ウェルシュウイスキー特集の第2回は、ユニークな香味を表現するウェールズの生産者たちを紹介。設備や工程などで、スコッチと明らかな差別化を図っているのが印象的だ。

文:イェンス・トルストルップ

 

ペンダーリン蒸溜所
Penderyn Distillery

 
ウェルシュウイスキーの祖であるフロンゴッホ蒸溜所が閉鎖されてから約100年後、同蒸溜所のために設計されたスチルのオリジナル現品が売りに出された。

ペンダーリンでブレンダーとして働くアイスタ・フィリップス。ジム・スワン博士の手ほどきで生産者としてのキャリアが始まった。メイン写真はブランドアンバサダーのリチャード・エドワーズ。

これはポットスチルとコラムスチルの要素を併せ持つ近代的な装置で、発明者はサリー大学のデービッド・ファラデー博士。その名にちなんで、「ファラデー・スチル」と名づけられた代物だ。

お気づきの方もいるだろう。デービッド・ファラデーは、電磁気の発見で知られる19世紀の科学者マイケル・ファラデーとも姻戚関係があった。

このファラデーのスチルが売却される話を聞いた人々が、友人たちでグループを結成した。そして自分たちの蒸溜所を設立しようという構想が具体化し始めた。そんな夢は1999年に実現し、現代のウェールズで最初の蒸溜所が誕生。蒸溜所の建設地としてペンダーリンを選んだ。創業者たちの自宅から近いだけでなく、湧き水で有名なブレコン・ビーコンズ国立公園の端にある。観光客を誘致するのにも理想的な場所なのだ。

ペンダーリン第2の拠点であるランディドノ・ロイドストリート蒸溜所。本家ペンダーリンとは異なり、ピートの効いたスモーキーな味わいが特徴だ。

麦芽にスモーク香はなく、糖化が済んだら3日間発酵させる。出来上がったウォッシュ(もろみ)は、ファラデースチルまたはポットスチル(スコットランドの蒸溜所と同様にウォッシュスティルとスピリットスチルのペア)に送られる。ポットスチルを経由する場合は、ミドルカットが度数78〜70%程度。ファラデースチルの場合はまったく異なり、ポットにはプレート6枚、カラムには穴のあいた銅板18枚が備えられている。7枚目のプレートを通過したスピリッツは、度数92%という純度の高さが特徴だ。

出来上がったスピリッツは、軽くてクリーンな酒質である。控えめなモルト香を備えた上品な仕上がりが特徴だ。半世紀ほど前に、スコッチのグレーン蒸溜所でつくられた麦芽原料の「サイレントモルト」を彷彿とさせる。そんな大人しい味わいのモルトスピリッツだ。

サイレントモルトやグレーンウイスキーと同様のボディはあるものの、ポットスチルで蒸溜されたモルトウイスキーに比べたら静かに控えめな印象といえよう。ウェールズでは、この繊細さが重要なのである。ペンダーリンのウイスキーは、熟成年数の記載がないノンエージステイトメントで発売される。だが目安として5 ~ 7 年間の熟成( 6 ~ 12 か月の後熟期間も含む)が施されている。
 

ランディドノ・ロイドストリート蒸溜所
Llandudno Lloyd Street Distillery

 
ペンダーリンは、2021年に北ウェールズのランディドノに第2の蒸溜所を建設した。ここの設備は、ファラデースチルのレプリカが1基だけ。それでも仕上がりのスピリッツには明らかな違いがある。大麦はフェノール値最大50ppmのピートを効かせているが、スチルを通過した後のスピリッツは軽やかで香ばしい。そして乾いたスモーキーな香りが特徴である。この蒸溜所は生産を開始したばかりなので、まだ独自のモルトウイスキーは発売されていない。
 

ダーミーレ蒸溜所
Dhà Mhìle Distillery

 
ダーミーレ蒸溜所は、サベージ=オンストウェダーとその家族たちがグリンハイノッド農場に設立した蒸溜所だ。この農場では生乳から作られるウェールズ名物のカウス・テフィ・チーズチーズも生産されており、チーズには数々の受賞歴もある。酪農だけでなく、蒸溜所全体で有機農産物にこだわっているのが大きな特徴だ。

原料の有機栽培にこだわるダーミーレ蒸溜所。ポットとコラムを併用した特殊なスチルで、純度の高い軽やかなスピリッツを生み出している。

オーナーのジョン・サベージ=オンストウェダーは、「オーガニックウイスキーのゴッドファーザー」という称号に相応しい人物である。キャンベルタウンのスプリングバンク蒸溜所に、現代では初めて有機栽培の大麦を原料とするモルトウイスキー製造を持ちかけたのはこの人だ。スプリングバンクのジョン・マクドゥーガルは、1992 年に樽18本分の有機栽培ウイスキーを蒸溜している。2000 年にはロッホローモンドにも同様の企画を持ちかけ、単発のバッチで有機栽培ウイスキーが製造されている。

2012年、サベージ=オンストウェダー家は自前の小さな蒸溜器を農場の小さな別棟に設置した。製粉、マッシング、発酵のためのスペースがないため、ビールを造るブレコン醸造所で発酵までの工程をこなす。

そうやってできたウォッシュ(もろみ)が、秘密の場所のような趣きのある蒸溜所に運ばれてコーテ社製のポット&コラム一体型蒸溜器に送られる。ゆっくりとした6時間の蒸溜により、度数90〜92%というカットポイントでスピリッツが取り出される。これはウェルシュウイスキーの特徴として公式に謳われているクリーンな酒質を備えたスピリッツだ。

ダーミーレ蒸溜所の生産力は、年間で樽にして10本ほど。2019年から、毎年1樽分がリリースされている。

次回はさらに4軒のユニークな蒸溜所を紹介する。
(つづく)