ジャパニーズウイスキーのふるさとへ 【その2・全2回】

January 11, 2013

サントリー山崎蒸溜所特集 第2弾
蒸溜、樽熟成により生まれる生命のスピリッツ

世界に認められたジャパニーズウイスキーの産地「山崎」へ

国産ウイスキーづくりの歴史を紐解いた第1弾に続き、第2弾ではサントリー入社以降、約40年にわたりウイスキーづくりに携わり続けるチーフブレンダーの輿水精一氏の話を中心に展開する。

ジャパニーズウイスキーのふるさとへ 【その1・全2回】

輿水氏へのインタビューにあたり、私たちの目の前に8つのグラスが並んだ。グラスの中に入っているのは、「山崎12年」の構成原酒「パンチョン樽」、「シェリー樽」、「ミズナラ樽」。蒸溜所でしかいただけない貴重な構成原酒に加え、「山崎18年」「山崎25年」「白州25年」、昨年新発売された「山崎」もラインナップに入っている。今回特別に、輿水氏と共にテイスティングしながらのインタビューとなった。
text: 水口海 協力:サントリー山崎蒸溜所

 

ジャパニーズウイスキーならではの樽熟成へのこだわり

―ISCでは素晴らしい快挙を果たされました。「山崎18年」、「白州25年」がウイスキー部門でISC創設以来初のカテゴリー賞「トロフィー」をダブル受賞。おめでとうございます!

輿水氏:ありがとうございます。「山崎」が最初に発売されたのは1984年。山崎蒸溜所が稼働し、60年が経過してからのことでした。それからおよそ30年に及ぶ時を経て、国内だけではなく世界でも高く評価されるようになりました。蒸溜所の数が少ない日本では、スコットランドのように他のメーカーの蒸溜所とモルト原酒を交換するということはありません。モルト原酒はすべて自前で揃えるよう努力してきたからこそ、世界的にみても、個性的で複雑にして繊細なウイスキーをつくり出すことに成功したのかもしれません。

―こちらに「山崎12年」の構成原酒がありますね。ブレンデッドウイスキーだけでなく、シングルモルトウイスキーもブレンドするものなのでしょうか?

輿水氏:シングルモルトウイスキーは、ひとつの蒸溜所にある複数の樽のモルト原酒を組み合わせてつくります。ここに並んでいるグラスは、いろいろなモルト原酒のつくり分けの結果です。「パンチョン樽」のグラスに入っているのは、北米産のホワイトオークでできたずんぐりした樽で12年以上熟成させたモルト原酒です。色合いが割と明るく、バニラのような甘い香りがします。同じ「山崎12年」の構成原酒でも、「シェリー樽」の方は、スパニッシュオークを使用しています。その樽材から由来するタンニンなどのポリフェノールでドライフルーツやチョコレートのような香りがあります。「ミズナラ樽」の方は、ホワイトオークとスパニッシュオークの中間的な色合い。香木を連想させる香りが特長で、余韻が長く残ります。蒸溜したときは同じものでも、樽の中で長い間熟成することで、全く別のものになるのです。

―それぞれのグラスが個性を主張し合っています。同じモルト原酒でも樽によって、驚くほど変わるものなのですね!ウイスキーづくりの鍵は、樽熟成にあるのでしょうか?

輿水氏:私は、ブレンダーになる前、研究所にいた頃から、貯蔵・熟成というテーマについて取り組んできましたが、樽熟成はウイスキーづくりにおける要であると考えていますから、樽には強いこだわりがあります。こだわり続けると自然と樽材に行き着く。実際に、樽材の調達の現場に足を運ぶこともあります。また、サントリーでは自社で製樽工場を2つ有し、徹底した樽の品質管理を行っています。
さらに、日本はウイスキーの本場といわれるスコットランドとは気候が大きく異なります。スコットランドは冷涼な土地ですが、日本は高温多湿。温度が高いということは、熟成が早く進みやすいという特長があります。熟成段階で樽の個性が強く出てしまい、全体のバランスを崩しかねないのです。そうならないようにするため、熟成の進捗状況をしっかり把握しなければならないブレンダーは、バランスを崩さないよう、細心の注意を払う必要があると考えています。熟成状況によって樽の保管場所を動かしたりするなどきめ細やかな品質管理を行うことで、世界で認められるウイスキーが出来たのかもしれません。

 

「やってみなはれ」の精神で発見したジャパニーズウイスキーのオリジナリティ

―サントリーのウイスキーづくりは、「伝統の継承と革新」とも言われます。輿水さんは、どのようなところで、それを感じられましたか?

輿水氏:基本的な製造工程はスコットランドと全く変わらないと思うのです。けれど、振り返ってみると、随分斬新なことをやり続けてきた会社だと感じますね。単式蒸溜器でグレーンウイスキーをつくったり、連続式蒸溜機でモルトウイスキーを製造したり…。そういうことは、現代のウイスキーづくりにおいては珍しい取り組みでしょう。

―「やってみなはれ」という創業者の価値観が浸透しているのでしょうか?

輿水氏:わずか90年ですが、ジャパニーズウイスキーを育む歴史の中で、サントリーは常に新しいことに挑戦してきました。そういうことが、今日の国際的な評価につながっていると思います。もともとウイスキーは「舶来崇拝」の風潮が根強く、山崎で国産ウイスキーづくりが始まった当初、「国産品を応援しよう」とする時代の中でも、すぐに浸透するものではありませんでした。創業者である鳥井信治郎の「洋酒報国」という想いから山崎蒸溜所はスタートしましたが、それを受け継いだ私たちブレンダーも仕事を重ねるうちに、日本でウイスキーをつくる意味合いをより意識するようになった気がします。
今は巷でも割と知られるようになったミズナラ樽ですが、はじめから「ミズナラがいい」とは思っていませんでした。戦後の混乱期、欧米から樽材の輸入が困難になり、日本の木を使用したのです。ミズナラ樽というより、和樽と呼んでいましたし、試行錯誤の連続で再認識したものです。ジャパニーズウイスキーがある程度浸透し、オリジナリティにあらためて価値を見出し、ミズナラ樽は日本らしさの象徴なのだと感じるようになりました。

ウイスキーづくりはチーム作業  「今の日本人の舌」に合うウイスキーを目指して

―サントリーウイスキーにおけるブレンダーの役割というのは、どういうものでしょうか?

輿水氏:一番大事なことは、基本的な骨格を維持していくことです。たとえば、「山崎18年」なら「山崎18年」と同じものを再現し、提供し続けること。定番ブランドにおいては、その商品を提供し続けるための原酒を揃え続けなければなりませんし、新商品を出すにあたっては、そのブランドのコンセプトに適した原酒を選別する必要があります。ですから、ブレンダーは単に味を選り分け、香りをかぎ分けるだけではなく、貯蔵庫に眠る何十万もの樽の熟成状態を把握した上で、将来使用するための原酒づくりを提言することが求められます。そこから、お客様が喜んで飲んでいるシーンや情景をイメージして、「ウイスキーっていいね」と思っていただけるようなお酒づくりを目指しています。

―ブレンダーは時に、指揮者にたとえられることもありますが、指揮者が多すぎるあまりに不協和音が起きたリしないのでしょうか?

輿水氏:ウイスキーづくりの仕事というのは、現場の共同作業の積み上げ、チーム力で成り立っています。現在、ブレンダー室には7人のブレンダーが在籍し、時には400種類に及ぶ原酒のテイスティングを行っています。「山崎」には「山崎」のテイスト、「白州」には「白州」のテイストがあります。テイスティングは本来主観的なものですが、お互い言わずもがなで、サントリーウイスキーに対する意識と感覚を共有し合い、相談しながら進めていく方向をとっています。その一方で、同じものを提供し続けていても、現在のマーケットに受け容れられない可能性もあります。ですから、「今の日本人の舌」に合わせながらも、「少しでも、良いものを」という思いで、ブレンダーたちが常にブラッシュアップを目指しています。

輿水氏の起床時間は早朝6時頃。6時55分に家を出て、7時4分には会社に到着。昼食は毎日天ぷらうどんで、21時以降はお酒を飲まない。味覚にかかわる五感への影響を最小限にするため、生活のリズムを一定に保ち、「常日頃から感情の起伏をあまり出さないよう心掛けている」という輿水氏のプロ意識に圧倒された。
現状に満足せず、「よりよきもの」へ向かい、常にリファインを繰り返し、磨き続けるブレンダー。「未完の酒」というものづくりは、今も続いている。

ISC創設以来初となるのカテゴリー賞「トロフィー」をダブル受賞した山崎18年と白州25年

カテゴリ: Archive, features, TOP, 最新記事, 蒸溜所