ハリー・リフキン博士が率いるタトロック&トムソンは、スコットランドで1891年に創業した歴史あるコンサルタント会社。ワイン業界やスピリッツ業界に、科学データに基づいた研究や知見を提供している。

文:ガヴィン・スミス

 

タトロック&トムソンを率いるハリー・リフキン博士は、近年特に力を入れている研究分野がいくつかある。そのひとつが、発酵工程での温度調整だ。

「発酵時の温度を調整する必要性は、以前ならほとんど問題になりませんでした。『夏のウイスキー』と『冬のウイスキー』が、かなり違うという状況は受け入れられてきたのです」

このような香味のばらつきの原因を減らすため、温度調整機能が付いた発酵槽が使われるようになった。これは蒸溜酒メーカーが発酵中の酵母の状態を最適化するための機能である。発酵開始から48時間が経つ前に温度が上昇してくると、2次的な乳酸発酵が促進される。このタイミングで温度調整が必要になるのだとリフキン博士が言う。

「フレーバーにとって大切なことなんです。これから新しい蒸溜所を創設する人が、発酵温度の調節機能なしで設備を揃えたら、ほとんど犯罪行為だと思っていますよ(笑)。年間を通してコンデンサーの冷水機の水温もしっかり調整できたら、さらに理想的です」

日々のルーティンに加え、現在タトロック&トムソンは樽材に関連した2件の大学院研究を請け負っている。かつてジム・スワン博士はタトロック&トムソンを退社して、2002年に自身の国際的なスピリッツコンサルタント会社を設立した。そのスワン博士が、ウイスキー生産の中で特に専門としていたのが熟成工程だった。リフキン博士は当時からの流れを振り返る。

「樽熟成に関しては、非常に重要な仕事をたくさん残してくれました。ジム・スワン博士が亡くなってから、樽材に関する専門知識の多くが失われてしまいましたね」

現在、タトロック&トムソンはワイン樽の役割について細かく調査しているところだ。その主要テーマは、有機硫黄化合物に関連するものである。ワイン樽は燻蒸消毒を目的として、内部に硫黄性の蝋を塗っている。これは細菌の増殖を抑えて、樽詰めされたワインへの影響を防ぐための慣習だ。これが後日、ワイン樽で熟成されたスピリッツの中に、有機硫黄化合物が顕在化する可能性を生み出してしまう。

「現在のところ、有機硫黄化合物を生み出す原因は3つあるのではないかと考えています。1つは樽に塗られた硫黄性の蝋。2つめはそこに詰められていたワイン。そして3つめはニューメイクスピリッツ自身に含まれる有機硫黄化合物です。この3つには野菜のような有機硫黄のアロマが含まれている可能性があります。有機硫黄化合物やフェインツ(後溜液)の特性について調査する関係から、伝統的な蛇管式コンデンサー(ワームタブ)と現代的な多管式コンデンサー(シェル&チューブ)の違いにも注目しています」

 

樽入れ時のアルコール度数を最適化

 

もうひとつの大学院プロジェクトは、樽入れ時のアルコール度数に関するものだ。樽のタイプによって、樽入れ時の最適な度数が変わるのかという研究である。

「セカンドフィル、サードフィル、時にはフォースフィルといった古樽を使用する際に、果たして63.5%という樽入れ時の度数が適切なのでしょうか」

樽熟成によるウイスキーの成分も重要な研究対象だ。ファイフのリンドーズアビー蒸溜所では、樽材を再活性化したSTR樽を使用している。メイン写真はタトロック&トムソンをハリー・リフキン博士に託したジム・スワン博士。

これもまた樽材の効果に関する研究のひとつだ。このような自らの問いに答えるため、リフキン博士は新しい技術やテクノロジーが役に立っていると説明する。

「誘導結合プラズマ質量分析(ICPMS)の導入によって、元素周期表を参照しながら各成分を分析できるようになりました。木材の中にあるカルシウムとマグネシウムの相関関係が、熟成にどのような影響を与えるのか研究しています。その木が育った場所や、土から吸収した成分も重要です。そうした分析的な観点から、テロワールというコンセプトについてさまざまなことを問い直しているのです」

日々の決まった業務もたくさんあり、研究対象となる新しい分野も広がりを見せている。そんな状況下で、タトロック&トムソンはかつてないほど多忙な時期に入ったようだ。研究ニーズに対応するため、業務の拡張も必要になってきたという。

「分子生物学の研究施設用に、2棟目のビルを建築している最中です。ここでは遺伝子組み換え化合物に関する研究が進められるようになります。またビル内には試験蒸溜所も設置し、スタッフ用の研究施設としても使用します。あらゆる条件で試験的な蒸溜を実施できる施設で、数年以内に完成する予定です」

今ではあらゆるウイスキーメーカーが、「伝統」や「手づくり」を強調したクラフトウイスキーの価値観を消費者に訴えている。たった1人がiPad上で生産管理をしている蒸溜所でも、そのような手づくりのイメージが大切なのである。だが一貫して高品質なウイスキーを生産し続けたいのなら、さまざまなレベルで科学的な知見を応用しなければならないのが現実だ。

だからこそ、ハリー・リフキン博士とタトロック&トムソンのスタッフのような才能あふれる科学者たちに感謝しよう。どこまでも厳格な事実を求める知性と、決して衰えることのない好奇心がウイスキーの香味を進化させてくれる。