韓国初のシングルモルトウイスキー蒸溜所【前半/全2回】
文:フェリーペ・シュリーバーク
真夏には40℃もの猛暑になり、真冬はマイナス20℃の寒さに凍えるという寒暖の差。そんな環境が、ウイスキーづくりに理想的だという説はにわかに信じがたい。だが韓国最初の本格的なウイスキー蒸溜所は、まさにそのような土地を選んで建設された。ここは大韓民国のナミャンジュ(南楊州)。ソウル中心地から車で30分ほど北東に行った場所にある。
スリーソサエティーズは、韓国初のシングルモルト蒸溜所だ。まだ設備は真新しく、最初のウイスキー製品「KI・ONE・タイガー・エディション」を9月上旬に発売したばかり。今後もさらに楽しみなプロジェクトやリリースを準備中であるという。所在地の特異な気候条件は、ウイスキーに重層的なフレーバーを加えてくれる。その味わいには予想外の要素もあれば、未来の成功を確信させる個性もある。
優れた風味のウイスキーをつくることが、スリーソサエティーズの目的ではない。事業を始めてから、蒸溜所のチームにはもっと大きなテーマができた。それは新しい「コリアンウイスキー」というカテゴリーの道標となるような前例を創造し、韓国文化の伝統を代表するような品質を完成させることだ。
スリーソサエティーズを創設したのは、CEOも務める韓国系アメリカ人のブライアン・ドーだ。クラフトビールの起業に成功し、そのビール会社を米国大手のアンハイザー・ブッシュに売却。その資金でウイスキー蒸溜所の建設に乗り出した。蒸溜所の建設を思い立ったのは5年前だったが、2020年6月15日に初めてのニューメイクスピリッツを蒸溜したことで、ようやく念願が成就した。
ブライアンのアイデアを見事に具現化してくれたのは、蒸溜所の設計と建設を手掛けたマスターディスティラーのアンドリュー・シャンドだ。グレンリベットのクーパー(樽職人)として1980年にウイスキー業界で働き始め、シーバス、ベン・ネヴィス蒸溜所、スペイサイド蒸溜所と渡り歩いた専門家である。その後も世界各地を転々としながら、新しい蒸溜所建設のプロジェクトを手伝ってきた。このスリーソサエティーズが彼の最新作ということになる。
スリーソサエティーズという蒸溜所名の由来には、アンドリューにも大いに関係がある。ブライアンが生まれ育ったアメリカ、アンドリューの母国であるスコットランド、そして蒸溜所の所在地やスタッフたちの母国としての韓国。3つの国の文化が融合して、新しいウイスキーを生み出すのが事業の目的だ。
スリーソサエティーズの生産量は、アルコール換算で年間25万Lほどである。ニューメイクスピリッツの生産工程は、ほぼスコッチウイスキーの慣例を踏襲している。だが設備はスコットランド以外の地域からも調達することにした。ポットスチルはスコットランドのフォーサイス社製だが、マッシュタンはドイツ製、ミルは米国製、それ以外のスチール製品やタンク類は中国製とまちまちである。原料の大麦は、スコットランドの製麦業者であるクリスプ・モルト社から仕入れている。
スコットランド流のスタイルに韓国らしさを加味
生産工程のポリシーは、すべて時間をかけてゆっくり進める。2トンのマッシュを6時間かけて糖化し、麦汁を急激に加熱することでスパイシーな風味を引き出す。発酵工程はとても長い120時間だ。蒸溜工程もゆっくり時間をかけることでスチル内の還流を増加させる方針である。
蒸溜所が生み出すニューメイクスピリッツの品質を、ブライアンはたっぷりの温かい韓国料理になぞらえている。
「このコンセプトは、最初のテスト蒸溜をする前からアンドリューと一緒に取り組んでいたことなんです。目指しているのは、韓国では初めての製品をつくながら、その新しい製品が韓国を表現していること。このような事業を手掛けるのは光栄でもあり、難しいことでもあります。例えば韓国料理の牛肉スープみたいに、スパイスの絶妙なバランスを目指さなければなりません。韓国料理には、たくさんの野菜料理が副菜として付いてきます。このような食事との相性も必要です」
ニューメイクスピリッツの香味構成は、スコッチウイスキーの特徴を反映させながらも、そこにひねりを加えたものであるとアンドリューは言う。
「古いグレンリベットのようなスタイルをイメージしました。かつてのグレンリベットには、素晴らしいスパイスがあったんです。そこに豊かな果実感があるような、ハイランドとスペイサイドの融合を表現しつつ、明確な韓国らしさも盛り込みたいと考えました」
美味しい韓国料理からのインスピレーションの他に、生産地の気候ももまたスリーソサエティーズのウイスキーにユニークな特性を授けてくれる。年間を通したナミャンジュ(南楊州)の気温には、真冬と真夏で60℃もの落差がある。このような寒暖差は生産と熟成のプロセスに影響を及ぼすし、特に夏季の冷却には工夫を凝らさなければならない。
暑い夏には、生産用の設備を冷却して温度を下げるのに莫大なエネルギーを消費してしまう。逆に真冬はコンデンサーの内部が凍りついてしまうこともある。「何もしなければ、夏と冬でまったく異なったフレーバーのスピリッツが出来上がってしまいますよ」とアンドリューは言う。
暑い気候の中でウイスキーをつくっている蒸溜所といえば、インドや台湾を思い出す。このような地域でウイスキーを熟成すると伝統的なウイスキーの産地よりもはるかに大量の揮発が起こる。アンドリューによると、韓国での1年は英国の5年にも匹敵するのだという。
だが同じアジアの暑さを夏に経験しながら、インドや台湾のような熱帯地方とは異なり、韓国では冬に気温が著しく下がる。この点で、スリーソサエティーズのウイスキーは台湾のカバランとまったく異なる特性を備えることになるのだとアンドリューは説明する。
「カバランはスリーソサエティーズと同様に暑い夏を経験しますが、冬はせいぜい15℃くらいまでしか気温が下がりません。しかしここ韓国ではもっと寒くなるので、気温の低下から樽が大きく影響を受けます。その結果、ウイスキーは本当にユニークな要素を体得できるのです。さまざまなフレーバーが、まるで樽香に浸かり込んでいくような印象。今まで一度も経験したことのない境地で、本当に驚かされています」
(つづく)