日本初の本格的なボトラーズ事業がスタート

May 13, 2021

シングルモルト通販のモルトヤマが、若鶴酒造・三郎丸蒸留所との共同プロジェクト「T&T TOYAMA」を始動させる。これは日本初の本格的なボトラーズ事業だ。クラフト蒸溜所の成長を支援し、ジャパニーズウイスキー全体の魅力を底上げする重要な第一歩となる。

文:WMJ

 

スコッチウイスキーの世界には、大きく分けて2種類の商品が存在する。ひとつは各蒸溜所が生産して販売するオフィシャル商品で、もうひとつはインディペンデントボトラー(独立系瓶詰業者)が販売するボトラーズ商品だ。たとえば同じアードベッグ蒸溜所のウイスキーでも、オフィシャル商品とボトラーズ商品が別々の会社から販売されている。

ボトラーズ商品は、シングルカスク(単一の樽原酒をブレンドなしでボトリングした商品)やスモールバッチ(ごく少数の樽原酒をブレンドしてボトリングした商品)が多く、販売数も少ないためマニアックなファンが買い求める。オフィシャル商品を販売する蒸溜所は、このようなボトラーズ商品を嫌がるどころか、信頼できるボトラーに喜んで原酒を委託するのがスコッチウイスキー業界の伝統だ。スコットランド最古のボトラーは、1842年から営業を続けている。

T&T TOYAMAの代表を務める下野孔明氏(右)と稲垣貴彦氏(左)。スコットランドと同様の仕組みで、ジャパニーズウイスキー業界の発展を目指している。

つくったばかりの原酒をボトラーに売ることで、蒸溜所は熟成前からキャッシュフローを安定させて本業に集中できる。この共存関係は、ウイスキー業界全体が不調な時代でも事業を存続する助けとなった。蒸溜所が100軒以上存在するスコッチウイスキー業界の繁栄は、ボトラーズ事業の伝統に下支えされてきた部分も大きい。

これまで日本では、閉鎖された蒸溜所の樽原酒を買い取って商品化する外国資本の業者は存在したものの、現存する蒸溜所とパートナーシップを結びスピリッツを買い取る国内資本のボトラーはなかった。だがこのたび、本格的なボトラーの誕生によってジャパニーズウイスキーは新しい時代に入る。

日本で初めての本格的なボトラーズ事業を開始するのは、富山県を本拠地とするT&T TOYAMAだ。代表はシングルモルト通販「モルトヤマ」店主の下野孔明氏で、パートナーは三郎丸蒸留所(若鶴酒造)の稲垣貴彦氏。日本各地のクラフト蒸溜所からニューメイクスピリッツを託され、県内に用意した自前の樽と独自の貯蔵環境で熟成する。

ジャパニーズウイスキーの未来を築く事業

下野氏と稲垣氏がボトラーズ事業を志したのは、2019年10月にスコットランドを訪問した時だったという。日本では蒸溜所が増えているものの、スコットランドと比べて歴史も浅く、産業として成熟していない。だからこそ、スコットランドのような産業構造が必要だと話し合ったのだ。

そのような思いで設立されたのが、T&T TOYAMAである。理想とするスコットランドの大手老舗ボトラーにならって、2人の頭文字をプロジェクト名に採用。まずは2020年にスコッチウイスキーのシングルカスク商品5種類(「ザ・ニンフ」シリーズ)を発売した。このたび本命であるジャパニーズウイスキーのボトラーズ事業について詳細を明かした。

富山県南砺市は、田んぼに囲まれて民家が点在する散居村。ここに木造建築の貯蔵庫を建築し、穏やかにウイスキーが熟成できる環境を整える。

新事業の意義について、下野氏が説明する。

「2020年には、ジャパニーズウイスキーが日本酒を抜いて日本産酒類の輸出金額で1位になりました。でもウイスキーの販売者として、この人気の加熱ぶりには危うさも同居していると感じています。ブームの先にある難しい時代にも、良質なウイスキーづくりを支えていきたい。ジャパニーズウイスキー業界が、スコッチのように長く発展できる仕組みを作りたいと考えていました」

軽井沢や羽生など、かつて良質なウイスキーをつくりながら閉鎖の運命を辿った蒸溜所がある。下野氏はボトラーという新しいプレーヤーが加わることでウイスキー生産のリスクを分担し、メーカー、消費者、バーテンダーなどのさまざまな関係者にメリットを生み出したいと考えた。北陸唯一のウイスキー蒸溜所を運営する稲垣氏の思いも同じだ。

「原酒を交換し、設備を共有し、人材も交流させる。小規模なメーカーも多かったスコッチウイスキーが、一大産業に発展した背景には相互扶助の精神がありました。日本の新しいクラフト蒸溜所は、資金力で既存の大手メーカーに太刀打ちできません。でもスコットランドのように互いを助け合えば、多様性を育んで業界全体も大きくなれるはず。ジャパニーズウイスキーの定義が明確化された今、ルールだけではなく業界全体を発展させる仕組みも必要だと考えています」

スピリッツの熟成前にキャッシュが得られれば設備投資のサイクルも上がり、蒸溜所はウイスキーの品質をより高められる。ボトラーズ事業のプラットフォームには、ウイスキーに対する深い造詣があり、意欲や資本をもつ酒屋や海外のボトラーなどをプレーヤーとして呼び込む機能もある。また、T&T TOYAMAが提供するボトリングや貯蔵庫の機能は、これから創業するクラフト蒸溜所にも初期コスト削減のオプションになるだろう。

風土を活かした熟成でオフィシャル商品と差別化

原酒は厳選された日本のクラフトウイスキー蒸溜所から購入し、富山県南砺市に建設する貯蔵庫で熟成する。周囲は田んぼに囲まれて民家が点在する散居村だ。年間を通して湿度が保たれ、寒暖の差もゆるやかな熟成である。貯蔵庫は断熱性と調湿性が高いCLT(直交集成板)の木造の壁面を採用し、3000本程度の樽が収容できる。

今でも大勢の職人が住む井波で、「焙煎バーボン樽」を製作中。直火のチャーではなく、じっくりトーストしてまろやかな樽香を引き出す。

熟成に使用するのは、自社で用意したオリジナルの樽だ。その一例が、井波の樽職人による「焙煎バーボン樽」。これはバーボン樽の内側の炭化層を削り落とし、じっくり丁寧にトースティングを施したもの。制作には絶妙な温度調整が必要で、通常のチャー樽よりもまろやかな樽香を授けてくれるのだと稲垣氏は説明する。

「南砺市の井波地方には、木工を中心とする職人たちの長い伝統があります。熟成中の樽に不具合が生じたとき、即座に修繕や製造ができる職人は欠かせません。南砺市には三郎丸蒸留所と提携する樽工房があり、職人が現地産のミズナラ樽も製造しています」

独自の貯蔵庫と樽にこだわる理由について、下野氏は次のように語った。

「富山の独自の貯蔵庫と樽で原酒を熟成させる事により、蒸留所の貯蔵庫での熟成とは異なった熟成の影響を受けるので、商品を差別化できます。また、香味の違いだけでなく共通点を見出すことで、蒸溜所のハウススタイルもより明確になってくるはず。だから蒸溜所とは違う樽に入れ、違う場所で熟成することに大きな意味があります。たとえば暖かい南九州の原酒を雪国で曇りの日が多い富山で熟成させたら、どんな違いが現れるのか? ウイスキーファンとしても、楽しみは尽きません」

貯蔵庫では常に熟成の度合いを見極め、風味の調和がピークに達した時点でボトリングする。主軸となるのは、シングルカスク(ブレンドなし)、カスクストレングス(加水なし)の商品だ。このたび発表されたプロジェクト『Breath of Japan(日本の息吹)』には、江井ヶ嶋蒸溜所(兵庫県)、尾鈴山蒸留所(宮崎県)、御岳蒸留所(鹿児島県)、嘉之助蒸溜所(鹿児島県)、桜尾蒸留所(広島県)、三郎丸蒸留所(富山県)が参加している。みな長期的な提携を約束したパートナーだ。

このプロジェクトは、公開中のクラウドファンディングによって支援を募っている。メニューは「T&Tプレミアムメンバーシップ」と「蒸溜所一口カスクオーナー」のセットが55,000円から。商品のリリースは2025年以降になるが、関連グッズの発送は今年の秋からスタートする。プレミアムメンバー向けには、設立パーティーへの参加や熟成期間中のイベント特典なども多数計画されている。

多様化するジャパニーズウイスキーに、またひとつ大きな転換点がやってきた。その画期的な第一歩となるボトラーズ事業に注目していきたい。

 

世界初!ジャパニーズウイスキーボトラーズ設立プロジェクト
日本で初めての本格的なボトラーズ事業を開始するT&T TOYAMA。その始動プロジェクトとなる『Breath of Japan(日本の息吹)』の詳細はこちらから。

 

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