ウイスキーファンにとって史上最高の時代
文:WMJ
酒類業界のビッグイベント「東京 インターナショナル バーショー」は、ウイスキーファンにとって見逃せない恒例イベントだ。各ブースでのテイスティングもさることながら、メインステージやマスタークラスでは世界トップレベルのつくり手や識者から貴重な学びが得られる。
オフィシャルエグゼクティブを務めるウイスキー評論家のデイヴ・ブルーム氏は、主著の『ワールド・アトラス・オブ・ウイスキー』を定期的に改訂している。最新版に向けた編集も、いつものように各蒸溜所の内容をアップデートするつもりだった。だが業界全体の急激な変化を前に、全面的な書き直しを余儀なくされたという。
「かつてのウイスキー業界にはスコッチを頂点にした世界5大ウイスキーのヒエラルキーがあり、それ以外の地域には関心の低いファンも少なくなかった。今では評判のイングランド産ウイスキーも、十数年前のWhisky Live Tokyoで素通りされていたのを思い出します。でもそんな時代は完全に終わりました」
ブルーム氏が把握しているだけでも、世界のウイスキー生産国は43カ国以上。国別に見ても、フランスのウイスキー蒸溜所は100軒以上、オーストラリアでは250軒以上などと激増している。米国内のウイスキーメーカーはすでに2000社を超えているというから、驚くばかりだ。
「たくさんの国や地域で、新しいウイスキーづくりが始まっています。こんなに多彩なウイスキーがつくられるのは、人類史上で初めてのこと。ウイスキーファンは、まさに最高の時代を生きていると言えるでしょう」
世界各地の新しいウイスキー生産者たちは、原料、風土、技法もさまざまに異なる。だがブルーム氏はひとつの大きな共通点に気づいているのだという。
「スコッチの真似事はしない。生産地の風土を語るウイスキーがつくりたい。みんな口を揃えてそう言うんです。場所が違えば、ウイスキーの風味も大きく変わります。つまりテロワールの表現が、世界のウイスキーをめぐる共通の関心になってきました」
アイスランドでは、ピートの代わりに乾燥した羊の糞を使って製麦している。そしてナミビアでは、驚くことに象の糞で製麦したウイスキーもあるのだとブルーム氏は言う。
「このまま生産者が増え続けると、ウイスキーが需要を上回ってインフレ状態になる懸念もあるでしょう。でもみんなが世界各地の風土を生かしたウイスキーづくりに関心を広げていけば、楽しみはもっと広がります。世界のウイスキーをたくさん飲んで、最高の時代をさらに発展させましょう」
世界的なマスターが続々と来日
今年のメインステージでも、ウイスキーのつくり手やブランドアンバサダーたちが注目を集めた。最高峰のアメリカンウイスキーと称えられたミクターズ蒸溜所からは、マスターディスティラーのダン・マッキー氏が来日。ジャパニーズウイスキーを代表する輿水精一氏(サントリー名誉チーフブレンダー)と異色の対談に臨んだ。
おなじみサントリー、ニッカ、キリンの日本勢によるマスタークラスとメインステージも、例年通り大きな注目を集めた。ブッシュミルズ、ブルックラディ、グレンアラヒーのアンバサダーたちが、情熱あふれるプレゼンテーションで各ウイスキーの魅力を解説した。
今年のバーショーで特に話題になったのは、デュワーズ7代目マスターブレンダーのステファニー・マクラウド氏である。女性としては初めてのマスターブレンダーを2006年以来務め、今年からマスター・オブ・ザ・クエイヒにも任命されたスコッチを象徴する名ブレンダーだ。
「日本に来るのは初めて。初めての東京で、初めてバーショーの観客の皆さんと過ごし、会場の熱気とドリンクへの愛情に感動しています」
ウイスキーづくりや女性の活躍などをめぐるさまざまな質問に答えながら、観客と一緒に長期熟成のデュワーズをテイスティングしたマクラウド氏。マスターブレンダーのやりがいを問われると、グスタフ・マーラーの言葉を引用しながらこう語った。
「灰のような過去の栄光を崇拝するのではなく、受け継いだ火を絶やさずに今を照らし続けること。それがウイスキーの伝統を担う私のやりがいです」
記念ボトルの販売がなくなり、販売権を求める人々の狂騒は一段落。その代わりに、秩父蒸溜所と静岡蒸溜所が原酒を提供した記念ボトルの有料試飲が人気を集めた。またコロナ禍で開催中止となった「東京 インターナショナル バーショー 2020」の記念ボトルも「幻のボトル」として話題を呼んだ。
カクテル、ウイスキー、各種スピリッツ、ツール類などが一堂に会し、業界の巨匠やリーダーたちが集う「東京 インターナショナル バーショー 2024」。今年も東京ドームシティ・プリズムホールで、約14,500名の来場者(2日間の延べ人数)が特別な時間を過ごした。