイムと娘婿のマーク・ソーフォードが所有権を買い戻して一族経営に復帰させた。
現在のオーフレイムは、タスマニアのウイスキーづくりの伝統が凝縮されたブランドであある。これからもユニークな商品を発売し、若い家族と一緒に成長していく計画だ。オーフレイムのウイスキーは、ポートワイン樽やシェリー樽など小さめの樽で熟成された原酒が多く、リッチで果実味に富んだニューメイクスピリッツが土台となっている。
限定商品の「フロック・ショッツ」シリーズは、アルコール度数43%のシングルモルトだ。リッチでオイリーな口当たりと甘い香味が特徴で、「フロック」とはボトリング時の加水による自然な曇り(ボトルを揺らすと現れて、やがてゆっくり消える)のこと。一般的にはチルフィルターで取り除かれる現象だが、オーフレイムはこの曇りをトレードマークにした。
家族の物語を話しながら、ジェーンは嬉しそうに微笑む。
「どう、おいしいでしょう? 」
父親が蒸溜所として使っていた小屋を出て、ジェーンとマークはホバート郊外の小さな工業団地へと移り住んだ。若い夫婦の経営手腕によってオーフレイムの業績は拡大し、創業者のケイシーから学んだ知識と経験を現在の設備投資にも活かしている。
マーケティングの才能に溢れるジェーンは、ニュージーランドの小売店でもオーフレイムのウイスキーを展開し始めた。ニュージーランドのウイスキー市場は近年になって進化し、より高品質でユニークな味わいを求める人々がタスマニア産のウイスキーにも関心を示している。ちなみにタスマニアのウイスキーメーカーは、最大手でも生産量が年間15,000~25,000本という中小企業の集まりだ。
後発のメーカーが新しい歴史を切り拓く
かつてオーフレイムでヘッドディスティラーを務めていたロブ・ポルミアにとって、ウイスキーづくりは幼少時からの探究心を発揮するのにぴったりの仕事だった。まず10年ほどラーク蒸溜所のクリス・トムソンに師事し、その後はオーフレイムで働きながら蒸溜技術を磨いてきた。だが2017年に焚き火を囲んでウイスキーを飲みながら、弟のティムが投げかけた夢のようなアイデアを実現しようと決意した。
そうやって誕生したウォーブスハーバー蒸溜所は、タスマニアで最も海に近い蒸溜所である。荒々しいタスマニア東海岸のビチェノに位置し、もともと牡蠣孵化場だった建物は海辺に映えるモダンな外観だ。波が蒸溜所を侵食するように打ち寄せ、潮気をたっぷり含んだ空気が流れ込んでくる。
ポルミアいわく、ここはタスマニアの他地域と比べても寒暖差が緩やかだ。海辺なので、海水温の影響を強く受けるためである。フェスティバルでは、いつも元気にモルトウイスキーを紹介するポルミアが印象的だ。家族経営のウイスキー生産者には、こんなパイオニア的な熱意が付き物である。
ウォーブスハーバーのフラッグシップ商品は、バーボン樽で熟成された後にフレンチオーク樽でフィニッシュしたモルトウイスキー。ほんのりと塩気を帯びた味わいが特徴だ。昨年2023年にはワールド・ウイスキー・マスターズで優勝し、潮目が変わりつつあるタスマニア産ウイスキーの新しい人気ブランドとして注目されている。
甘いバター風味や塩味のトフィーみたいな回香も、まさにタスマニアに来たことを実感させるような特徴だ。この香味自体、タスマニア産のウイスキーが伝統を継承しながら未来へ大きく一歩を踏み出している証でもある。
タスマニアのウイスキーは、新商品の発売数が一度に数百本と極めて少ない。だからほとんどのウイスキーファンにとって、この記事で紹介した蒸溜所やモルトウイスキーは依然として縁遠い存在だ。それでもウイスキーの未来を占う上で、まだ変化の途上にある極めて面白い場所であることは間違いない。新しい世界を切り開くために、大胆な冒険を後押しする宝の地図がタスマニアにはある。