とことんシングルなシングルモルトウイスキー【前半/全2回】
文:マーク・ジェニングズ
ウォーターフォードは、アイルランド南部で2015年から操業している新興のウイスキー蒸溜所。だが背後で操っているのは、ベテランのマーク・レニエだ。ブルックラディ蒸溜所を再興した人物として、その名を記憶している人も多いだろう。
だが最近は、Twitterで歯に衣を着せない意見を連発しているご意見番のイメージも強い。辞書で「マーマイト」を引くと、なぜか自分の顔写真が載っていることを誇りにしているらしい。そんなマークが関わったウイスキーなら、間違いなく一見の価値があることはいうまでもない。
マーク・レニエに、いきなり風変わりな質問をぶつけてみた。もし世界の支配者になったら、禁止したいことはあるか。マークは、何のためらいもなく瞬時に答えた。
「でたらめを言うことを禁止したいね。できもしないことを語ったり、自分の能力を過大に見せかけたり。たいして詳しくもないのに、訳知り顔で生半可な知識を開陳したり。大言壮語する奴は、だいたい同じだね。そういう偽物のまやかしや、フェイクニュースを禁止したい」
マークのインタビューは、だいたいいつもこんな感じだ。こちらの意図した通りに話を進めるのは至難の業である。
「スコットランドでは、テロワールをごまかすと名指しで批判されることが多い。でもそういうウイスキーの出自にこだわる人間は、ここアイルランドでは敬遠されるんだ。なにしろこの国では、ペルノとディアジオが好きなだけグレーンを輸入している現状がある。だからウイスキーの出自についてはっきりと異議を申し立てるのは憚られるので、みんな間接的に問題を指摘している。でも僕だけは、いつもはっきりと言うよ。テロワールを謳うのなら、まずは真実を語る態度が必要だ」
テロワールを重視する反骨心
このテロワールの問題は、もはやマークにとって神聖な探求と呼んでもいいだろう。本当に高品質なウイスキーは、スチルや樽の種類ではなく、素材となる穀物の品質から出発しなければならない。マークが証明したいのは、そんなシンプルな真実だ。原料の畑を変えれば、ニューメイクスピリッツも完全に変わる。それがマークの理論だ。ウイスキー業界で広く受け入れられている考え方とは異なるが、マークはなんとかして自説を証明したいと考えている。
「テロワールにこだわることは、トレーサビリティにこだわること。それが透明性を担保できるようになって、はじめてウイスキーの出自が真正に語られるようになる。つまり厳密な意味での出自が語られない限り、ウイスキーのテロワールを誇ったりできないと思うんだ」
マークの意見は筋が通っている。要するに、原料産地に関する透明性の高さを重視しているのだ。
そしてウォーターフォード蒸溜所はアイルランドにある。今まであえてこの重大な事実を論じなかったのは、マーク自身が最上のアイリッシュウイスキーづくりを目指している訳ではないからだ。マークが問題にしているのは、アイルランド産の穀物素材についてである。また数年前にギネスが4,000万ユーロを投じたビール工場が、安値で売りに出されたという偶然の出来事も関係している。
「ダンカン・マギリヴレイ(ブルックラディの元ゼネラルマネージャー)が話してくれたことを今でもよく憶えている。彼が実際に見た大麦の中で、最高品質はアイルランド産だったというんだ。1960年代の話だけどね。そんな事実が、つまりアイルランドに行けばスコットランドより良質な大麦が手に入るという話は、ずっと脳裏にこびりついていた。ブルックラディが2012年にレミーコアントローに売却された後は、この先どうやって生きていこうかと思案していた頃だ。特にやりたいと思うことがあった訳でもない。そんなときにギネスのビール醸造所が売り出されているのを見つけて、これはチャンスだと感じた。やりたかったことを、ここでまとめてやってやろうと思ったんだ」
穀物原料への関心は非常に高いものの、マークはアイリッシュウイスキーの大手ブランドを特にライバル視していない。いかにも歯に衣を着せない彼の発言を聞くと、頭に血が上ってしまう人も多いだろう。でもそんなことにはお構いなしだ。言いたいことを言って、あとはきれいに忘れてしまうのがマーク・レニエという人である。
「アイルランドで新しい事業を始めるにあたり、勝手を知らない心細さもあったよ。見知らぬ場所でウイスキーをつくるのは、多少クレージーな意欲がなければ難しい。でもそういうゴタゴタに巻き込まれないようにして、自分がやるべきことに集中するしかない。自分なりの目標をしっかりと持っていれば、周りの意見を聞きすぎてブレたりすることもないと思ったんだ」
(つづく)