表土の耕起と化学肥料の投入を止め、被覆作物の栽培で土壌を再生させる。メーカーと農家がタッグを組み、これまでにないサステナブルなウイスキーづくりが始まっている。

文:ライザ・ワイスタック

 

ブラウンフォーマン傘下のウッドフォードリザーブも、環境再生型農業に参入した。そのきっかけは州外で栽培されたライ麦の購入をやめて、地元産のライ麦を調達したいと考えたことだった。ライ麦は寒冷地での栽培に適しているため、ケンタッキー州では主要な穀物という訳でもない。それでもアメリカの歴史を遡れば、かつてはケンタッキー州でもライ麦の栽培は盛んだったとマスターディスティラーのエリザベス・マッコールは語る。

それならば地元産のライ麦でウイスキーをつくってみよう。だがウッドフォードリザーブのためにライ麦を栽培してくれる農家を見つけたとして、ウイスキーの生産量に見合った規模で栽培してもらえるかどうかはわからない。

名匠クリス・モリスからマスターディスティラーの重積を引き継いだエリザベス・マッコール。環境再生型農業によってサステナブルなライウイスキーの生産に成功し、新しいブランドの価値観を打ち出した。メイン写真はウエストランド蒸溜所のタイラー・ペダーソン(右)と契約農家のデイヴ・ヘドリン(左)。

それでも理想的な解決策は見つかった。それはライ麦を被覆作物として栽培すること。そうすれば農家はオフシーズンにライ麦を栽培して収入を増やせるだけでなく、主要な作物を栽培している土壌を健康に保つこともできるのだ。そのメカニズムをエリザベスは説明する。

「冬季に休耕していた土地にライ麦を植えると、多くの利点が得られることもわかってきました。秋にコーンを収穫した後、ライ麦を植えると土壌が再生するんです。ライ麦は長い根を張り巡らし、その深さは地下3メートルにも及んで、表土を安定させながら土壌の流出を抑えてくれます。地表を耕さないことでバイオマスが蓄積され、最終的に分解されて土壌の養分となります」

土壌が健康になれば、主要作物(ケンタッキー州では主にコーンと大豆)の収量が増える。ウッドフォードリザーブはケンタッキー大学の研究者と手を組み、ケンタッキー州農務省からも支援を受けて、既存の農家によるライ麦栽培を支援するためのハンドブックを制作している。

環境再生型農業は自然からの収奪を最小限に抑え、農家と蒸溜酒メーカーにとっても有益な見返りが期待できる。これはウイスキーの愛飲家にとっても嬉しいことだ。だが環境再生型農業は、まだそれほど広く普及していない。その理由は、やはり経済合理性の問題だ。カンザスシティのJリーガー&カンパニーでマスターディスティラーを務めるネイサン・ペリーは次のように語っている。

「従来型栽培の安価な穀物を買うのは、蒸溜所にとって慣れ親しんだ簡単なプロセスだから。農家が利益を追求することも否定はできないし、できない事情も理解できます。サステナブルな農法への転換を促して、大規模な初期投資をしてもらうのは大変なのです」

だがネイサンは諦めなかった。マーガリンの老舗ブランドとして有名なカントリークロック社と協力して、さまざまな地域のパートナーと環境再生型農業を推進するプロジェクトを始動。多彩な食品会社を巻き込んだカバークロップス(被覆作物)プロジェクトから、「カバークロップウイスキー」という新しいジャンルも商品化している。

「幸運なことに、ウイスキー業界は環境再生型農業で栽培された原料(コーン、小麦、大麦、ライ麦など)を大量に入手できる立場にあります。だからこそ今は、各ウイスキーブランドが勇気を持って原料の調達先を変えられるように促すとき。これができなければ、農業界も変われないでしょう。大企業にもサステナブルな農法を支持する動きはありますが、やはり結局は法整備にかかっています。既存農法からの転換を図る農家に補助金を出し、農家が長期的な利益を得られるような政策も必要でしょう」
 

農家のリスクを減らしながら未来に向けて変革

 
シアトルのウエストランド蒸溜所でマスターディスティラーを務めるタイラー・ペダーソンは、収益のみを追求する農業の行く末を案じている。

「穀物農家は、1,000〜1,500エーカーの土地を耕して作物を育てるのが一般的です。でも多くの農家が、自宅を担保に入れて種子の購入代を借金しています。あらかじめ認証された品種で、売り先が見込める種子でなければ農業保険に加入するのも難しい。だから新しい穀物を栽培するリスクは大きく、既存の方法で栽培する方が簡単なのです」

これまでと違う一歩を踏み出すのは、農家にとっても勇気がいることだ。自宅を担保に種子の購入費用を返済している農家が、生活を不安定にするようなリスクをとりたくない事情もわかるとタイラーは言う。

「ウイスキーの原料を通して、環境再生型農業の価値を伝えるのも簡単ではありません。でも私たちは、ウイスキーによって自然と作物のつながりを認識させたい。使用する穀物を選ぶことで、システム全体の変革を後押しすることもできるはずです」

ウエストランド蒸溜所は、思慮深く栽培された伝統的な穀物からシングルモルトウイスキーをつくっている。農家や種子の専門家たちとも緊密に協力し、大麦の品種と収量に関する実験も続けている。その成果は「コレレ・エディション」として発売され、ウイスキーファンの間で話題になった。

スレイン蒸溜所のアレックス・コニンガム(共同創設者)は、蒸溜所周辺の森林再生や伝統農法への回帰を明確に打ち出している。先祖から受け継いだ遺産を使い潰さず、次世代に受け渡すのが大きな目標だ。

環境再生型農業のインフラを構築できるチャンスは、そこら中にあるとタイラーは考えている。だが市場の課題や輪作の不確実性にも対応しなければならない。被覆作物や輪作作物の市場がなければ、農家の利益が減少するだけだ。

そこで大手のウイスキーブランドは、収穫物の購入を約束することで農家の財政的リスクを軽減しようとしている。前述のウッドフォードリザーブによるプロジェクトがその好例だ。

スコットランドのアイラ島では、ブルックラディ蒸溜所がウイスキーやジンの原料を地元で調達している。蒸溜所チームは島内の農家と協力して有機栽培の大麦を栽培し、最近では環境再生型農業に焦点を当てたプロジェクトにも進出した。

ブルックラディは2023年3月にイノベーション推進シリーズの第3弾として「リジェネレーション・プロジェクト」を発売。これは近隣の農場で被覆作物として栽培されたライ麦を原料に使用したウイスキーで、アイラ史上初めてのシングルグレーンスコッチウイスキーに分類される。ブルックラディの生産責任者であるアラン・ローガンは、アイラ島内の提携農家と一緒にプロジェクトの構想を練った。

毎年大麦を栽培している農家の人たちにも、環境再生型農業を実践する動機はあった。天然資源を枯渇させる単一栽培や農薬の使用には将来的なリスクがあり、そこから脱却する方法を模索していたのだ。土壌の疲れは、作物の多様化によって軽減できるとアランは説明する。土壌に窒素を固定してくれるライ麦を栽培すれば、農地全体の状態が健全に保たれる。ただ問題は、アイラ島内に大麦以外の穀物市場がないことだとアランは言う。

「野菜の栽培も土壌にとても良い効果を期待できますが、たくさん作った野菜を買ってもらえなかったら余るだけです。でもライ麦の栽培に成功すれば、ウイスキーの原料として目を向けることができます。農家のために新しい市場を作れるし、土壌にとってもメリットがある。確かにライ麦の蒸溜は難しい面もありますが、そもそもブルックラディは新しい挑戦を恐れたことがありません」

そんな考えから生まれた「リジェネレーション・プロジェクト」は、ライ麦55%、大麦45%のグレーンウイスキーである。原料を提供した提携農家のアンドリュー・ジョーンズは、このプロジェクトへの協力によって農薬の使用を最大40%も削減できたという。

スレイン蒸溜所の共同創設者であるアレックス・コニンガムは、アイルランドのボインバレーで新しい蒸溜所を建設した。先祖から受け継いだ土地は、古城に隣接した1,500エーカーの広大な広さ。そのうち350エーカーは林業用の森林だ。自社農場では毎年1,200トンの大麦がスピリッツの原料として栽培されている。ウイスキーづくりでは環境再生型農業を重視しているが、それは個人的にも大切な条件なのだとコニンガムは語る。

「私たち一族の責任は、ただ土地を所有することではなく、受け継がれた土地の世話をすることにあります。単なる生産者に留まらず、生物多様性の管理者でもあるからです。土地を受け継いだ者としての役割は、この一帯の建物、文化遺産、自然遺産、生態系を守り、その価値を高めて共有することに尽きます」

農業を営む者としても、食料を供給するだけは足りない。生態系を育んでいく重要な役割があるのだとコニンガムは語った。

「伝統的な農業のスタイルは、同じ土地で放牧と耕作を繰り返す混合農業でした。その方が、多様な収穫や生き方に恵まれてい流のです。今まさに、私たちは伝統農法に回帰する必要があります。環境再生型農業とは、自然のサイクルを尊重した古い農法を学び直す試み。化学農法は1940年代に生まれたばかりですが、その何千年も前から人類は自然と共存してきたのです」