ギネスのビール工場を買い取って、新しいウイスキーづくりに乗り出したウォーターフォード蒸溜所。農学者を中心に取り組む本気のテロワール戦略は、着実に成果を出しつつある。

文:マーク・ジェニングズ

 

ウォーターフォード蒸溜所の設備を一通り揃えるのは、かなりの大事業だったはずだ。かつでギネスが所有したビール醸造所は、川に面したウォーターフォード市内の大きな敷地を専有していた。それに醸造所は、操業を止めてから何年も経っていたのだ。

ウォーターフォードの戦略に欠かせない農学者のグレース・オライリー。各地の農家と折衝しながら、さまざまな土壌と品種でユニークな大麦を栽培してもらう。

ギネスがこの工場から手を引いたとき、撤去したのはソフトウェアだけだった。つまり設備は休止時のままだったのである。マーク・レニエが鍵を開けて中に入ると、コラム型の蒸溜器を完備した蒸溜所と醸造所の設備が完全に残されていた。最新式のハイドロミルまでが使用可能だった。

そこで、マークはこの設備を運営できる人材を探した。運良く、この工場で何年も働いていた地元在住のネッド・ガハンに辿り着く。彼をヘッドディスティラーに任命した。さらにネッドの同僚だった元ギネス社員のニール・コンウェイをヘッドブリュワーとして採用した。

蒸溜所設備といえば、まず必要なのが銅製のポットスチルだ。幸運なことに、マークは目ぼしいスチルに心当たりがあった。 もう何年も前からブルックラディの屋外に放置されている古いインヴァリーブンのスチルだ。目当ての品は、ダンカン・マギリヴレイ(ブルックラディの元ゼネラルマネージャー)の古い長靴と一緒に忘れ去られていた。

マークはスペイサイドのフォーサイス社に頼んで、スチルを修繕してもらった。インヴァリーブンのスチルがもう1基あったので、それも一緒に直してペアにした。アイラ島からアイルランド海を渡ってやってきた1対のポットスチルは、これまでと同じくらい変わった場所に設置されることになった。どちらも高さ6メートルの台に乗せ、宙に浮かんでいるように見えるのだ。これは上階にあるコントロール室からスチルの全容を視野に入れるための設計である。

契約農家での収穫風景。ウォーターフォードのウイスキーは、単一の畑で穫れた単一品種の大麦モルトからつくられる。

ウォーターフォードのチームには、もう1人の重要人物がいる。農学者のグレース・オライリーだ。土壌を管理したり、農作物を栽培したりする科学者をスタッフとして迎え入れることで、蒸溜所は比類のないアプローチを可能にした。

グレースの役割は、農家と密接に協働し、ときには無理難題をお願いしながら、蒸溜所が必要とする品種の大麦を栽培してもらうこと。理想とするフレーバープロフィールやアルコール収率のため、どうしても育てたい大麦品種があるのだ。

蒸溜所のチームは、すでに100箇所の農場で栽培された大麦からスピリッツを蒸溜している。その品種は12種に及び、土壌のタイプも19種類ある。それぞれの農場から届いた大麦は、決して別の原料と混ざり合うことがない。個別に製麦して「穀物大聖堂」と名付けたスペースで大切に管理されている。

大麦はすべてがバイオダイナミック農法で栽培され、汚染とは無縁の原料であるため個々の分量はわずかだ。自分の畑で栽培した大麦からスピリッツができると、農家の人たちも味わう機会がある。その味わいによって、彼らも競争心をかきたててくれるのだとグレースは語る。

「農家の人たちが最終的なウイスキーの品質に深く関わるほど、私たちのために栽培してくれる作物の品質もどんどん上がってくるんです」

 

スモールバッチでテロワールの違いを表現

 

蒸溜酒にテロワールの概念は必要ない。そう思っている人々もいるのは事実だ。そんな先入観から離れられない人々には、いったいどんな説明が可能なのだろうか。グレースに尋ねてみた。

「そのような方々が蒸溜所にいらっしゃったら、まずはニューメイクスピリッツを味わっていただきます。私もウイスキーのテイスティングに関してはそんなに詳しくありませんが、とにかく自分のような素人でもまずはテイスティングが重要なんです。原材料によって、スピリッツの味わいはさまざまに異なります。テロワールほど、大きな違いを生み出してくれる要因はありません。もし畑に連れて行く機会があれば、2箇所の農場をツアーしようと思います。そこで両方の土を手にとれば、土壌の違いにも気付いてもらえるからです」

完全にユニークな方針から生まれる「シングル・シングル・モルト」。テロワールにとことんこだわったウイスキーが、シングルモルトの歴史を変えていくのは間違いない。

ウォーターフォード蒸溜所で働く人々が、クレージーなほどテロワールを重視しているのはわかった。このような価値観は、尊敬に値すると思う。そこまでやる必要はないという意見もあるだろうし、どうせやるなら徹底的にこだわれという意見もあるだろう。マーク・レニエは語る。

「ここでやろうとしていのは、世界中のどんな蒸溜所もできないことなんだ。それは究極のシングルモルトウイスキーをつくること。限られた出自の素晴らしい原料で、ミニシングルモルトをつくる。いっそ『シングル・シングル・モルト』と呼んでもいいだろう」

蒸溜所から最初にリリースされたボトルも、極端に分量が少ないスモールバッチ商品だった。単一の畑から生まれた「シングルフィールドウイスキー」は、ウォーターフォードの考え方に共鳴している人はもちろん、テロワールの重要性に懐疑的な意見を持っている人にも飲んでほしい。まずは自分で味わいを確かめてみよう。それぞれ完全に独立したウイスキーの個性を比較して、大麦の品種や栽培地の違いを感じてみるのだ。

実は私自身も、蒸溜酒にテロワールなど必要ないと感じている懐疑派だった。だがウォーターフォードがリリースした最初の3商品を飲み比べ、完全に考え方を改めることにした。たとえばウェックスフォード州のアイルランド南岸で、海の塩が混じった砂地を土壌にしたオーバーチュア種の大麦モルト。これをバロー川西岸のリーシュ州で栽培したタベルナ種の大麦モルトと比較してみる。出来上がったスピリッツウイスキーは、まるで別物の味わいだ。

ウイスキーのテロワールは重要なのか。そんな議論は終わりにしよう。もちろん重要に決まっているのだ。ウォーターフォードのような方針から、世界最高のウイスキーが生まれるのだろうか。今はまだ早いが、いずれその日が来ると断言しておこう。

ウォーターフォード蒸溜所が発売するウイスキーは、またたく間に売り切れてしまう。そんな訳もあって、テイスティングノートは書いていない。公開する頃には、もう同じウイスキーが購入できないからだ。ウォーターフォードを味わいたかったら、発売予定に目を光らせておくこと。マーク・レニエという男がつくるウイスキーは、そうやって楽しむ以外にないのである。