水資源をサステナブルに利用することは、環境全体への負荷を下げる重要な第一歩となる。オーストラリアとアメリカでも先進的な試みが続いている。

文:ジョセフ・フェラン

 

世界中のウイスキー蒸溜所が、水資源の効率的な利用をサステナビリティ戦略の重要項目に位置づけている。前回はスコットランドの事例を紹介したが、気候変動は世界共通の問題だ。度重なる干ばつに悩まされてきたオーストラリアでも、水を大切にする習慣が国中で浸透している。急成長を遂げるオーストラリアのウイスキー産業で、水の利用は特に重要な課題のひとつだ。

シドニーにあるアーチー・ローズ・ディスティリングで、マスターディスティラーを務めるデイヴ・ウィザースは次のように説明する。

「オーストラリア人は、生まれた時からずっと水の大切さを身に染みて理解しています。安全な水を確保しようという意識は、オーストラリア文化の一部。原材料の調達や蒸溜所の設計など、無意識のうちに下した決断の多くにもこの意識が反映されています。私たちも正しい水資源の管理を使命にしており、自分たちの取り組みに誇りを持っています」

豪州シドニーのアーチー・ローズ・ディスティリング。マスターディスティラーを務めるデイヴ・ウィザース(左)と創設者のウィル・エドワーズ(右)は、地域とのつながりを重視した水資源の使用法を常に模索している。

アーチー・ローズ・ディスティリングは2014年に設立されて以来、10年間でさまざまな称賛を集めてきた。サステナブルなウイスキーづくりの信奉者であると自らを位置づけているが、この方針はもっとも堅実な運営方法なのだとウィザースは言う。

「工場を設計したときから、節水を念頭に置いていました。例えば、糖化用の設備は通常よりも濃厚な麦汁が製造できる設計で、最終製品のウイスキー1リットルあたりで必要とする水の量が少なくできるようになっています」

ウォッシュスチルのコンデンサーに送られた冷却水は、温かかくなった状態で糖化工程に再利用される。またウイスキーの原料には、干ばつに強い古代品種の大麦も何種類か使用している。近代的な品種とは異なり、雨をあまり必要とせず、一般的に灌漑を必要としない品種なのだとウィザースは説明する。

「厳しい環境で育った穀物の風味が、ウイスキーに独特の個性を与えてくれるんです。干ばつに強い品種の特性は歴然としています。籾殻のないタイプの古い品種なのですが、近代的な大麦畑の隣で試験的に栽培してみました。そうしたら、近代品種が茶色く枯れ果てた年でも、この古い品種だけが青々と繁っていたんです」

アーチー・ローズ・ディスティリングでは、さらなる効率性を追求してさまざまな試みを進めている。ウィザーズいわく、2020年のワールド・ウイスキー・アワードで「ライモルトウイスキー」が世界最優秀ライウイスキーに選ばれたことも契機になった。製品の品質とサステナブルな経営を両立することが、市場のニーズにも叶うことになるのだと考えているのだ。

「蒸溜所の屋根に、太陽光発電システムを設置しようと検討しています。これによって、もっと配慮の行き届いた形で廃水が処理できるかもしれないからです」

蒸溜所からの廃水を逆浸透膜で処理すれば、その約80%が超純水として回収できます。このプロセスはかなりのエネルギーを消費するが、ソーラーパネルから無料で電力を得られるなら検討に値するとウィザーズは言う。

「電力と水の節約で、ダブルのメリットがあるので慎重に検討しているところです。蒸溜所のチーム全体が、インクルーシブで地域に根ざした存在であろうと強く望んでいます。みんなの水資源を大切にすることで、地域コミュニティとのつながりも意識させてもらえるからです」
 

米国コロラド州の源流を守る

 
気候風土は異なるが、米国コロラド州のローズ・ウイスキー・ハウスでもサステナブルな水資源の利用が実践されている。

ロッキー山脈を擁するコロラド州には、8つの主要な河川流域がある。コロラド州は全米の「源流州」とも呼ばれる存在で、米国の主要河川のうち4つ(アーカンソー川、コロラド川、プラット川、リオグランデ川)がコロラド州を源流とする。コロラド川ひとつが約4,000万人に水を供給するほどのスケールなので、コ州民は生まれながらにして水資源の管理と保全を意識しているのだ。

ローズ・ウイスキー・ハウスのサム・ポワリエ(ヘッドディスティラー)は次のように語る。

「事業における水の使用量を削減するため、ローズではあらゆる側面からベストプラクティスの採用を約束しています。慈善活動や革新的な廃水管理プログラムを通じて、水のサステナビリティを最優先しているのです」

米国の「源流州」と呼ばれるコロラド州のローズ・ウイスキー・ハウス(メイン写真も)は、サステナブルな取水と排水に最新の注意を払っている。

ローズ・ウイスキー・ハウスは2020年に生産設備を大幅に拡張し、工場全体に冷却用の大型冷水タンクを設置した。このタンクの水が冷却に使われると温水に戻り、調理器具の予熱や様々な洗浄作業に使用される。循環させることで水の使用量と加熱用エネルギーを両方とも削減しているのだ。

蒸溜所は、地元の廃水処理施設であるサウス・プラット・リニュー社と継続的なパートナーシップも結んでいる。廃液の流れを利用して工場で処理されるし尿から窒素を抽出し、プラット川に排出される再生水のミネラル含有量を減らしている。蒸溜所の副産物をサステナブルに利用しながら、廃液処理の必要性をなくす工夫だ。

ローズ・ウイスキー・ハウスは、水の管理者たる蒸溜所の役割を真摯に担っている。今年6月には、限定ウイスキーコレクション「ヘッドウォーターズ・シリーズ」を発売した。コロラド州の河川を称え、水資源の大切さを訴えるのが目的である。

シリーズ最初のリリース「フォー・グレイン・バーボン」は、ロッキー山脈を源流とするコロラド川の水も使用してアルコール度数50%で仕上げた。オレンジピール、シナモン、バニラカスタード、甘いタバコ、スパイスなどの風味を備えたバーボンに仕上がっている。このシリーズを始めた理由について、サム・ポワリエが説明する。

「気候変動、干ばつ、人口増加など、私たちの河川が直面している重大な課題に光を当てることが目標です。このシリーズの売上の10%は、コロラド州の水資源を保全する団体に寄付されます。ウイスキーづくりだけでは、このような複雑な問題を解決できません。できることをしっかりとやることで、問題に取り組むしかないのです」

水はウイスキーの原料となるだけでなく、加熱や冷却などの工程でも大量に使用される。水資源を守る方針の徹底は、責任あるブランドの証明として消費者に選ばれる理由にもなる。

ローズ・ウイスキー・ハウスは、在来魚の生態系回復に取り組む団体「ランニング・リバーズ」や、世界最大級の湿地保全団体「ダックス・アンリミテッド」とも提携しているのだとポワリエは言う。

「すべての企業が、サステナブルなビジネス慣行に貢献すべきです。そんな信念に従って、私たちも真剣に取り組んできました。新しい設備を導入し、新しい役職を設け、新しい業務手順も導入しています。目標の全体像や企業精神の追求を考えるとき、このような新しい設備と役職にはコストをかける価値があります」

サステナブルな水資源の活用は、すべての蒸溜所にとって達成可能な目標になり得る。地域、規模、予算などの違いは言い訳にできない。どのような形でサステナビリティに取り組むかは、もちろん蒸溜所ごとに異なってくる。具体的な方法や技術も、それぞれの蒸溜所に委ねられるだろう。このような水資源の有効活用は、業界全体で共有されるべき責任でもある。

配慮ある水資源の活用を常に優先し、適切な技術に投資する。環境保護の文化を促進することで、蒸溜所は自らの責任や取り組みを具体的に表明できる。その上で他の企業にも水資源を大切に扱うように促し、目に見える変化をもたらせるようになるのだ。

スコットランド、オーストラリア、アメリカの実例から、さまざまな現状がわかってきた。蒸溜所による積極的な対策は、みずからのブランドイメージを強化し、現地の生態系や地域社会にも実質的な利益をもたらす可能性がある。

冷却池の造成、干ばつに強い穀物、地元の廃水施設との提携などはもちろん、まだ誰も思いもついていない事業もあるはずだ。世界中のウイスキー蒸溜所が、もっとサステナブルな未来に貢献できる可能性を秘めている。