日本のボトラーにできること

April 6, 2023

日本各地の小規模蒸溜所に寄り添い、ジャパニーズウイスキー業界全体の隆盛を支えたい。日本初の本格的なボトラーズ事業「T&T TOYAMA」は、最新鋭の熟成庫とコンサルティングでその役割を強化している。共同代表の下野孔明氏と稲垣貴彦氏に近況を聞いた。

文:WMJ
写真:チュ・チュンヨン

 

スコッチウイスキーには、19世紀から続くインディペンデントボトラー(独立系瓶詰業者)の歴史がある。各蒸溜所のオフィシャル商品とは異なり、外部業者が蒸溜所から樽単位で購入したウイスキーを独自銘柄で発売する伝統だ。シングルカスク(単一の樽原酒だけでつくられたウイスキー)などのボトラーズ商品に、希少価値や特別感を見出すファンは多い。

日本初の本格的なボトラー「T&T TOYAMA」が、下野孔明氏(モルトヤマ)と稲垣貴彦氏(三郎丸蒸留所)によって設立されたのは約3年前のこと。本場スコットランドで原酒を買い付けた「ザ・ニンフ」と「ワンダー・オブ・スピリッツ」のシリーズで、これまで約50種類のシングルカスク商品を発売してきた。ユニークで高品質な原酒選定は、バーテンダーやウイスキー愛好家から支持されている。

現地で買い付けるスコッチウイスキー商品は、すでに約50銘柄を発売。利益はジャパニーズウイスキー関連の事業を支える。

だがT&T TOYAMAを設立した真の狙いは、急成長するジャパニーズウイスキー業界を安定的に成長させるためだと稲垣氏は言う。開業したての蒸溜所から熟成前のニューメイクスピリッツを買い取れば、キャッシュフローが厳しい時期を乗り切れる。ボトラーがハブとなってノウハウを共有すれば、時代の変化にも適応できる。

ジャパニーズウイスキーの輸出額は、昨年の実績で約560億円。2020年から日本酒を抜いて酒類部門のトップに立ち、農産物全体でもホタテに次ぐ第2位だ。蒸溜所の数が100軒を超えるのも時間の問題だろう。人気の過熱から、ウイスキーファンをミスリードするような投機話もSNSで飛び交う。日本洋酒酒造組合がジャパニーズウイスキーの自主基準を制定した一方で、ここからがスタートだと稲垣氏は考えていた。

「スコッチ業界のように発展するには、日本にもボトラーズ事業が必要だと考えていました。ウイスキーは長期的なビジネスであり、単一の蒸溜所でできることには限界がある。キャッシュフローを助け、熟成庫の不足に対応し、ノウハウを共有しながら、業界全体を発展させる仕組みのワンピースになりたい。その準備が、やっとできたところです」

もともとウイスキー好きが高じて事業を始めた下野氏も、ボトラーズ事業者に求められる役割の大きさを実感するようになったという。

「国際情勢の影響で原料や資材の流通が滞り、スコッチウイスキーの価格は高騰しています。投機的な一過性のブームに流されず、あくまで上質なウイスキーを市場に届けるのもボトラーの役割。商品を通して蒸溜所同士をつなぎ、生産者側がみんなでレベルアップできるようにお手伝いするのが喫緊の課題です」

全国の蒸溜所に足を運び、生産設備や風味について正しく理解する。各蒸溜所のシングルカスク商品「T&T TOYAMAコレクション」は、オフィシャル商品と異なった魅力も引き出している。ニューメイクスピリッツを買い取り、新設の熟成庫で貯蔵する「ブレス・オブ・ジャパン(日本の息吹)」も進行中だ。

自前の熟成庫と樽を用意するには、大きな投資が必要だ。だがボトラーズ事業の意義に賛同する心強いサポーターたちがいた。2年前に実施したクラウドファンディングでは、目標額をはるかに超えた4,000万円を調達。スタート時は6社だった原酒の供給元も、現在は11社にまで増えている。
 

世界でも類を見ない最先端の熟成環境

 
⽇本におけるボトラーズ事業は、これから国内外の企業が参入して活発化していくだろう。だが⾃社で専用の熟成庫と熟成樽を用意しているボトラーはT&T TOYAMAだけである。

自慢の熟成庫を見るため、富⼭県南砺市井波に向かう。古来より宮大工が住み、木彫の伝統が根付いた地域だ。そんな井波の職人たちが「三四郎樽工房」を設立し、洋樽の加工と再生を始めたのは約4年前のこと。難易度の高い現地産のミズナラヘッド樽も製造できる。ここなら熟成中の樽に漏れが起こっても安心だ。

ラック式とダンネージ式の併用で、熟成庫には約5,000樽を収容できる。断熱性に優れた木材に囲まれ、貯蔵庫自体が巨大な樽のようでもある。

昨年4月に完成した「T&T TOYAMA 井波熟成庫」は、安定した環境での長期熟成を念頭に置いて設計されている。シンプルな外観からは予想できないほど贅沢な木造建築だ。強度の高いCLT(直交集成板)で壁面を覆い尽くし、巨大な木製容器ともいえる内部空間を造り上げている。建材として使用されたスギやヒノキの多くは富山県産だ。

多孔質の木材は断熱性が高く、コンクリートの約10倍、鉄の約400倍もある。熟成庫内の環境は常時モニタリングされており、温度と湿度の波がほとんどない。昼と夜も一定で、夏は涼しく冬は暖かい。天井付近と地面付近のばらつきもほぼ皆無だ。空調は使わず、必要なときだけセンサーに反応して冷気を取り込む。スコットランドのように穏やかな環境での長期的な熟成をサステナブルに実現している。

エネルギーを浪費せずに、ここまで安定した環境を保てるエコな熟成庫は世界でも類を見ないだろう。建坪887.8平米に、ラック式とダンネージ式で最大5,000本の樽を貯蔵できる。現在熟成中の樽は約1,500本だ。

熟成樽は、主に三四郎樽工房が加工した「焙煎バーボン樽」を使用する。リチャーよりもトーストを重視した再生樽で、まろやかな樽香を授けてくれるのだと下野氏は説明する。

「熟成を急ぐテクノロジーも注目されていますが、できる限りゆっくり丁寧に熟成するのが私たちの考え。風味の調和がピークに達した時点でボトリングするので、リリースの時期はまだわかりません。どんなに早くても、2025年以降になるでしょう」

木材が持つ自然のパワーで、ニュートラルな環境に保たれた熟成庫。蒸溜所ごとの酒質を忠実に守りながら、スピリッツは静かに時を重ねる。T&T TOYAMAのポリシーは、シングルカスク(ブレンドなし)、カスクストレングス(加水なし)。ウイスキー本来の個性を余すところなく引き出すための熟成環境である。
 

スタートアップの蒸溜所運営を強力にサポート

 
T&T TOYAMAは、蒸溜所運営のコンサルティングにも力を入れている。蒸溜所の設立、設計、製造、販売、マーケティングをトータルに支援できる内容だ。現在は岐阜県の飛騨高山蒸溜所と山形県の月光川蒸留所がサポートを受けている。下野氏が、コンサルティングの付加価値について語る。

「蒸溜所の頑張りが、成果につながるように手助けしたい。蒸溜所ごとの個性は全体の中で位置付けられるものであり、見過ごされていた価値を第三者的な視点から伝えることが役に立つからです。どんなウイスキーをつくって、誰に買ってもらうのか。イメージが具体的になれば、細部の工夫にも活かせるはずです」

南砺市井波の熟成庫は、まさに夢のゆりかご。下野孔明氏(右)と稲垣貴彦氏(左)のこだわりで、サステナブルな長期熟成が実現する。

蒸溜所の運営には、ITもフル活用する。自社開発のアプリ「樽クラウド」は強力なツールだ。膨大な数の樽をQRコードとクラウドで管理すれば、樽のプロフィールや原酒の情報も一目瞭然になる。変更の履歴やサンプリングのコメントも日付で管理できるので、トレーサビリティは完璧だ。それは将来的に蒸溜所同士で原酒を融通しあう際の共通言語にもなる。

またウイスキー業界の人脈を活用したセミナーも開催されている。先日も鬼頭英明氏(元キリン蒸留所チーフブレンダー)がブレンディングのプロセスを講義したばかり。経験豊富なベテランの専門知識を共有するのも、ボトラーズの役割だと稲垣氏は考えている。

「千社以上が存在する日本酒などの酒類に比べて、ウイスキーの知見を持っている人は限られています。特に新しい蒸溜所は、ブレンディングなどのノウハウがありません。蒸溜所が急増している今、人材の育成を後押しすることでジャパニーズウイスキー全体にメリットがあるはずです」

コロナ禍が一段落すると、スコットランドやアメリカのようにウイスキー観光も盛んになるはずだ。ボトラーには海外客に蒸溜所巡りのルートを提案する役割も期待されていると下野氏は語る。

「現地を見ている私たちなら、海外客のニーズにあわせた蒸溜所訪問もアレンジできるはず。今年はアイルランド、アメリカ、カナダに出かけて販路も開拓するので、ジャパニーズウイスキーの伝道師として活動する機会も増えていくことになるでしょう」

今年はジャパニーズウイスキーの誕生から百周年。新しい時代に向かう過渡期的な混乱の最中だ。ダイナミックな変化の中で、ウイスキーづくりの本質を守っていくのもボトラーの使命。次の百年を築く新しいプレーヤーたちに、T&T TOYAMAの2人が伴走している。

 

日本で初めての本格的なボトラーズ事業を展開するT&T TOYAMA。その活動の詳細はこちらから。

 

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