規制がゆるくクリエイティブな実験ができる反面、ウイスキーへの酒税が高い韓国。アントレプレナーと大企業が本格的なウイスキーづくりに乗り出し、世界でも珍しいウイスキーブームを生み出しつつある。

文:フェリーペ・シュリーバーク

 

スリーソサエティーズが初めて発売した「KI・ONE・タイガー・エディション」は、1,506本のボトルでアジアと米国の市場に供給された。これは好奇心旺盛なウイスキーファンたちが、スピリッツの出来栄えを吟味できる企画ものである。販売されたボトル数は、最初のスピリッツ蒸溜された記念日の6月15日(15/06)にちなんでいる。

高品質なモルトウイスキーの生産ノウハウを熟知しているマスターディスティラーのアンドリュー・シャンド。本場スコッチの流儀をもとに、コリアンウイスキー独自の風味を表現しようと実験を重ねている。

オーク新樽で13ヶ月間熟成されただけだが、限定品のラベルには「シングルモルトウイスキー」という記されている。韓国の酒税法では、オーク樽に1年以上熟成すればウイスキーと名乗れるのだ。米国、香港、シンガポール、日本、台湾への割り当て分はもう完売した。CEOも務める韓国系アメリカ人のブライアン・ドーは、このような需要の高まりに嬉しい悲鳴を上げている。

「もっと数を増やして発売してほしいというご要望もいただきますが、まだそんなにリリースする時期ではありません。ただコアなウイスキーファンやウイスキー関連メディアに経過をお知らせして、数年先のウイスキーの品質を予測してもらうためのリリースなのですから」

数年後の本格的なウイスキー発売に先駆けて、スリーソサエティーズのチームはいくつかのプロジェクトを準備している。どれも現在取り組んでいる熟成行程の実験を表現した内容になる予定だ。コアレンジのウイスキーである「KI・ONE」(韓国語で「創生」や「期待」を意味する言葉)をバーボン樽、シェリー樽、オーク新樽のコンビネーションで熟成したウイスキーが2023年に発売される。

コアレンジが発売されるまでの間に、「タイガー・エディション」に続いて「イーグル・エディション」と「ユニコーン・エディション」の発売も予定されている。韓国産のオーク樽2種類で熟成中のスピリッツが、どんな仕上がりを見せてくれるのだろうか。マスターディスティラーのアンドリュー・シャンドも楽しみにしているようだ。

「これらの樽で熟成したウイスキーがどうなるのか、まったく予想できません。だからこそ、本当に楽しみなんです」

珍しいアプローチの例は他にもある。ブライアンは蒸溜所のマーケティング部長を務めるキム・ユビンに頼んで、ラズベリーから造る韓国ワイン「覆盆子」(ボクブンジャ)の熟成樽を調達した。まだ4ヶ月ほど熟成してみただけだが、その成果に大喜びしているのだという。

 

ムーブメントを起こして税率の改正を目指す

 

スリーソサエティーズでは、ジンを蒸溜していた小型スチルを使って、ライウイスキーやバーボン風のコーンウイスキーもつくっている。この原料となるライ麦やコーンは、蒸溜所が自前で栽培したものだ。韓国のゆるい規制のおかげで、ウイスキーの定義には幅がある。熟成中の樽内にさまざまな果実やスパイスを入れて成分を滲出させることも、ウイスキーという製品カテゴリーの枠内でできるのだ。アンドリューは不可能と思われていたありとあらゆる実験に挑戦しようと意気込んでいる。

「ここはスコットランドじゃないから、制限や限界というものがない。新しいウイスキーをつくるのに素晴らしい環境なんです」

その一方で、韓国でのウイスキーづくりにはそれなりの困難もある。韓国で販売されるウイスキーには極めて高額の酒税が適用されるため、スリーソサエティーズが生産したウイスキーの70%は国外に輸送される。蒸溜所にとっては、韓国以外の市場で販売するほうが収益を見込めるのだ。だがブライアンは、いずれこんな状況も変わってほしいと願っている。

極端な寒暖の差が、ウイスキーの熟成を加速してくれる。オーソドックスな樽熟成に加え、韓国ワイン「ボクブンジャ」などの樽も使用してユニークな風味に仕上げる。

「ウイスキーへの思い税率を軽減してもらえるように、韓国内の法改正を働きかけているところです。もしそれが実現したら、国内での販売量も間違いなく増やすようにしたいと思っています」

新型コロナウイルスの影響を受けた企業は、スリーソサエティーズだけではない。だがこれまでイベントやテイスティングなどが満足に主催できなかったことで、韓国のボタニカルを滲出させた最高級シングルモルトジン「ザ・チュンワン」の販売も制限されてしまった。短期のキャッシュフローを確保するためにジンを生産する新興ウイスキー蒸溜所は多いが、スリーソサエティーズはコロナ禍の煽りによってその目論見も外れてしまったのだ。

それでもブライアンは、さまざまな理由から未来に希望を持っている。コリアンウイスキー市場にライバルが出現しそうなことさえ、好ましいことだと喜んでいるのだ。韓国の大手酒造メーカーが、すでにウイスキー蒸溜所の新設に着手している。だがスリーソサエティーズは、大手のライバルよりも2〜3年ほど先を行っているというのがブライアンの見解だ。これから起こるであろう市場競争のことは恐れていない。むしろコリアンウイスキーという新しい分野が隆盛することで、そこに参入するすべての蒸溜所が恩恵を受けることになると見ているのだ。

「今は上げ潮の流れを加速させて、そこに参入するすべての船を浮揚させる時期です。大手企業が手掛ける蒸溜所であれ、ともかくメーカーの数が増えるということは酒税法の引き下げに関する交渉力も強まるということ。さらには、生産工程などのルールも確立していけるチャンスになります」

韓国で初めてのウイスキー蒸溜所という立場にあるスリーソサエティーズは、韓国らしいアロマやフレーバーを提案するという新たな責務を担っている。数年後には、その風味が世界中のウイスキーファンたちを楽しませることになるだろう。アンドリューは、スリーソサエティーズを韓国文化の輸出になぞらえている。

「世界的なブームになっているKポップのように成功させたい。コリアンウイスキーも有名になって、これまでの価値観をひっくり返す存在になりたいですね」