ウイスキーを楽しむ人たちにとって、ウイスキー観光は土地ごとの物語に出会う格好のチャンス。自然の恵みと人々の営みに感謝し、豊かな文化を享受する最高の体験だ。

文:マリー=イヴ・ヴェンヌ

 

スコットランドに話を戻そう。ハイランド地方のテインは小さな町だが、グレンモーレンジィやバルブレアなどの有名な蒸溜所を目指して毎年何千人もの観光客が訪れる。みな高品質なウイスキーだけでなく、町の歴史的な美観や風光明媚なドーノック湾の景色を目当てにやってくる。

インターナショナル・ビバレッジで、北米ブランドアンバサダーを務めるモーリス・シュヴァリエ4世。小さな町こそウイスキー観光が重要だと考えている。メイン写真はハイランドのテインにあるバルブレア蒸留所。

グレンモーレンジィのビジター体験は、卓越した蒸溜所の設備とあくなき実験精神を打ち出している。地元の自然環境や、地域住民たちとのつながりも実感できるのが魅力だ。アードベッグとグレンモーレンジィのナショナルブランドアンバサダーを務めるブライアン・シンプソンは次のように語っている。

「グレンモーレンジィのようなブランドを代表するのは、私にとって幸運な仕事です。初めて蒸溜所を訪れる人たちと一緒に、何度でもこの素晴らしいブランドの物語を体験できるのですから。蒸溜所の建物ひとつを取ってみても、ただ眺めているだけうっとりするくらい見事な美しさです」

スペイバーン、プルトニー、アンノックなどのスコッチブランドを抱えるインターナショナル・ビバレッジで、北米ブランドアンバサダーを務めるモーリス・シュヴァリエ4世もウイスキー観光の隆盛を喜んでいる一人だ。

「コロナ禍後のウイスキー業界は、世界全体で観光業の復活に喜んでいます。スコットランドでも特に辺鄙な場所に、大勢の観光客が押し寄せています。私たちの蒸溜所も、地域社会と密接に結びついて活動してきました。観光客が増えれば、雇用機会も増え、地元の製品やサービスに対する需要も高まります」

地域の経済と社会を発展させるため、インターナショナル・ビバレッジ傘下のウイスキーブランドはさまざまな取り組みを進めいている。例えばプルトニー蒸溜所は、英国で初となる地域暖房計画に参加。地元ウィックの町で約200軒の住宅と病院を含む公共施設に暖房の供給を始めた。
 

辺境の町にこそチャンスがある

 
未知の感覚を刺激しながら、文化的な体験も提供するのがウイスキー観光の魅力だ。インターナショナル・ビバレッジのシュヴァリエは、小さな町を訪れる人々とつながる文化的な意義を重視している。

「ウイスキー観光の意義を考えるときは、ウイスキーそのものだけでなく、物語、伝統、地域社会とのつながりも大切です。蒸溜所を訪れる人は、近所のウィック港まで足をのばすだけで、この地域の特異性を形作ったスコットランドの歴史も肌で感じられますから」

スコットランド本土の最北エリアにあるウィックで、独自のウイスキーづくりを継承してきたプルトニー蒸溜所。自然環境に配慮した取り組みを進め、地元の住宅や病院に暖房の熱源を供給している。

人気銘柄の「オールドプルトニー」は、海の塩気を感じさせる香味で世界中のファンに知られている。ウィックの歴史とウイスキーの塩気は、実際に感覚で理解できる魅力的な要素だ。ウィック城などの歴史遺産も、ウイスキー観光をさらに豊かなものにしてくれるのは間違いない。

バーチャルなツアーやテイスティングも可能な時代において、ウイスキー観光はそれを補う贅沢な体験として成長していくのだろうか。シュヴァリエはむしろ逆だと考えている。

現地でのウイスキー観光とデジタルテクノロジーは、対立するような関係ではない。むしろウイスキー観光が本来の体験で、テクノロジーはそれを補完するものだというのがシュヴァリエの意見だ。

「最新のテクノロジーは、現場でのウイスキー観光を補完するためにこそ存在します。世界中から訪れるウイスキーファンが、スコッチウイスキー蒸溜所のあらゆる魅力に没頭できる環境を高めてくれるのですから」

ウイスキーは、地域社会と文化の本質的なつながりを表現している存在だ。ウイスキーをめぐる物語は、土地、精神、蒸溜所を実地で知ることによって解き明かされる。

だからこそ、ウイスキー観光の目的地は単なる場所を超えている。ウイスキーの香味だけでなく、その一滴一滴に込められた物語を通して新しい世界が開けてくるのは素晴らしい。そんな未知の視点に出会う体験こそが、ウイスキー観光の醍醐味なのだ。