ロニー・コックスの半生とスコッチ業界の舞台裏【第3回/全3回】

December 19, 2017

輝かしい実績を重ね、歴史あるボトラー事業で新たな一歩を踏み出しているロニー・コックス氏。ウイスキーへの思いを語り尽くす、ロングインタビューの最終回。


 
聞き手:ステファン・ヴァン・エイケン

 

ベリー・ブラザーズ&ラッドの歴史について教えていただけますか?

 

ベリー・ブラザーズ&ラッドの創立は1698年。ロンドンで成長しつつあったコーヒー市場のために、コーヒーを袋売りする店舗として開業しました。コーヒーは1650年頃からロンドンに出回り始めましたが、本当に人気を獲得してきたのは17世紀末のことでした。店の場所はロンドン市内の高級住宅地であるセントジェームズで、バッキンガム宮殿とセントジェームズ宮殿を取り囲むロンドンのウェストエンド地域にあります。セントジェームズ宮殿は今でも王族の住居で、ベリー・ブラザーズ&ラッドは宮殿からはわずか50メートルほどの場所。そんな立地も手伝って、イギリス社会の富裕層に人気を博しました。彼らの楽しみのひとつが、コーヒーを飲むことだったのです。夕方にワインを嗜むのもそうですが、日中にコーヒーハウスへ出かけるのも社交活動のひとつ。セントジェームズ周辺のロンドン市内には100軒を超えるコーヒーハウスがありました。その多くはイタリア人の経営です。
 
そしてこのコーヒーハウスの多くが、1760年代にはいわゆる紳士の社交場である「ジェントルメンズクラブ」へと変貌していくのです。この背景には、セントジェームズにあるコーヒーハウスが個性を発揮し、店の傾向によって選別された同好の士のたまり場になってきたことがあります。競馬ファンはこの店、ギャンブル好きな人はあっちの店、経済に関心の高い人は別の店、といった具合です。保守党支持層と労働党支持層も店で分かれていました。このようにして共通の関心を持つ人々のグループができていましたが、彼ら富裕層にコーヒーやスパイスを供給しようという先見の明を持っていたのがベリー社だったのです。
 
大英帝国が繁栄していた当時のセントジェームズ・ストリートではお金持ちがいつも往来し、世界一裕福な通りだったかもしれません。美容師、調香師(当時はあまり風呂にも入らなかったので)、香辛料店、帽子屋、紳士服の仕立て屋などが、裕福な人々のために活動していました。当時の富裕層はほとんどが紳士階級で、地方の名士でありながらロンドンにも拠点を持つ人達でした。
 
そしてベリー社は、19世紀頃からワインの取り扱いを始めます。今でも店を訪ねると、19世紀の名残りを色濃く感じられるでしょう。当時の古いボトルが素晴らしい状態で保存されていたりします。ボトルの進化を見るのも楽しみのひとつ。以前のワインボトルは、玉ねぎのような形をしており、現代のボトルとは大きく異なります。このボトル形状の進化には原因がありました。玉ねぎ型ボトルの時代はリネンとガラス止めで栓をしていましたが、現在の縦長ボトルにコルクで栓をして横に寝かせておくと、魔法のように風味が良くなることに気づいたのです。もちろん現代では瓶内熟成や酸化のメカニズムが解明されてるのですけど。

 

王族との関係はどのようにして築いたのでしょうか。同じ界隈のご近所同士だからですか?

 

宮殿の近所にあることは、間違いなく有利に働いたはずです。王室御用達の認定は7回受けており、古くは18世紀に認定されたものもあります。実際のところ、店は高級ワイン専門の店でした。ベリー社はスーパーマーケットと価格競争できるような品物を扱ったことがありません。値段より品質を重視する人は少数ですが、もっぱら品質重視の方針なのです。ベリー・ブラザーズ&ラッドで売られているワインの平均価格は、スーパーマーケットのワインの約6倍。200〜250年もの付き合いがあるフランスのワイン畑と仕事をしているので、もちろん取り扱っているワインの種類も違います。現在の社長は「女王のワインセラー係」として知られています。ロイヤルヴィクトリア勲章(CVO)を受章した人ですが、これはワイン界への多大な貢献のほか、女王の4箇所の宮殿と7箇所の王族の住居に素晴らしいワインをお届けしてきたことが表彰されたもの。これがほとんどフルタイムの仕事になっているため、英国女王から見ても最初に要望を伝えるワインアドバイザーなのです。

 

ベリー・ブラザーズ&ラッドが、ウイスキーの取り扱いを始めた経緯はどのようなものだったのでしょうか?

 

ちょうど先週、古い帳簿を調べていたら1920年の台帳が出てきました。禁酒法時代のアメリカにウイスキーを売っていた頃のものです。当時のバハマには、とても有力な顧客がいました。バハマはイギリス領で、しかもアメリカまでは海を隔てて目と鼻の先。ウイスキーを積み込んだ船で国際航路をたどり、バハマで地下世界の使者を待つのです。やがて訪れた使者は「リアル・マッコイ」と俗称された本物のスコッチウイスキーを手に入れ、現金で支払ってくれました。この輸送を担っていたのがビル・マッコイ船長で、「リアル・マッコイ」の語源はここから来ています。この取り引きは、カティサークの主導でおこなわれていたという説もあります。
 
ベリー社とウイスキーの歴史は、さらに古くまで遡ります。1920年以前の記録はありませんが、ベリー社は独立系ボトラーとしてウイスキー界屈指の歴史があるのではないかと推察しています。18世紀の後半から19世紀初頭にかけて、当社のセラーには樽があったはず。当時の風習では、来店したお客が樽を選んで、「この樽のなかの品物を自分のボトルに詰めて売ってほしい」というような売買がおこなわれていました。ところで「バトラー」(執事)という言葉は、「ボトラー」が語源なんです。樽から商品を取り出してボトルに瓶詰めする役割の男を「ボトリエ」(仏語)と呼んでいました。その英訳「ボトラー」が、ロンドンのイーストエンド訛りで「バトラー」に変化したのだとか。今ではバトラーを召し抱えている人も稀ですが、20世紀初頭にこの地域で住んでいた富裕層の多くがバトラーを抱えていました。

 

時間を一気に現代へ戻します。今回は「ベリー・ブラザーズ & ラッド」のウイスキーを宣伝するために来日されたのですね?

 

「ベリーズ・オウン・セレクション」を主導してきたのは、ダギーことダグ・マクアイヴァー。現在もその立場は変わりません。実に興味深い経歴の人物で、ロンドンのウェストエンドにある「ミルロイズ」とも長い付き合いがあります。ミルロイズは、ロンドンにおけるシングルモルトウイスキーの草分けといえる店。ミルロイ兄弟はダンフリース出身のスコットランド人で、店を始めたのは1960年代のことでした。当時は活気あふれる時代で、シングルモルトを飲むのは小難しい酔狂な行為だと思われていました。それでもミルロイ兄弟は、スコットランド人らしく一度決めたことをやり続けたのです。ダギーは彼らの子分同然に扱われて、すぐに最高品質のウイスキーを見極められるようになりました。信じられないくらいに鋭敏な味覚と、風味を表現する詩的な才能にも恵まれています。私がグレンロセス側で働いていたときから、ずっとベリー・ブラザーズ&ラッドのボトラー事業である「ベリーズ・オウン・セレクション」に関わってきました。今でも手伝っていますが、私自身も寄る年波を感じています。

 

ベリー・ブラザーズ&ラッドが取り扱うスピリッツは、どのような構成になりますか?

 

アイラ、スペイサイド、ハイランドといった定番のラインナップから、ラムやコニャックまで取り扱っています。高品質なお酒を愛し、個々の蒸溜所の特徴にはさほど深入りしないスタンスのお客様が主な対象です。一連のシングルカスク商品もあります。ウイスキーは基本的にダギーの好みで選んでいますが、彼はスコットランドでもトップクラスのテイスティング経験の持ち主。蒸溜所の特徴を理解したうえで「典型的じゃない、ちょっと変わった原酒はないかい?」と訊ねるのが仕事です。これが予想外の樽(アンエクスペクテッド・カスク)となるのです。シングルカスクへの需要は高まっており、品質の基準を下げたらおそらく現在の10倍は売り上げられるでしょう。でもそのような妥協は今まで経験がないし、これからもありえません。

 

ベリー・ブラザーズ&ラッドのウイスキーは、ここ数年のうちでも何度かイメージチェンジをしてきました。かなり古風なラベルをあしらったレトロ路線もあれば、もっとモダンで現代的な路線もありました。いろいろな工夫をされているようですね。

 

なかなか難しいところですが、このようなイメージチェンジは小規模におこなっています。ご存じの通り、ベリー・ブラザーズ&ラッドの商品は大量販売を目的にしていません。私たちはたくさんの友達を作って、そこからささやかなビジネスを生み出してきました。これからは、今までよりも組織だったアプローチで、ある程度の一体感を出したいと考えています。それでも商品の品質は一切変えず、常に一流のウイスキーをお届けします。

 

最後の質問です。ロニーさんはトレードマークの赤いソックスが有名ですね。いったいどんな意味があるのでしょうか?

 

スコットランド人にはよくある話です。私にはスコットランド王の継承を争った先祖がいました。他にもスコットランドで伯爵の地位にあった者が5人いて、野蛮な中世の時代にはそれぞれが敵対していました。5人の内訳は、カミング家が2人、デブルース家が1人、その他が2人。なかでもカミング家は「レッド・カミング」と呼ばれていたんです。赤髪で、キルトの下には赤いストッキングのような膝上のソックス。戦いで血を流しても、赤いソックスのせいで本当に流血しているのか敵に悟られないという訳です。そこで何年も前に、楽しい思いつきの延長から赤いソックスを履くことにしました。それまで履いていたソックスは形も色もバラバラで、タンスで片方が行方不明になりがちだったこともあり、ユニバーサルデザインで行こうと決めたのです。真っ赤なソックスを一度に30足注文しました。今では二日酔いの朝も簡単にペアのソックスが探し出せます。これが「ロニー・コックス、レッド・ソックス」のいきさつです。

 

今回の取材にご協力いただいた店舗様

 

Harry’s New York

  • 【営業時間】 月〜金18:00〜26:00/土18:00〜24:00
  • 【休日】日祝
  • 【住所】新宿区西新宿1ー4ー2 141ビルB1
  • 【電話番号】03-3342-1588

【お店の紹介】

新宿駅徒歩3分。地下にあり、隠れ家のようなお店ですが、天井は高く、中はとても広々としています。落ち着いた照明が空間をより大人な雰囲気に演出しています。夕食のあとの二軒目や、お仕事帰りに軽く一杯飲んで行ってはいかがですか?

【今月のおすすめウイスキー】

メーカーズ マーク カスクストレングス

 

 

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