3回目の蒸溜で起こること

October 27, 2017

ポットスチルを用いたウイスキーの蒸溜行程には、大きく分けて2回蒸溜と3回蒸溜の2種類がある。コストも時間もかかる3回目の蒸溜をおこなう理由は? 創業以来3回蒸溜を採用している蒸溜所に訊いてみよう。


文:ロブ・アランソン、イアン・ウィズニウスキ

 

シンプルに見えても、実は複雑な3回蒸溜のプロセス。メカニズムを正しく理解するために、ブッシュミルズ元マスターディスティラーのダリル・マクナリー氏が教えてくれたアドバイスがある。
 
「3回蒸溜を理解する唯一の方法は、スチルからスチルへの経過を丁寧にたどることですよ」
 
ブッシュミルズの蒸溜棟で、複雑に絡み合ったパイプをたどってみよう。要所でカットポイント、温度、アルコール度数などの情報をひとつひとつチェックしていけば、ようやくプロセスの実態がイメージできるようになる。
 
3回目の蒸溜の目的は、第一にスピリッツを磨くこと。2回蒸溜してもまだ残っている不純物をすっきりと取り除き、より洗練されたスムーズなスピリッツにするためだ。
 
3回蒸溜の本場といえば、アイルランドである。実際のところ、3回蒸溜を採用している蒸溜所がアイルランドほど密集している地域は他にない。タラモアデュー、ウォルシュ、ブッシュミルズ、ミドルトンなど多数の生産拠点が島内に点在している。
 
だが広く世界を見渡せば、アイルランド以外でも3回蒸溜によるウイスキーづくりは常におこなわれてきた。スコットランドにはオーヘントッシャンとヘーゼルバーンがある。米国のバーボンならウッドフォードリザーブだ。そして今では、オーストラリアのタスマニア島にあるシーン蒸溜所もアイリッシュ流の3回蒸溜を採用している。

 

なぜもう一度蒸溜するのか

 

当然の疑問から始めよう。なぜわざわざコストと手間をかけてまで、蒸溜行程をもうひとつ増やす必要があるのか。3回蒸溜することで、ニューメイクスピリッツの特性にどのような影響がもたらされるのだろうか。
 
典型的な3回蒸溜では、それぞれ別途の役割がある3基のスチルをワンセットで使用している。1回目の蒸溜はウォッシュスチル、2回目の蒸溜はフェインツスチル、3回目の蒸溜はスピリットスチルでおこなわれる。
 
まずウォッシュスチルに投入されるウォッシュは、おおむねアルコール度数が8〜10%程度である。1回目の蒸溜でできるローワインは、約25%かそれ以上になる。
 
フェインツスチルでおこなわれるローワインの蒸溜は、3段階に区切られる。カットと呼ばれる中断によって好ましい状態で取り出されるのは真ん中の2段階目。「ヘッド」と呼ばれる1段階目と「テール」と呼ばれる3段階目は、特性や品質が不十分であるためフェインツスチル内で次回の蒸溜に回される。取り出される2段階目は通常「スピリットカット」と呼ばれ、アルコール度数は70%程度だ。ミドルトン蒸溜所を保有するアイリッシュ・ディスティラーズでマスター・オブ・ウイスキー・サイエンスを務めるデービッド・クイン氏が説明する。
 
「この蒸溜液はかなりフルボディで、フルーツ、シリアル、スパイスなどの風味を持っています。ここからさらに3回目の蒸溜をすると、2回蒸溜のウイスキーに比べて工程も延び、生産コストも上がります。それでも3回蒸溜にこだわるのは、私たちが望むスピリッツのスタイルを得るためなのです」
 

ウォルシュウイスキー蒸溜所の蒸溜室にも、伝統的な3回蒸溜の設備がある。ヘビーな風味を取り除き、軽やかな酒質を引き出すのが3回蒸溜の目的だ。メイン写真は、ブッシュミルズのスピリットセーフと複雑なパイプライン。

3回目の蒸溜は、2回目の蒸溜をそのままなぞるように進む。ヘッドとテールは別途に寄せられ、スピリットスチル内でおこなわれる次回の蒸溜に回される。真ん中のスピリットカットが、ついにニューメイクスピリッツとして取り出される。そのアルコール度数は約80%で、蒸溜所によってはそれ以上のこともある。
 
つまりこのニューメイクスピリッツは、二重のスピリットカットを経た液体である。ディスティラーは、ニューメイクスピリッツの好ましい特性だけを残して他の要素を取り除き、より洗練されたスピリッツに磨き上げているのだ。ブッシュミルズでマスターディスティラーを務めるコラム・イーガン氏が語る。
 
「3回蒸溜からつくられるニューメイクスピリッツには、桃や洋ナシなど夏のフルーツの風味が備わっています。このフルーツ風味は最初からずっと存在していますが、蒸溜初期にはよりヘビーな風味によって覆い隠されています。それが3回目の蒸溜でヘビーな特徴を取り去ると、初めてはっきりとフルーツ香を表現するようになるのです」
 
アイルランドのなかでは比較的新参の蒸溜所であるウォルシュウイスキー蒸溜所のオーナーたちも、みずからの個性を明確に打ち出すべく3回蒸溜を採用している。バーナード・ウォルシュ氏が説明する。
 
「再び隆盛への道を登っているアイリッシュウイスキー業界は、スコットランドや米国といったライバルよりも少数のメーカーで成り立っています。伝統的なアイリッシュウイスキーの3回蒸溜を採用するのは、望ましいフレーバーのプロフィールを得るため。口当たりがよく滑らかなスピリッツは、ヤングアダルトなどの消費者層にも親しみやすく、ストレートでもカクテルでも気軽に楽しめます。表現の幅広さも2回蒸溜に引けを取りません。異なったタイプのグレーンを蒸溜し、多彩な樽材で革新的なフィニッシュを施せば、ライバルがひしめくウイスキー市場でもユニークな存在として認められることができます」

 

バーボンにおける3回蒸溜

 
さらに米国でも、ヘビーなシリアル風味を減らそうと苦心している蒸溜所がある。コーン、ライ、大麦モルトでマッシュビル(グレーンレシピ)を構成しているウッドフォードリザーブはその代表格だ。マスターディスティラーのクリス・モリス氏が語る。
 
「2回目の蒸溜はコーン風味を取り除くため。コーン風味は農場を思わせる土のような感触があり、これを取り除くことで軽やかな風味が顔を出してくるのです。3回目の蒸溜では、それまでスピリッツの内部に隠れていたフローラルなアロマが引き出されます。他にも魅惑的なスパイス風味と、グレープフルーツやレモンのようなフルーツ風味が3回目の蒸溜で得られます」
 
ニューメイクスピリッツのアルコール度数が高いほど、柑橘風味などの軽やかな風味要素の割合が高くなり、結果的によりエレガントな酒質になる。逆にアルコール度数が低いほど、グレーン風味やシリアル風味などのリッチでヘビーな酒質が顕著になり、よりフルボディに近いスピリッツになる。デービッド・クイン氏が説明する。
 
「アルコール度数が2~3%違うだけで、ニューメイクスピリッツの特徴は大きく変化します。そのためアルコール度数を調整することで、さまざまなスタイルのニューメイクスピリッツが生産できます。同じスチルから、よりエレガントなスピリッツや、よりフルボディのスピリッツが得られるのです」
 
3回蒸溜がフレーバーを磨くことはわかったが、蒸溜スタイルはあくまで広い視野で捉えることも重要である。クリス・モリス氏が語る。
 
「蒸溜の回数ですべてが変わってしまう訳ではありません。望ましい結果を得るには、生産工程における他のすべての要素も総動員しなければならないからです。例えば酵母菌の選択ひとつで発酵に変化が起こり、特定の風味が強調されたりします。このような選択肢をすべて考慮に入れることで、蒸溜から獲得できるフレーバーの彩りを大きなキャンバスに描くことができるのです」

 

 

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