グレンマレイの過去と未来
スペイサイドの中心地で、定番のスタイルを貫いてきたグレンマレイ蒸溜所。ブレンド用モルトという旧来のイメージを脱却し、現在は高品質なシングルモルトブランドとしても人気を博している。120年の歴史に、スコッチウイスキー業界の過去と未来が見える。
文:ガヴィン・スミス
ウイスキーづくりとビールづくりは、蒸溜工程の直前まではよく似ている。だからウイスキー蒸溜所の多くが、もともとビール醸造所であったと聞いても驚くべきことではない。モントローズ港の東岸にあったロッホサイド蒸溜所は、もともとジェームズ・デューカーのビール醸造所だった。グレンモーレンジィ蒸溜所も、マッケンジー&ガリーズのモーレンジィ醸造所を前身としている。アイルランドでは、古いギネスの工場を改装してウォーターフォールド蒸溜所が創立されたばかり。ラウス州ダンドークのグレートノーザン蒸溜所も、ハープラガー醸造所の敷地内に設置されている。
スペイサイドの中心地、エルギンの町にあるグレンマレイもそんな歴史を持つ蒸溜所のひとつだ。1828年にヘンリー・アーノット&カンパニーズ・ウエスト醸造所としてスタートし、1897年にグレンマレイ・グレンリベット蒸溜所株式会社が蒸溜所に改修。19世紀末のウイスキーブームの最中に誕生したグレンマレイは、今年で創立120周年を迎えることになる。
だがグレンマレイ創立のわずか数年後、スコッチウイスキー業界は深刻な不況に陥ってしまう。多くの蒸溜所が閉鎖を余儀なくされ、1910年にグレンマレイもウイスキーの生産を中止。その10年後に、工場を購入したのがリースでウイスキーの蒸溜とブレンドを手がけるマクドナルド&ミュア社だった。
マクドナルド&ミュア社は、当時すでにグレンモーレンジィ蒸溜所の株式の40%を所有していた。2つめの蒸溜所を買収しようと、グレンモーレンジィのマネジャーにアベラワーとグレンマレイのどちらかを選ぶように促したところグレンマレイを選んだのだという。その3年後に再稼働したグレンマレイ蒸溜所は、しばらく以前と同様の生産体制を維持していたが、1958年になってフロアモルティングをサラディンボックス式の製麦に変えるなどの大改修を実行。この蒸溜所内での製麦も1978年には終了し、その1年後には第2のペアとなるポットスチルが追加されて生産量も増大している。1996年、マクドナルド&ミュア社は主要銘柄である「グレンモーレンジィ」に社名変更。このグレンモーレンジィ社は、2004年にフランスのラグジュアリーブランド「モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン」(LVMH)に買収される。LVMHはグレンマレイのビジター用施設に投資をおこない、限定エディションやヴィンテージボトルをいくつかリリースした。だがグレンモーレンジィやアードベッグといったシングルモルトブランドに比べ、グレンマレイは知名度で及ばない。そんな現実をLVMHはまもなく悟った。実際、当時のグレンマレイはスーパーでそこそこのブレンデッドウイスキーと同じような値段で売られていたのである。
2008年、LVMHはブレンデッドウイスキーのブランドや生産施設といっしょにグレンマレイを売却。だが前述のような事情があったので驚く者はいなかった。グレンマレイの新しいオーナーは、フランスの飲料会社であるラ・マルティニケーズになった。
新オーナーのもとで潜在力が開花
ラ・マルティニケーズは、フランスでトップセラーであるブレンデッドスコッチウイスキー「ラベルファイブ」とブレンデッドモルトウイスキー「グレンターナー」でよく知られている。知名度は比較的低いが、グレンマレイの他にもウェストロージアン郡バスゲイトで2010年に創設されたグレーンウイスキーのスターロー蒸溜所を所有している。スターロー蒸溜所はラベルファイブに使用するグレーンウイスキーの供給源で、2004年からはブレンディングとボトリングの設備も導入した。それまではスピリッツをまるごとフランスに送ってからブレンディングとボトリングをしていたのである。
ラ・マルティニケーズ傘下で、グレンマレイ蒸溜所は年間生産量を2万Lから5.7万Lへと大幅に増大させた。2005年から蒸溜所長とマスターディスティラーを兼任するグレアム・クール氏が語る。
「蒸溜所の生産拡大は、需要に応えるためのもの。シングルモルトのグレンマレイも、ブレンデッドのラベルファイブもニーズはうなぎのぼりです。全生産量の30%がシングルモルトとしてボトリングされ、以前よりも多様なファン層がグレンマレイのシングルモルトに関心を示しています。さまざまな人々の嗜好に合わせるため、シングルモルトのバラエティを増やしたことも功を奏しました」
ブランドの知名度は上がり、露出も増えて、全世界での売り上げ総計は5年で倍増した。最大の市場は英国だが、米国と豪州でも大きく販売実績を伸ばしているという。
最初の生産拡大計画では6槽の発酵槽が蒸溜所外に設置され、2016年にはさらに8槽の発酵槽を追加。同年にラウター式のマッシュタンも導入している。肝心の蒸溜設備も増強したばかりだ。
「蒸溜棟にあった計6基のスチルをスピリットスチルとして再改修し、3基の新しいウォッシュスチルを追加することにしました。新しいスチルはイタリアのフリッリ社製で、今年7月から稼働しています」
高品質なシングルモルトを続々とリリース
グレンマレイでは、定番のノンピートに加え、年間約2.5万Lのピーテッドスピリッツも蒸溜されている。これはシングルモルト「クラシックピーテッド」の原酒になったり、ラベルファイブのブレンドに用いられる場合もある。
グレアム・クール氏によると、グレンマレイのシングルモルトには「クラシック」と題された熟成年を表記しないノンエイジステートメント(NAS)のラインナップがある。
「クラシックポート、クラシックシェリー、クラシックシャルドネ、クラシックピーテッドは、どれもウイスキーの入門にぴったりの味わい。加えてグレンマレイでは12年もの、15年もの、18年ものの製品『エルギンヘリテージコレクション』を今年から用意しました。かつての16年ものに比べて、新しい15年ものはシェリー樽熟成原酒の比率を増やしています」
この他に、グレンマレイは3種類の蒸溜所限定品も用意している。
「蒸溜所限定品は、どれも1994年にボトリングされたカスクストレングス製品。1994年は、グレンマレイにとって素晴らしい1年でした。3種類の内訳は、ファーストフィルのバーボン樽熟成、ピーテッドカスク(5〜6年のフィニッシュを追加)、シェリーフィニッシュ(同じく5~6年のフィニッシュを追加)です」
だが現在グレンマレイでいちばんの宝石といえば、シェリー樽、マデイラ樽、ポート樽など、グレンマレイが誇る5種類のヴィンテージ原酒からつくられた「マスタリー」だ。これはクール氏が蒸溜所の創設120周年を祝ってボトリングしたもの。グレンマレイは、今年9月13日に120周年を迎えたばかりである。長い歴史において、マスターディスティラーが5人しかいないのもグレンマレイの特徴。「グレンマレイはいつも異なった樽のフィニッシュを開拓してきました。素晴らしい1994年のマデイラ樽熟成原酒は、まずバーボン樽で熟成してからマデイラ樽で後熟したもの。マスタリーは1988年のポート樽熟成原酒も20%含んでおり、残りの原酒は1994年以前に蒸溜された長期熟成原酒です」
5つの原酒のうち、2つはクール氏がマスターディスティラーになってからの原酒。残りの3つは、前任のエド・ドッドソン氏(在任1987〜2005年)とロバート・ブラウン氏(在任1959〜1987年)のもとでつくられた原酒だ。世界でデキャンタボトル1,000本限りという希少品である。
ラ・マルティニケーズがグレンマレイを買収した当時、この蒸溜所がただのブレンド用モルトの生産拠点になってしまうのではないかと懸念する声もあった。だが10年経った今、それが杞憂であったとわかる。蒸溜所設備とシングルモルトに大規模な投資がなされ、向上した品質と豊かなバラエティでエルギンの工場はかつてないほど活気づいているのだから。