世界中のウイスキー蒸溜所が、サステナブルな生産体制の確立に取り組んでいる。水資源の利用方法について、最新の事例を紹介する2回シリーズ。

文:ジョセフ・フェラン

 

ウイスキー製造において、水は単なる原料を超えた極めて重要な存在だ。ウイスキーの特徴を根底から支え、一定の品質を保証し、香味を形成する不可欠の土台である。

しかし消費者が、そんな水の品質にいつも注目している訳ではない。熱狂的なウイスキーファンは、穀物や樽などの原料を話題にする。だが少なくとも蒸溜所にとって、水が最重要の原料であることは間違いない。

だからこそ、世界的な水不足はウイスキー生産者につきまとう不安でもある。専門家の警告によると、水不足の不安は年を追うごとに現実味を帯びている。国連の『世界水開発報告書』2018年版によると、2050年までに約60億人(世界人口の62%に相当)が清潔な水の不足に苦しむであろうという予測がなされている。

スコットランドでも特にサステナブルな生産工程を採用しているのがナクニーン蒸溜所だ(メイン写真は冷却池)。当初はラジカルなまでに先進的だと思われた方針も、気候変動によって追従者を増やしている。

英国環境庁のCEOを務めたデイヴィッド・ベヴァンによれば、2050年までに英国全土で利用可能な水の量は10~15%減少する可能性がある。なかには夏季の水量が50~80%も減少する河川があるという。英国よりも温暖な国々では、事態がさらに深刻化する可能性も高い。

水不足の現実は差し迫っており、将来の世代に押し付けるような問題ではない。欧州環境庁が2023年初頭に発表したデータによると、2019年中にEU領土の3分の1が少なくとも1回以上の水不足を経験している。世界全体に目を向けると、世界人口の約半数が毎年少なくとも短期間の深刻な水不足に直面している状態だという。

地球温暖化、環境汚染、人口増加などの影響で、水不足は今後数十年でさらに深刻化するだろう。数え切れないほどの学者たちが、同じような警告を発している。

だがまだすべてを失ったわけではない。予測される悪影響のいくつかは、有効な取り組みによって軽減できると考える著名な科学者もいる。それは浪費を減らすために積極的な対策を講じ、水不足を防ぐ行動を今すぐ起こすことだ。危機感に基づいて行動することは、実行可能な唯一の選択肢であることも示唆されている。

ウイスキー蒸溜所は、サステナブルで効率的な方法によって水を保全する道理的な責任を負っている。ますます多くの蒸溜所が環境保護への意識を高めているのは当然のことだ。ウイスキーの需要は世界中で増加し続け、同時に環境への配慮が監視されている。生産量を増やしながらも、水の使用量を最小限に抑えなければならない。世界中の蒸溜所が、この大きな課題に真っ向から取り組んでいるのだ。
 

スコットランド屈指のサステナブルな蒸溜所

 
アルコール度数によっても異なるが、度数40%のウイスキーには約60%の水が含まれている。そして最終製品の原料になるだけでなく、水は製造工程のさまざまな段階でも使用される。蒸溜所にとって、水は実に汎用性の高い資源だ。

例えば、粉砕した穀物と温水でマッシュを作る。発酵、蒸溜、希釈など、さまざまな機器の冷却や洗浄にも水は使用される。水がなければ、そもそもウイスキーは存在しえない。

ウイスキー1リットルを生産するのに、約20リットルの水を使用していると言われている。この数値は蒸溜所によって異なり、使用量を厳密に監視している蒸溜所はもっと少なく抑えられる場合もあるだろう。水の無駄を防ぐことは、蒸溜所が取り組むべき課題としてますます重要になっている。

ナクニーン蒸溜所を創設したアナベル・トーマス(CEO)。徹底した環境保護がウイスキーブランドとしての強みになると確信している。

サステナブルなウイスキーづくりに向けた抜本的な一歩を踏み出すには、まず蒸溜所が自らの生産工程を点検し、どこで無駄が起きているかを突き止め、課題解決の実行可能な方法を見つけなければならない。

スコットランドのナクニーン蒸溜所を創設したアナベル・トーマス(CEO)は、蒸溜までの作業全体で資源効率を徹底させることが重要だと言う。

「環境にやさしいウイスキーづくりを追求するため、総合的なアプローチを取っています。全体としてサステナブルであることが、理念の追求にとても重要なのです。水資源で言えば、ナクニーンの特徴は冷却池にあります。ウイスキーづくりで使用する水の90%は、ボトルに入る原料ではなく蒸溜器から出てくる蒸気を冷却するために使用されますから」

ナクニーン蒸溜所の近くには、便利な冷却水を供給してくれる川がない(川の水を冷却に使用するのがエコだとは言い切れない場合もあるので注意)。そこで蒸溜所のチームは冷却塔の建設を構想し、まず冷却池を掘ったのだとトーマスは説明する。

「冷却塔の仕組みは、一方の端から温水が入り、もう一方の端から冷水が出る構造です。ポンプ1台でシステムを循環させます」

もちろんこの冷却水の温度は一定ではない。自然環境を利用したプロセスであることから、冬よりも夏の方が温度は高くなる。

「この冷却池の建設が難儀でした。冷却池を作ればすべてがうまくいくという考えを実証して、みんなを納得させるのに一苦労。最初はうまく水が溜まらなかったので、池にラインを引く必要がありました。水を張るには底が乾いている必要もあり、10月のスコットランドでは至難の業だったのです。それでも辛抱強く、幸運にも恵まれ、献身的なパートナーたちの働きもあって何とか成功しました」

スコッチウイスキー協会の先進的な取り組みも手伝って、スコットランドでは多くの蒸溜所が同様のサステナブルな取り組みを強化している。協会は2023年より所属メーカーが蒸溜所の水使用量を削減できるように支援することを宣言。各蒸溜所がサステナブルな道を歩めるように、実践的で調査ベースのガイダンスを提供する「ウォーター・スチュワードシップ・フレームワーク」を発表した。

もちろん、変化は一朝一夕に起こるものではない。それでもスコッチウイスキー協会は、変化への意欲を喚起すべく決然とした方針を示している。アナベル・トーマスは次のように語る。

「サステイナビリティへの取り組みに、長期間の努力が必要となるのは間違いありません。私たちも毎年のように改善を繰り返しています。目下の焦点は、二酸化炭素排出量のさらなる削減です。こうした取り組みから副次的な効果が生まれて、水効率も改善される可能性は常にあるのです」
(つづく)