ハリー・リフキン博士が率いるタトロック&トムソンは、スコットランドで1891年に創業した歴史あるコンサルタント会社。ワイン業界やスピリッツ業界に、科学データに基づいた研究や知見を提供している。

文:ガヴィン・スミス

 

旧来の透明な麦汁を使用したほうが、高品質なスピリッツが生産できる。ハリー・リフキン博士が発見した新しい事実は、1990年までに業界内の常識となった。当時はビール用酵母を使用しなくなったことで業界内のスピリッツ品質が向上したという説も信じられていたが、透明な麦汁の復権はそのような仮説も打ち消すことになった。

新しい研究結果を取り入れた蒸溜所は、モルトを粗めに粉砕するするようになったのだとリフキン博士は振り返る。

「それに加えて、蒸溜速度を細かくコントロールしながら、もとみと銅の接触を最大化できるように技術も進化して、正しいバランスの蒸溜が維持できるようになってきました。複数の要因が重なって、ウイスキー業界はカルバミン酸エチルの問題を解決できたのです」

蒸溜工程に科学的原則を応用することで、質量ともに望み通りの水準を達成することができる。それがリフキン博士の信念だ。博士いわく、1970年以前は濁った麦汁が優勢だったため、収率が思ったほど上げられなかった。それに低品質のビール用イーストが広く出回っていたため、発酵の効率も非常に低かったのである。

生化学や微生物学は、品質に決定的な影響を及ぼす。しかしかつてのウイスキー業界には、そんな科学の有用性に対する理解が乏しかった。発酵槽がバッチごとに正しく清掃されるようになったのも、科学者たちが現代的な殺菌技術を推進し始めてからの話である。さらに糖化工程における理想的な水温や、酵母による影響も研究されてウイスキーづくりは進化した。

糖化時の水温を測り、進歩した酵母を使用し、発酵槽も毎回清潔に保たれる。これで効率的な発酵を邪魔する要素はほとんどなくなった。このような慣行が一般化することで、収率は大幅に向上した。さらに大麦品種の改良によって、麦芽1トンあたりから生産できる純粋なアルコールの量も増えることになった。

 

新しい研究ニーズに応える

 

現在のタトロック&トムソンは、主にどんな仕事をしているのだろうか。リフキン博士によると、普段の作業はほぼルーティン化されているようだ。よくある業務としては、ガスクロマトグラフィーと質量分析を使用して、メーカーから託されたサンプル内で特有の化合物を識別する作業が挙げられる。

「毎日たくさんのサンプルが送られてきます。厳しい規制が敷かれている国へ輸出するのに、製品内の含有物が違反していないのかをモニタリングするのが主な仕事です」

2年前からスピリッツを生産しているラッセイ蒸溜所は、タトロック&トムソンのアドバイスを活かして発酵時の温度管理に力を入れている。メイン写真は、マッシュフィルターを導入したアイルランドのウォーターフォード蒸溜所。

ハリー・リフキン博士とジム・スワン博士が会社を買収した時期と比べれば、テクノロジーは大きく進化している。当時は1日に4種類のサンプルを処理し、1種類の実験をするのが精一杯だった。だが現在は、毎日約40種類ものサンプルを処理しながら、はるかに細かな分析もできるようになっている。それも、ここ20年ほどで分析機器が大きく進化したおかげだとリフキン博士は語る。

「英国にあるワインやスピリッツの会社なら、ほとんど全社と取引があります。その他にカリブ海地域のラムメーカー、米国のウォツカメーカー、カナダのウイスキーメーカーからも依頼があります。10人の分析官を中心にした分析チームが1つあって、そのうち2人は超ベテランという体制です」

タトロック&トムソンは、現在15〜16軒の蒸溜所に対して生産分析のサービスも提供している。大麦モルトの品質、発酵の効率、蒸溜工程の詳細などを週、月、四半期ごとに評価するのだ。特に最近は、設立されて間もないアイルランドの蒸溜所各社と共同プロジェクトを進めているようだ。

「何か新しいことに最初から参加できるのは嬉しいですね。ウォーターフォードのプロジェクトには、本当のスタート時から参画しています。旧ギネス工場を改装して、高品質なスピリッツをつくるという新事業です」

業務の大半は官能評価によるもので、会社では専門の「官能評価委員会」が組織されている。依頼者である蒸溜所(主に新設)を、最高水準の品質に到達させるようサポートするのが目的だ。官能評価委員会は、ニューメイクスピリッツや熟成済みのウイスキーを対象とする分析も請け負っている。分析の目的は、現在そこにある問題を検出することや、将来に顕在化してきそうな問題を事前に把握することだ。

 

マッシュフィルターの時代

 

マッシュタンの構造とスピリッツ品質の関連に詳しいハリー・リフキン博士だが、今や興味の中心はマッシュフィルターにあるようだ。マッシュフィルターは、ファイフのインチデアニー蒸溜所(スコットランド)やウォーターフォード蒸溜所(アイルランド)で採用されている設備。スコットランドで初めてマッシュフィルターを取り入れたのはティーニニック蒸溜所である。

リフキン博士いわく、マッシュフィルターからは極めて透明な麦汁を得られる。そのため超高品質なスピリッツをつくるのに不可欠な存在になりつつあるのだ。ただし、同様の高品質に到達する方法は、他にもいくつかあるという。

「イーストキルブライドのバーンブリーに設立されたばかりの蒸溜所と一緒に仕事をしているのですが、そこには理想的な設計のラウタータンがあります。浅型でワイドな形状が特徴で、そこにマッシュを変換する容器も組み合わされているため、透明な麦汁が短時間で得られるのです」
(つづく)