タスマニア、北欧、インド、フランスなど、新しい生産地にもウイスキーファンたちが押し寄せる。ウイスキー観光には、旅する人間の欲求を満たす本質的な魅力がある。

文:マリー=イヴ・ヴェンヌ

 

スコットランドと米国は、ウイスキーの生産量と観光の充実度で世界をリードしている。だがウイスキー観光から恩恵を得ている国や地域は他にもある。人里離れた美しい地域で、ウイスキーのニッチな人気が観光客を呼び寄せ、ユニークな特徴で人々を魅了している例をご紹介しよう。

近年のオーストラリアは、南半球のウイスキー大国として頭角を現してきた。なかでもタスマニアは、その自然環境、歴史的な伝統、斬新な創造力を結集して世界最高級のウイスキーを生産している。

タスマニアには、毎年130万人以上の観光客が訪れる。その中でも特に成長著しい分野がウイスキー観光だ。多くの蒸溜所では、好奇心旺盛な初心者から愛好家までが楽しめるツアーやテイスティングを提供している。特に人気のある目的地は、ラーク蒸溜所、サリヴァンズ・コーヴ蒸溜所、キララ蒸溜所などだ。

ラークディスティリング社のホスピタリティ部門責任者を務めるダン・ナイトは、タスマニアで隆盛するウイスキー製造と観光業の役割について次のように語った。

「タスマニアには世界的なアワードを受賞するような素晴らしい蒸溜所がいくつもあり、新世代の革新的な生産者も育ってきました。タスマニアのウイスキーは、スコットランドの伝統と地元タスマニアの創意工夫が融合したもの。地元産の原料、気候、革新的な技術を駆使しながら、多彩な風味とスタイルを楽しめる場所になっています」

田舎町のウイスキー観光ほど、生産者に近い体験ができる。タスマニアのラーク蒸溜所もそんな場所だ。メイン写真もラーク蒸溜所の外観。

ウイスキー観光は、タスマニアにとって重要な経済の牽引役だとナイトは言う。雇用を創出し、地元経済に貢献する観光客を呼び寄せてくれるからだ。オーストラリア初の認可蒸溜所であるラーク蒸溜所の存在は大きい。原料の穀物からタスマニア産にこだわる「グレーン・トゥ・グラス」の理念は、タスマニアのウイスキーシーンを支える柱でもあるとナイトは言う。

「蒸溜所にとって、地域社会や自然環境とサステナブルな関係を確立させることも重要です。そんな意味でも、蒸溜所は文化のハブとして機能して、地域社会との関わりや雇用の機会を促進しているんです。タスマニアの自然を保護するため、責任ある生産工程も徹底しています。ラーク蒸溜所は、オーストラリアで初めてカーボンニュートラル認証を受けた蒸溜所になりました」

ブランドや商品の展開力において、デジタルプラットフォームは重要な役割を果たす。だが現場でしか体験できないリアルな価値が、ブランドの比類なき信憑性を担保するのだとナイトは考えている。

「訪問者は、ラーク蒸溜所の豊かな歴史と職人技をじっくりと体験します。土地とブランドの物語が支配する世界で、ウイスキーの価値を理解してもらえるのです。ラーク蒸溜所の伝統からオーストラリア独自のウイスキーづくりに触れ、思い出に残る旅を経験してもらうには、そんな物語の力が必要です」

ラーク蒸溜所の物語は、フロアモルティングによる製麦、糖化、発酵、蒸溜などを巡るガイドツアーで伝えられる。見学者はさまざまな種類のウイスキーを試飲し、大麦、酵母、水、樽材、気候などの要因が最終製品に与える影響も理解できる。

訪問者に物語を楽しんでもらうことで、ウイスキーとの間に感情的なつながりが生まれる。ウイスキーづくりに携わる人々への好奇心、情熱、感謝の念を呼び起こすのが物語の効能なのだ。

「訪れるお客さまに、ファミリーの一員であると感じていただきたい。タスマニアとウイスキーに対する私たちの愛情を持ち帰っていただきたいのです。その最良の方法がストーリーテリングだと思っています」
 

新興の生産地にも広がる楽しみ

 
スカンジナビアでも、ウイスキー観光は盛んだ。ノルウェーのミケンやスウェーデンのビャーレなどの小さな町に、地元特有の素材や製法を駆使して個性的なウイスキーをつくる革新的な蒸溜所がある。北極圏の離島にあるミケン蒸溜所では、ユニークな北極圏ウイスキーと島の絶景が体験できるテイスティング込みのツアーを観光客に提供している。

ウイスキー観光は、インドでも人気を集めている。特にゴア州とカルナータカ州では、熱帯気候と多様な植物相がウイスキーの熟成と風味に理想的な条件を生み出している。

12人の有志が無報酬で設立したミケン蒸溜所。ノルウェー本土から船で1時間半、北極圏では世界初の蒸溜所だ。

ゴアのポールジョン蒸溜所では、インド産の六条大麦と輸入ピートでシングルモルトウイスキーを製造している。インドのウイスキーづくりの秘密を探りながら、ポールジョンがつくるさまざまなタイプのウイスキーを味わってみたいと考える訪問者のために、ガイドツアーやマスタークラスを開催している。

カルナータカ州には、有名なアムルット蒸溜所がある。2000年代初頭に創設されたインドにおけるシングルモルトウイスキー製造のパイオニアだ。施設の見学やウイスキーの試飲、ブランドの歴史や伝統を学びたい見学者の訪問を歓迎している。

フランスもウイスキー観光の有力なライバルとして台頭している。フランス産のウイスキーは多様で革新的だ。数ある蒸溜所には、ワイン、コニャック、シードルといった他のアルコール飲料のメーカーも多い。それぞれの長い歴史と技術を応用して、独自のウイスキーを生み出している地域もあるのだ。

例えばブルターニュ地方では1900年代後半からウイスキーづくりが始まり、地元の大麦と水を使ったシングルモルトウイスキーが定着した。そのひとつがラニオンのヴァランゲム蒸溜所で生産される「アルモリック」で、すでに数々の国際的な賞を受賞している。

ヴァランゲム蒸溜所のウェブサイトによると、蒸溜所が迎える訪問客は年間約25,000人。ほとんどがフランス人だが、ベルギー、ドイツ、イギリスなど他のヨーロッパ諸国からの来客もある。ブルターニュ地方では7軒のウイスキー生産者が「ルート・デュ・ウイスキー」というネットワークを構築しており、ヴァランゲムも一員として訪問者に見学や試飲を提供している。
(つづく)