離島での少量生産だから、品質にこだわる高級路線。だがタスマニアのウイスキーづくりは、多様化の一途を辿っている。

文:タッシュ・マッギル

タスマニア産ウイスキーとして(オーストラリア産ウイスキーとしても)、初めてワールド・ウイスキー・アワードのワールドベスト・シングルモルトを受賞したのは、創業から20年を経た2014年のサリヴァンズコーヴだった。同賞に輝いたオーストラリア産ウイスキーは、今でもこのサリヴァンズコーヴのみである。

サリヴァンズコーヴの経営理念は、ニューワールドウイスキーらしく「新しい香味のあくなき探求」だ。サリヴァンズコーヴでは、完全に同じウイスキーのバッチが存在しない。だからこそヘッドディスティラー兼蒸溜所長のヘザー・ティロットが率いるチームは、それぞれのバッチで使用する熟成樽を極めて慎重に選定しなければならない。

ホバート北部のベルグローブ蒸溜所は、ライ麦農家のピーター・ビグネルが創業した。独自のライウイスキーでタスマニアンウイスキーの地平を広げている。メイン写真もタスマニア・ウイスキー・ウィークに出展したベルグローブ蒸溜所。

選りすぐられた少量の原酒は、16年以上の熟成を許されて「オールド&レア」のラベルでリリースされる。サリヴァンズコーヴのシングルカスク商品は、500~600豪ドル(約5~6万円)で販売されることも珍しくない。創業した1994年以来、サリヴァンズコーヴは大型樽での長期熟成も続けている。そのため熟成ピークに達したシングルカスクウイスキーは、オーストラリア産ウイスキーの中でも最も希少なウイスキーとして認知されているのだ。

タスマニア産ウイスキーの多くは、オーク樽由来の香味を前面に押し出したリッチでオイリーな酒質を特徴としてきた。だが蒸溜所とウイスキーファンの両方が「バーボン樽熟成のウイスキーがあってもいいのではないか?」と問い始めたことで、タスマニア産ウイスキー全体に新たな波が押し寄せている。

タスマニアのシングルモルトウイスキーでは、蒸溜所によって大きく2種類のニューメイクスピリッツがある。ひとつはオイリーな口当たりと濃厚な風味で、果実味を前面に押し出したスピリッツだ。これはポートワイン樽などの熟成から得られるレーズンのようなドライフルーツ香と拮抗するための強度を重視したタイプだ。そしてもうひとつのタイプのニューメイクスピリッツは、新しい蒸溜所のいくつかで見られる軽やかなスタイルだ。こちらは同じフルーツ香でも柑橘系に傾いている。
 

熟成樽の幅を広げたホバート蒸溜所

 
ホバート蒸溜所は、目立たない倉庫の一角にあった。ラックに積まれた夥しい数の樽に囲まれ、奥には科学実験室のようなビーカーが並んでいる。こんな光景を目にすると、タスマニアにある他のウイスキー蒸溜所との違いに戸惑ってしまうかもしれない。だがすぐに、ジョン・ジャービス蒸溜所長の意図を正確に理解することになるだろう。つまりホバート蒸溜所のウイスキーは、そのすべてをタスマニア産ウイスキーとしてはまだ珍しいバーボン樽で熟成させているのだ。

ダミアン・マッキーが創業したハンターアイランドは、アイリッシュウイスキーの製法を取り入れたブランド。大麦モルト、未製麦の大麦、オーツ麦によるマッシュビルから、3回蒸溜によるポットスチルウイスキーを生産する。

バーボン樽は、穏やかなバニラやトフィーのような香味をウイスキーに授けてくれる。ややクリーミーでトロピカルなニューメイクスピリッツの酒質をうまく融合させれば、素晴らしい樽香とのバランスを引き出せる。

ジャーヴィス蒸溜所長は、このバーボン樽を熟成の基礎に位置付けながら、さまざまなタイプの成樽を躊躇なくフィニッシュ用に使用する。そのような探求の一例として、貴腐ワインの樽は複雑で甘美な後熟のオプションになる。イチゴ、トロピカルフルーツ、スパイス、そしてタバコなどの印象も内包した複雑な香味が得られるのだ。

ジャービス蒸溜所長は、余暇のナイフ造りを趣味とするような職人肌だ。だからこそ、ウイスキーづくりへの熱意にあふれている。「こんな楽しい仕事はありませんよ」と彼は言う。

バーボン樽を熟成に使い始めたのは、変化するタスマニアの象徴だ。このような新しい試みは他にもある。ホバート北部でピーター・ビグネルが創業したベルグローブ蒸溜所は、サステイナビリティを体現したウイスキーづくりで注目されている。ビグネルはもともとタスマニアの穀物農家だったが、2008年に大豊作となったライ麦からウイスキーをつくってみた。そして今日に至るまで、彼のライウイスキー蒸溜所は大成功を収めている。

ベルグローブ蒸溜所がユニークなのは、ライ麦へのこだわりだけではない。ビグネルが外部から蒸溜所の敷地内に持ち込むのは、数百メートル先の飲食店から運ばれてくる使用済みの食用油だけ。そして蒸溜所から外部に出ていくのはウイスキーだけである。それ以外のものは、例外なくすべて農場で栽培、加工、生成、リサイクルという循環サイクルの中に完結しているのだ。

アイリッシュスタイルの3回蒸溜では、タスマニアで最初の蒸溜所。トランスポーテーションを創業者したジョン・ハルトンは、ハンターアイランドのダミアン・マッキーからさまざまな助言を得た。同業者同士がノウハウを共有するのもタスマニアの特徴である。

ライ麦はマッシュタンからわずか数百メートルの農地で栽培され、使用後は羊の餌になる。使用しているスチルは、オーストラリアで唯一というバイオ燃料で加熱するタイプの蒸溜器だ。水は農場内のダムから冷却器に供給され、廃水は灌漑に再利用される。生産体制は小規模だが、蒸溜所を出入りするエネルギーが最小限に抑えられたクローズドな循環システムだ。

効果的なエネルギーでつくられたライウイスキーは、フローラルなハーブ香を放つ。口に含むとコショウ、チョコレート、バニラの風味が広がっていく。

ビグネルは魅力的な人物で、タスマニアウイスキーの歴史の一部にもなっている。サステナブルなライウイスキーづくりをやりたいと思い立ち、タスマニアの他のウイスキーメーカーにアドバイスを求めると、みな喜んでなんでも教えてくれた。実際のところ、タスマニアのウイスキー業界は世界でも有数の仲間意識で結びついている。これはビル・ラークが築いたといわれる伝統だ。

昨年のタスマニア・ウイスキー・ウィークで、ラーク蒸溜所のビル・ラークは創業者晩餐会に登壇してこの逸話に言及した。

「僕自身がウイスキーづくりを学んだときも、知識は隠さずに誰にも教えなさいと先人から言われたんです。でもタスマニア・ウイスキー・ウィークに参加するウイスキーメーカーがここまで増えるとは思わなかったので、今となってはちょっと教えすぎたかなとも思いますよ(笑)。でも方針を変えるつもりはないし、これからもただ自分が教えられたようにやっていきます」

ダーウェント蒸溜所、トランスポーテーション・ウイスキー(タスマニアで3回蒸溜を取り入れたポットスチルウイスキー)、ハンターアイランドなどの蒸溜所もこのディナーに参加していた。みんな婚活パーティみたいに相手を変えて熱心に語り合っていたのが印象的だ。ホバート蒸溜所のジャーヴィスも、世話役として忙しくテーブルのあちこちに顔を出していた。
(つづく)