アイラ島をはじめ、ヘブリディーズ諸島は個性的なウイスキーの宝庫。マル島で唯一の蒸溜所がトバモリーだ。4年がかりの改装が終わった生産現場をガヴィン・スミスが訪ねる2回シリーズ。

文:ガヴィン・スミス

 

ヘブリディーズ諸島のマル島にある、唯一のウイスキー蒸溜所。1798年に創設されたトバモリーは、スコットランドでも最古の歴史を持つ蒸溜所のひとつである。

トバモリーの過去が順風満帆だったとは言い難い。長期間にわたる閉鎖や度重なるオーナーの変更によって、その運営状態は不安定なことが多かった。そんな状態も、1993年にバーン・スチュワート・ディスティラーズが買収したときにようやく収束。マル島市街地の中心にある蒸溜所に、ようやく安定した経営体制が整ったのである。

マル島にあるトバモリー蒸溜所は、スコットランドでも最古の歴史を持つ蒸溜所のひとつ。(メイン写真は海上から見たマル島の眺め)

後にトリニダード資本のベンチャーキャピタル「CLファイナンシャル」の一部となるバーン・スチュワート・ディスティラーズは、シングルモルトの商品を「トバモリー」のブランドに統一し、それと並行してピーテッドモルトを使用したシングルモルトを「レダイグ」と呼ばれる新ブランドにまとめた。

この「レダイグ」とは、かつて蒸溜所が名乗っていたこともある旧名である。どちらのモルトウイスキーも、バーン・スチュワートが販売するスコッチブレンデッドウイスキーの主力商品「ブラックボトル」や「スコティッシュリーダー」の原酒として重宝されることになった。

バーン・スチュワート・ディスティラーズは、2013年に南アフリカでワインとスピリッツを生産するディステル・グループに買収された。そして4年前にトバモリー蒸溜所の営業が休止すると、ある噂が業界で取り沙汰されるようになる。ディステル全体の生産体制の中で、トバモリーは余剰資産とみなされているのではないか。蒸溜所がそのうち再び売りに出されるのではないかという噂だ。

 

ディステルの大型投資で生産体制を強化

 

だがそんな心配は、まったくの杞憂だった。ディステルは2年がかりのプログラムを組んで、蒸溜所のインフラとビジター施設の建設に投資をおこなった。 蒸溜所長のエレイン・マカダムが、その投資の内容について教えてくれた。

「休業期間中におこなわれた設備投資は、そこまで大々的なものではありません。トバモリー蒸溜所は、おおむね以前からみんなが知っている愛すべき蒸溜所のままです。ただし、いくつかの変更はおこなわれました。たとえば新しくジン用の蒸溜棟を建設しました。あとはウォッシュバックを4槽、スピリットスチル(再溜釜)を1基新調しています。またヘブリディーズ諸島の強烈な風に耐えるよう、新しい屋根も取り付けられました」

木製のウォッシュバック4槽を新調したトバモリー蒸溜所。生産のスタイルは、設備投資前とほとんど変わっていない。

休業期間中の工事について、マカダムは「そこまで大々的なものではない」と言っている。この表現には幾分の謙遜が混じっており、設備の増強はトバモリーの未来を約束するのに十分な変化だった。新しい木製のウォッシュバック、1対のスチル(古い1対のスチルも2015年に交換されたばかりだ)、インフラ整備などへの投資は、これから大きな意味を持ってくるだろう。

蒸溜所設備の強化は、ウイスキーだけが対象ではない。世界のジンブームにあわせて独自のクラフトジンをつくり始める蒸溜所も増えているが、トバモリーもそんな老舗スコッチウイスキーメーカーのひとつだ。蒸溜所の改築で加わった新しい蒸溜室には、「ウィー・メアリー(Wee Mary)」と名付けられた容量60Lのスチル(蒸溜器)がある。

このスチルは、ジンをはじめとする多彩なスピリッツを独自に蒸溜しようという判断で、ディステルが導入を決めたものだ。これまでに生産した「トバモリー ヘブリディーズ ジン」 には、地元マル島産のボタニカルはもちろん、トバモリー蒸溜所のモルトウイスキーに使用される麦芽原料のニューメイクスピリッツも加えて、まろやかでクリーミーな酒質に仕上げている。
(つづく)