世界から見たジャパニーズウイスキーの現在
5月13日と14日の2日間、東京ドームシティ・プリズムホールで開催された「東京インターナショナルバーショー + ウイスキーエキスポジャパン2017 ~バーサミット~」。特別ゲストとして招かれたデイヴ・ブルーム氏が、ジャパニーズウイスキーに関する最新の分析を披露した。
文:WMJ
「東京 インターナショナル バーショー」は、世界的なバーテンダーのデモンストレーションや国内外の貴重なドリンクを体験できるバー業界最大級のイベント。2012年にアジア初のバーショーとなる「東京 インターナショナル バーショー」を「ウイスキーライブ」と共催して以来、東京ミッドタウン、ベルサール渋谷ガーデン、東京ドームシティ・プリズムホールと会場を移しながら成長を遂げてきた。
今回のバーショーのサブタイトルは「バー サミット」。カクテル、ウイスキー、各種スピリッツ、道具やグラスなどの巨匠やリーダーたちが集い、バー業界のビッグウェーブが体感できるイベントとして多彩なコンテンツが用意された。
ウイスキーファンが特に注目したのは、ゲストとして招聘された世界的ウイスキー評論家のデイヴ・ブルーム氏による講演。熱狂的な観客が取り囲むなか、独自の視点から「ジャパニーズウイスキーの10のトレンド」を披露してくれた。以下はその内容である。
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ジャパニーズウイスキーの10のトレンド
デイヴ・ブルーム
トレンド1:日本とスコットランドの関係
ご存じの通り、日本のウイスキーづくりは竹鶴政孝とスコットランドの関係から出発しています。しかし同時に、ジャパニーズウイスキーはスコッチウイスキーとの相違点も意識していました。食中酒として飲まれる必要があると考えた鳥井信治郎のように、英国とは異なる条件を自覚していたのです。スコットランドでは世界一のスコッチウイスキーをつくり、日本では世界一のジャパニーズウイスキーをつくればいい。そんな認識を早期に持てたことが、現在の発展の礎になっています。
トレンド2:過去からの学習
日本のウイスキー業界には、興味深い転換点がいくつかあります。特に1989年の酒税改正以降、ウイスキー業界にはある種のパニックが起こりました。消費量が増える一方で、どんどん軽いタイプのウイスキーが好まれるようになり、やがて低迷の時代に入りました。トレンドの後追いをするのではなく、市場をリードしていく主体とならなければ生き延ることができません。未来へ進むには、確固たる原則を持たなければならないことを日本のウイスキー関係者は学びました。
トレンド3:新興メーカーの登場
新設と再稼働を含め、新しい蒸溜所がジャパニーズウイスキーのバラエティを広げています。蒸溜所数が減少してから一気に業界が衰退したアイルランドの例を見ても、生産者が増えるのはとにかく歓迎すべき現象です。新しいメーカーは、必ず重要な問題をみずから問いかけます。我々は何者なのか。どんなスタイルが相応しいのか。日本らしいウイスキーとはどのようなものか。そのような問いを通して、彼らはジャパニーズウイスキーの新境地を切り拓いていくでしょう。
トレンド4:ウイスキーマスターからの学び
日本は福與伸二さん、佐久間正さん、田中城太さんといった現役のウイスキーマスターに恵まれています。彼らはみなウイスキーに関する幅広い知識と経験があり、生産プロセスとフレーバーの相関についても深く理解しています。このようなトップクラスの人々が意見を交換する「和」の精神によって、日本のウイスキー業界は発展してきました。マスターたちの確固たる知見を土台にして、新しい革新的なウイスキーを生み出す環境も醸成されます。
トレンド5:万能性と革新性
スコットランドとは異なり、時として伝統とは完全に異なったアプローチを始めるのも日本の特徴です。ウイスキーづくりでもっとも大切なことは何かと尋ねると、スコットランドのメーカーなら「一貫性」と答えます。それに対し、日本のメーカーの多くは「継続的な品質の向上」と答えるでしょう。このような「カイゼン」の意識は、非常に大きな特徴なのです。伝統とは、すなわち過去の革新のこと。変わらない者はいずれ廃れます。ジャパニーズウイスキーが成功した理由もここにあるのです。
トレンド6:日本のテロワール
生産地、周囲の環境、原料の出自などへのこだわりが、その土地でしか成し得ないユニークなウイスキーづくりを可能にします。テロワールへの視点は、これからますます重要になってくるはず。地元産の大麦や樽材を使用して、アイデンティティの確立を模索する新興の蒸溜所がすでに存在します。誠実で持続可能な生産体制は、世界的に見ても重要なポイント。日本のウイスキーメーカーは、日本のテロワールに対する海外からの関心に応える必要があります。
トレンド7:グレーンウイスキー
グレーンウイスキーには、第2のシングルモルトのような新ジャンルを確立できる潜在力があります。シングルグレーンウイスキー「知多」を発売したサントリーの知多蒸溜所。ニッカウヰスキー宮城峡蒸溜所のカフェスチルから生み出される「カフェグレーン」。富士御殿場蒸溜所で生産される高品質な3種類のグレーンウイスキー。現在、日本はグレーンウイスキーの分野で世界をリードしており、スコットランドがその後を追いかけている状況です。
トレンド8:新世代のウイスキー文化
スコッチウイスキーの世界でも、若い世代の人材不足が問題になっています。秩父蒸溜所のスタッフには若手が揃っていますが、これは極めて重要なこと。ウイスキーづくりだけでなく、新しいウイスキーの楽しみ方を提案するバーテンダーにも新世代の人材が必要です。そしてもちろん、ウイスキーの消費者層も同様。ウイスキーが老人の飲み物だと思われてしまうようではいけません。新興のウイスキーメーカーは、この問題を理解してすでに行動を始めています。
トレンド9:ウイスキーと食事のマリアージュ
ウイスキーを日本食にマッチングさせる努力は、さまざまな形でおこなわれてきました。どこでもハイボールが飲める状況を作ったことで、日本のウイスキー消費は大幅に伸びています。ミシュラン2つ星レストラン「梁山泊」で、ウイスキー懐石を出している橋本憲一さんのような例もあります。世界のウイスキー関係者は、以前よりも舌触りや「ウマミ」のことを考えるようになりました。食事との組み合わせに関して、日本はスコットランドよりもはるかに先を進んでいます。
トレンド10:伝統工芸との関わり
ウイスキーと伝統工芸。いったい何の関係があるのかと思われるかもしれませんが、深いつながりがあるのです。和紙、錫細工、手摘みのお茶など、日本では時間のかかる丁寧な手仕事が健在です。そして伝統工芸士の考え方や哲学には、ウイスキーづくりとの共通点がたくさんあります。自然と関わり、最高品質にこだわり、驕り高ぶることなく伝統を守ること。そのような態度が、新しい壁を打ち破る革新の土台にもなります。伝統工芸とウイスキーは、シナジー効果が期待できるでしょう。
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デイヴ・ブルーム氏は、ウイスキー界屈指の日本通として知られる評論家。かつてはウイスキーマガジン・ジャパンの編集長も務めた経歴もあり、今年10月には初めてのジャパニーズウイスキー専門書『The Way of Whisky: A Journey Around Japanese Whisky(ウイスキー道)』を出版する予定だ。
日本のウイスキー業界は新時代に突入している。昨年だけで7軒もの新しいウイスキー蒸溜所が建設されたが、新進メーカーの多くが参考にした生産拠点がアイラ島のキルホーマン蒸溜所だ。同社セールスマネージャーのピーター・ウィルズ氏も、バーショー会場でコメントを寄せてくれた。「キルホーマンでは、大麦の生産量を増やし、新しいモルティングフロアを建設し、キルンを拡張することで生産量を最大40万L程度までに増やそうとしています。キルホーマンを訪ねてくれた日本の皆様が、新しい蒸溜所を建設しているのは私たち自身の達成でもあります。それぞれの挑戦は、ウイスキー業界にとって素晴らしいニュースですね」
「東京インターナショナルバーショー + ウイスキーエキスポジャパン2017 ~バーサミット~」の入場者数は、前回を上回る11,200人(2日間の合計)。今後のイベントの広がりと、バー文化のさらなる隆盛に期待しよう。